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心辺りの人に早速会いに行こうと言い出した小夜子さんに連れられて、僕達はさっきフルーツパフェを食べに来た喫茶店へやって来た。
「良かった、まだいたわ」
そう言って小夜子さんは小夜子さんのピアスを褒めていたお姉さんを見る。
お姉さんも僕達に気付いておや、と不思議そうな顔をしてやって来た。
「いらっしゃいませ。何か忘れ物でもされましたか?」
「ええ、そんなところ。このイヤリングを昨日の夜、この近くで落とさなかったかしら?」
小夜子さんからイヤリングを見せられたお姉さんの顔がこわばる。
「どこでソレを……」
「実は今日の帰り、呼び止められて渡されたの。昨日の夜この近所で落としただろうって。くまの酷い男の人で、見たなとかなんとか言っていたのだけれど……」
お姉さんの顔がみるみる青ざめていく。
「それで、もしあなたがこのイヤリングの持ち主なら、少し話を聞かせて欲しいの。もちろん、あなたに不利益になる事は絶対しない。助けると思って……」
弱々しい様子で小夜子さんが言うと、お姉さんは何かを決意したような顔になる。
「今日は後十五分くらいであがりなので、それまでお店で待っててくれませんか? その後場所を変えて話しましょう」
「ありがとう! 是非そうさせてもらうわ」
小夜子さんは感動したようにお姉さんにお礼を言うと、今日僕達が座っていた席へと座る。
店内はさっきより人はいるけれど、それでも座る席には困らない程度だった。
「それで、どうして小夜子さんはあのお姉さんがそっくりさんだってわかったの?」
何も頼まないのは申し訳ないからと注文したジュースに口を付けながら僕は尋ねる。
「私ね、小さい頃からファッションリーダーだったのよ」
「うん?」
アイスティーを一口飲んで小夜子さんはイタズラっぽく笑う。
なぜ、今その話になるんだ。
「小さい頃から私が気入った小物は皆が真似したし、私の髪型を真似する子も多かったのよ」
「う、うん……」
「ここで問題です。私の髪型や小物なんかを真似するのはどんな人達?」
「……えっと、その髪型や小物をいいなって思った人?」
「そうね。そして、私にそれなりの感心がある人よ。人間どうでもいい人の服装や髪型なんて、記憶に残らないし、そもそもちゃんと見ようとしないもの」
「なるほど……」
「たまたま服装や髪型が近いそっくりさんと、自分から意識して私の髪型やファッションに寄せていった人、どっちがより私に近くなると思う? こう言っちゃなんだけど、私のストーカーさん達は熱狂的な人達が多いから、多少似てる程度じゃ間違えないと思うの」
そもそも、熱狂的なレベルで小夜子さんに感心がないと最初からストーカーにならないと思うけれど。
でも、そんな人達だからこそ小夜子さんの事を当然よく見ているはずだ。
マスクを付けていたとはいえ、その熱狂的なストーカー達が小夜子さんと誤認するというのは、本当に本人レベルに似てないとあり得ないだろう。
「これは感覚的な話なんだけど、あ、この人私の事すごく好きだなっていうの、慣れてくるとわかるようになるの。視線とか態度とか、雰囲気とかでね」
言葉だけ聞くと、ただの自意識過剰のようにも思えるけれど、最近小夜子と暮らし始めてその生活を目の当たりにしている僕は、その言葉が事実なんだとよくわかる。
「つまり、あのお姉さんは元々小夜子さんに強い興味を持っていたって事?」
きっとね。と小夜子さんは頷く。
「それにあの子、髪は結んでて前髪も留めているけど、たぶん解いたら私みたいな髪型になりそうだし、体型や身長も近いわ」
言われてみれば身長と体型はそんな気がしないでもないけど、顔については全く似てるとは思えない。
「小夜子さん、でも夜で多少暗かったとはいえ、あの人と小夜子さんが間違われる事なんてあるのかな」
「案外人間って相手を記号として見てるものよ。イヤリングみたいに、私が以前着ていたのと同じか、ほぼ同じような服や靴、鞄を彼女が身につけていたとしたら、後ろ姿で判別するのは難しいと思わない?」
最初から小夜子さんのイメージがあって、その型にぴったりはまる人間を小夜子さんと認識するのなら、見間違えるんじゃないかと小夜子さんは言う。
「人間って、結局見たい物を見るから、私を見たいって私の姿を探して、私のイメージに近い、なんだったら前に私が着ていた服や小物を身につけた背格好が近い人を見つけたらそう見えちゃうんじゃないかしら」
そういうものだろうか。
だとして、一瞬見間違う事はあっても、完全に小夜子さんと間違う事なんてあるんだろうか。
「それに、このお店なら現場も近いし、仕事帰りに出くわしたって考えれば、ありえない話でもないしわ。でも、一番の決め手はあの時の反応かしら」
「あの時?」
「私のピアスを褒めてくれた時、見とれてるっていうよりは、怯えてるような緊張した様子だったから。その場では深く考えなかったけど、もし昨日島田さんに追われてその時に同じデザインのイヤリングをなくしているのなら、色々合点がいくなと思ったの」
なんだか微妙に納得いかない気がするけれど、あのイヤリングは実際にお姉さんの物で、反応からして、お姉さんに昨日何かあったらしいというのも本当らしい。
僕は大人しく事の成り行きを見守ることにした。
「お待たせしました、行きましょう」
それからしばらくして、仕事を終えて着替えてきたお姉さんが現れた。
日は暮れかけていたけどまだ五時過ぎだったので明るい。
お姉さんは喫茶店の制服からラフな私服姿になっていたけれど、首から上は仕事中のままだった。
この状態だと、小夜子さんとは似ても似つかないように思う。
「あの、もしよければなんですけど、私の家でお話できないでしょうか? その方が話も早いと思うので」
申し訳なさそうにお姉さんが言えば、小夜子さんはそれがいいと二つ返事で了承した。
お姉さんは柏木美桜という名前で、近所に住んでいる高校一年生らしい。
大人びた雰囲気なので、大学生くらいかと思った。
美桜さんは警戒するように辺りをキョロキョロしながら僕達を家まで案内する。
家までは歩いて十五分くらいで着いた。
案内されたのは少し年季の入った一軒家で、中に入ると人の家独特の匂いがする。
「今日は親の帰りも遅いので、気にせずくつろいでください」
僕と小夜子さんを玄関入ってすぐの台所前の食卓に案内した美桜さんは麦茶を用意して僕達をもてなしてくれた。
「それで昨日の夜の事なんだけど……」
「あの、その前に私小夜子さんに言っておかないといけない事があるんです。それには少し準備が必要なので、待っててもらえますか?」
大丈夫だと小夜子さんが頷けば、美桜さんは階段を上がり、二階の部屋へと向かって行った。
「服装の事かな」
「たぶんそうじゃないかしら」
きっと小夜子さんが着ているような服に着替えてくるのだろう、僕と小夜子さんは喫茶店で待っている間の話から、そう思っていた。
それは半分あたりで半分かすっていた。




