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「すいません、コレ落としませんでしたか?」
僕と小夜子さんが振り向くと、二十代くらいのくまが酷いお兄さんが小夜子さんに耳飾りを差し出す。
藍色でキューブ型の石の上に、金色のリボンが付いている。
「……ありがとうございます」
にっこりと笑って小夜子さんはその耳飾りを受け取る。
だけど、僕はその耳飾りに違和感を感じる。
小夜子さんの髪はまた耳を隠すように落ちてきていて、確認できない。
「認めるんだな……」
「認める?」
小夜子さんは首を傾げる。
「そのイヤリングは昨日の夜、この近くで拾った。走り去るアンタの姿も」
「はあ……」
重々しい雰囲気でお兄さんは言うけれど、小夜子さんは何言ってんだこの人って顔してるし、僕もそう思う。
だって昨日の夜、僕と小夜子さんは夕方に食事とお風呂と済ませた後、寝るまでずっと一緒にゲームして遊んでたんだから。
そもそも陽が落ちた後は近所のコンビニにだって出ていない。
「アンタは……」
「よお島田、今朝はあんな事があったのにもうナンパか? いや、むしろあったからか?」
お兄さんが何か言いかけた瞬間、それを遮るように今度はまた別のチャラチャラした感じのお兄さんが突然話に割り込んできた。
「寺崎!?」
「初めまして、僕はこいつの同期で寺崎っていいます。お姉さんこいつに絡まれてませんでした? すいません、こいつ今朝色々あって気が立ってるんですよ~」
「おい、勝手に話に入ってくるな」
どうやら始めに僕達に声をかけてきたお兄さんは島田さん、後から声をかけてきたチャラチャラした方のお兄さんは寺崎さんというらしい。
「うーん、寺崎さんってどこかでお会いしましたっけ? 見覚えがあるような……」
小夜子さんは小夜子さんでマイペースに寺崎さんの顔をじっと見つめて尋ねる。
「あ、憶えてくれてたんですね! よくこの辺のスーパーやコンビニで一緒になるので! いや~いつも綺麗な人だな~ってチラ見してたんですよ、実は! 風邪治ったみたいで良かったです!」
寺崎さんは島田さんを押しのけて目を輝かせながら一気にまくし立てる。
「そうだったんですね」
「島田とは部署は違うんですけど、仕事上よく顔合わせるのでちょくちょく話すんですよ。今日は社内でちょっとゴタゴタしてて、島田もそのせいで大変だったみたいだから、心配してたら、気になってるお姉さんにナンパしてたんでもう話しかけるしかないと思って!」
聞いてもないのに寺崎さんは早口でペラペラと自分の事を話してくる。
なぜ、知り合いが小夜子さんにナンパしてると話しかけるしかないのか、まるでわからないけど。
「……なるほど、そういう事だったんですね」
小夜子さんは少し低い声で言うと、静かに笑った。
「そう! そうなんですよ!」
「…………」
寺崎さんはここぞとばかりに大きく頷くけれど、なぜか島田さんの顔は一瞬こわばったように見えた。
「島田さん、寺崎さん、せっかくですから連絡先交換しませんか?」
ニコニコと笑顔で小夜子さんは提案する。
嬉しそうに二つ返事で寺崎さんは了承する。
そして、なぜか更に深刻そうな表情になった島田さんも小夜子さんとメッセージアプリの連絡先を交換していた。
「……それで、つまりどういう事だったの?」
「あら、何の事?」
「とぼけないでよ!」
夕食の買い出しを終えて、一旦買った物を片付けながら僕は小夜子さんに聞く。
本当は島田さんと寺田さん二人と別れてからすぐに聞きたかったんだけど、家に帰ってからね。と言われたので、家に着くまで待っていた。
「あの島田さんって人、ナンパにしては明らかに様子がおかしかったよね。それに……」
僕は落ちてきた髪をかき上げて耳にかける小夜子さんを見る。
耳には青いキューブ型の石がぶら下がっている。
「小夜子さん、最初からイヤリングなんて落としてないよね。だってそれ……」
「ええ。私が付けているのはフック型のピアスで、耳たぶに挟むタイプのイヤリングじゃないわ」
荷物を片付け終わった小夜子さんは、スマホを少し操作した後、両方の耳に髪をかけて左右両方にちゃんと付いているピアスを見せてきた。
「なら、なんでそれを受け取ったの?」
「初め、島田さんは私を熱狂的に好きな人なんじゃないかと思ったのよ」
そう話している間に、小夜子さんのアプリにメッセージが届く音がした。
さっきからずっと小夜子さんはこうして寺崎さんとメッセージのやり取りをしている。
小夜子さんはそれに目を通して返事をすると、僕に島田さんから渡されたイヤリングを見せてくる。
耳の留め具以外は小夜子さんの付けている物と全く同じだ。
「このブランド、同じデザインでピアスとイヤリングと両方出してるの。ちなみに、実店舗は無くて、ネット通販しかやってないブランドなのよ。さて、普通に考えた場合、コレを手に入れるにはどうしたらいいでしょう?」
「ネット通販?」
「そうね。私は魅了体質だから、私に話しかけるきっかけ欲しさであえて大怪我したり、私が読んでた作家の著書を全部読んだりする人って学生の頃からよくいたのよ」
「じゃあ、島田さんも小夜子さんに話しかけるきっかけを作るためだけにわざわざ小夜子さんの付けてたピアスと同じデザインの物を探し出して、買ってきたって事?」
「ええ。私が付けてるのと同じデザインのイヤリングを持ってきた時はそう思ったわ」
「じゃあ、島田さんは間違えてイヤリングを買っちゃったの?」
「ナンパ目的の場合、あえて違う物を持ってきて話題作りをしたりもするから、正直に答えて会話を引き延ばさせるより、お礼を言ったらさっさと話を切ってその場を立ち去ろうと思ったのだけど、その後の様子は、ナンパにしてはどこか変だったわよね?」
「うん、なんだか思い詰めているような感じだった……」
僕が頷いた直後、また小夜子さんのスマホが音を立てて、小夜子さんはメッセージを確認する。
スマホの画面を見た小夜子さんの顔が、みるみる曇る。
「……それで、島田さんには今朝何かあったみたいだったから、ちょっと気になって寺崎さんに確認していたのだけれど……思ったより大事になるかもしれないわね」
「どういう事?」
「島田さんの直属の上司が昨日の夜、繁華街の路地裏で殺されてるのが発見されたみたい。ほら、今日一緒にパフェを食べに行った所のすぐ近くよ。あそこは通りをもう一本奥に行くと飲み屋街があるのよ。会社もそこから近いみたい」
思ったより身近な場所で事件が起きていた。
「島田さんは警察に事情を聞かれたけど、死亡推定時刻である昨日の夜には確かなアリバイがあったからすぐに解放されたみたい。遺体からは財布とスマホがなくなってて物取りの仕業じゃないかとも言われているみたい」
「そう。ということは……結局、なんで島田さんは小夜子さんに声かけてきたの?」
「話しかけてきたのは、ナンパ目的じゃなくて、口封じのつもりだったのかも」
物騒な言葉が出てきて、僕は身構える。
「でも、島田さんにはアリバイがあったんだよね?」
「寺崎さんの話によると、昨日島田さんは死亡推定時刻の午後九時前後、自宅近くの飲み屋で一人飲んでて、その姿が防犯カメラに記録されてたみたい。島田さんの上司が殺されたのは職場からは徒歩圏内の場所だったけど、島田さんは通勤に一時間以上かけてるそうだから……」
だとすると、瞬間移動でもしない限り島田さんに犯行は無理そうだ。




