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楽しい修羅場の歩き方  作者: 和久井 透夏
第二章 ドッペルゲンガー殺人事件
20/41

2-8

 美桜さんに事情を聞いた小夜子さんはその後、連絡先を交換して家路につくと、早速島田さんにメッセージを送る。

 後は警察に連絡して、お金の受け渡しをするフリをして小夜子さんを殺しに来た島田さんに犯行を会話の中で認めさせつつ、頃合いを見て逮捕してもらえばいい。

 この前みたいに島田さんに暴行の現行犯とかの罪が追加されなければいいのだけれど。

「それで、島田さんが美桜さんと遭遇した同じ時刻に自宅近くの居酒屋にいたのはどう説明するの?」

「うーん、それがまだわかってないのよねえ」

「わからないのに島田さんの誘いに乗るメッセージ送ったの!?」

「大丈夫よ。どうせ一回上手く行ってるんだし、また同じ手を使ってアリバイ工作するんじゃないかしら? 今度は島田さんが犯行時刻にいた地元の居酒屋にも警察の人に張り込みしてもらえばいいのよ」

「ええ……そんなに上手く行くかなあ……」

 僕達がそんな話をしながらマンションに帰れば、また部屋の外に何か置いてあった。

 置きっぱなしのクーラーボックス二つの中身も確認したけど、増えているのは一通の手紙だけだった。

 今朝の物と封筒のデザインは違うけれど、分厚さは同じくらいだ。

「わざわざ郵便受けでなくこっちに置いておくなんて。さてはうちのマンションの郵便受けへの投函の仕方がわからない初心者のストーカーさんね」

「家の前に直接手紙を置くのは初心者なの?」

「ええ。うちのマンションは郵便受けに投函するには業者さん用の入り口から入る必要があるの。」

 そう言って小夜子さんは郵便受けから持ってきた複数の手紙と一緒にその手紙も持って部屋へあがる。

「またお金かしら? 」

 小夜子さんは少し弾んだ声で玄関に置かれていた封筒を開封する。

 だけど、出てきたのはお金じゃなくて分厚い枚数の手紙だった。

「あら、こっちだったのね」

 なんて言いながら、手紙に目を通す。

 後ろからチラリと覗き込めば、便箋に細かい文字でびっしりとなにかが書かれている。

 手紙の内容は流石に見る気にはなれなかったけど、文字の密度から、それを書いたストーカーから小夜子さんへの熱量はなんとなく伝わった。

「ふむ……」

 小夜子さんはしばらくその手紙に目を通して、全部読み終わったらしいタイミングで顔を上げて僕を見る。

「今朝のデジタル型盗聴器のストーカーさんからのお詫び状だったわ。それと私、たぶん島田さんのアリバイトリックわかったかも」

「……どういう事?」

 なぜ、ストーカーからのお詫び状でそんな事がわかるのか。

 そう思っていると、チャイムの音が鳴った。

 エントランスの音じゃない。

 玄関で鳴らしたチャイムの音だ。

 小夜子さんと一緒にインターホンを確認してみれば、玄関のカメラに予想外の人物の顔が映っていた。

「ああ、私が手紙を受け取って読み終わるのを待ってたのね」

 対して小夜子さんはまだ呑気な事を言っている。

「さすがにもっと危機感持とう!?」

 思わず声を荒げて言えば、小夜子さんはにやりと不敵に笑う。

「大丈夫、楽しいのはこれからよ!」

 その後の展開について、僕は思い出す度にいやいや、普通そうはならないよ!? と思う。

 思うけど、実際そうなってしまったので、きっと現実の方がおかしい。


 その日の夜、小夜子さんは島田さんとの待ち合わせ場所である廃校になった小学校へ向かった。

 小夜子さんの服装は、服の下に仕掛けた盗聴器が透けないように紺色で薄手のワンピースに変わっているけれど、例のピアスも変わらず付けている。

 島田さんを挑発する為にあえて付けているのか、何も考えていないのか。

 理由はどっちでも小夜子さんだからと考えれば納得できるのが恐ろしい。

 僕は小夜子さんの指示で小夜子さんの服の裏地に縫い付けた盗聴器でその様子を受信機でパトカーの後部座席から聞いている。

 運転席には菅原さんも待機していて、一緒に小夜子さんの中継を聞いてる。

 待ち合わせ場所に向かう小夜子さんにも、東雲さんを始めとした何人かの刑事さんが気付かれないようについていって様子をうかがっているそうだ。

「あら、もう来てたんですね。お待たせしちゃったかしら?」

 小夜子さんが学校跡地に入ってしばらくした後、小夜子さんの声がした。

思ったよりもクリアに小夜子さんの声が聞こえる。

 盗聴器の善し悪しとかわからないけど、小夜子さんは差し入れでもらった中ではこれが一番音質が良いと言っていた。

 まさか盗聴器を仕掛けたストーカーさんも、後日こんな形で小夜子さんに感謝されるなんて思っていなかっただろう。

 小夜子さんの言葉からもう島田さんが来ていたらしいとわかる。

 待ち合わせの時間は夜九時で、今はまだその十分前だから、別に遅刻じゃないと思うけれど。

「そういうのはいい。これが約束の金だ。これを持ってさっさと消えてくれ」

 不機嫌そうな男の人の声が聞こえる。

 島田さんだ。

「まあまあ、そんなに構えなくたっていいじゃないですか。そんなにわかりやすく体の向きを傾けられたら、まるで袋を受け取った瞬間に首元にナイフでも突き立てられそうで怖いです」

 少しの間沈黙があって、舌打ちをする音と何かがさりと落ちる音が聞こえる。

「……それを持って帰れ。そして、それを受け取った以上、あんたも共犯だ」

「あら、共犯って、あなたは一体何の罪を犯したって言うんです?」

 おどけた声で小夜子さんが言う。

「昨日の夜、見ただろう」

「なんの事でしょう。私、昨日はずっと家でゲームしてましたよ?」

 絶妙にイラっとする声色で小夜子さんが言う。

 こういう時の小夜子さんは既に準備を完全に整えて罠を張り、相手が挑発に乗ってくるのを待っている段階なので、絶対に誘いに乗ってはいけない。

「おい、まさか今更逃げられると思ってるんじゃないだろうな、俺はもうあんたが住んでる家も連れてた子供の顔も覚えてるんだぞ」

 さらっと怖い話が出た!

 島田さんと会った時には僕もいたので、僕も標的にされるのは自然な流れでもあるけれど、それはそれとして、いきなり自分の話が出てくるとびっくりする。

「ああ、その事なんですけど……」

「いや、本当に彼女は何も見てないよ」

 小夜子さんの話を遮るようにもう一人の男の人の声がする。

「なんで、今ここにいるんだ……兄貴!」

 島田さんの焦った声も聞こえる。

「なんでって聞きたいのはこっちだよ。僕はね、確かに(ゆき)(のぶ)が救われるならなんでもするとは言ったけど、さすがに僕の将来の妻を殺すなんて看過できないよ」

「はあ!? 何言ってるんだよ」

 島田さんが素っとん狂な声をあげる。

それに関しては僕も島田さんと同意見だけれど。

話に入ってきた声の主は(いし)(ばやし)幸彦(ゆきひこ)、島田さんの双子の兄で、今朝小夜子さんに盗聴器入りの抱き枕をプレゼントしてきたストーカーだ。

名字が違うのは家庭の事情で石林さんは父方に、島田さんは母方に引き取られたからだそうだ。

「信幸、君は今朝、自分が探している女の人がつけていたイヤリングを見せてくれたね。それは彼女のものじゃないよ。僕はすぐに分かった」

「そんな訳ないだろ、俺は確かに昨日こいつを見たんだ! マスクをしてたって間違うはずがない!」

 島田さんと石林さんは言い争っているけれど、なぜ、石林さんは美桜さんのイヤリングが小夜子さんの物じゃないとわかったのか。

 というか、小夜子さんはついさっきが石林さんと初対面だと言っていたのだけれど。

「信幸、これを見て」

「この写真がどうしたっていうんだ」

 石林さんが何か写真を取り出したらしい。

「あら、いつの間にこんな写真を……しかも随分と画質のいい……」

「僕のお気に入りの一つなんだけど、大事なのはここだ。よく見てくれ。この写真だと小夜子さんの付けているのはイヤリングではなくフック型のピアスである事がわかる」

「確かに、この角度からの写真だとわかりやすいわね」

 小夜子さんと石林さんの話からして、どうやら小夜子さんの写真らしい。

 ストーカー初心者と小夜子さんは石林さんの事を言っていたけれど、一体いつから石林さんは小夜子さんの事を追いかけていたのだろう。

 というか、当たり前のように盗撮していたり、持ち物を見て一目で小夜子さんの物じゃないと判別できたりする時点で、石林さんも十分れっきとしたストーカーだと思う。

「これは先週小夜子さんが出かけた時の写真で撮影場所は薬局の化粧品売り場な訳だから、ガイドラインには抵触しないよね?」

「ええ。こんなフォトジェニックな写真が撮られてたなんて全く気付かなかったわ」

 なぜか小夜子さんと石林さんは楽しそうに話している。

「そんなに気に入ったなら、今度特に僕が好きな写真を集めた写真集をプレゼントしようか? データはあるからいくらでも追加で製本できるよ」

「それはありがとう」

 その写真集もらうの!?

「おい、勝手に話を進めるな! 大体、イヤリングがあんたのじゃないっていうなら、誰のだっていうんだ。まさかあんたにも双子の姉妹がいるなんて言うつもりか?」

 島田さんが苛立った声をあげる。

「あら、そんな事言っていいんですか? 仮に私が本当の目撃者であろうとなかろうと、島田さんがあの日の夜、お兄さんに自分のフリして居酒屋で一人飲みしてもらって、自分は会社近くの路地裏で上司を殺害してたって、もう知ってるんですよ?」

「どいてくれ。やっぱりそいつは危険だ」

「やめるんだ、幸信」

 話の内容を聞くに、煽る小夜子さんに掴みかかろうとする島田さんを石林さんが止めているようだ。


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