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「自分の人生を楽しむのも大事だけど、次の代に禍根を残さないこと、その子も楽しく生きていけるようにする事も同じくらい大事だって、そう言ってたのを思いだしたの」
「よくわかんないや」
そんなに先の事を言われても、あまり想像できない。
「私も言われたときはよくわからなかったんだけど、さっき由乃くんに色々教えた時にふと思い出したの」
どこか懐かしむように小夜子さんは目を細める。
顔にかかった髪を小夜子さんが耳にかければ、キューブ型の藍色の石に金色のリボンが付いたピアスが揺れる。
その姿がなんだか一枚の絵みたいに綺麗で、僕がつい見とれていると、ふいに隣から声が聞こえた。
「お待たせしました。桃のパフェと巨峰のパフェです」
さっき小夜子さんが手を振っていたお姉さんが小夜子さんの前に桃のパフェ、僕の前に巨峰のパフェを置く。
「美味しそうだね」
「ここのフルーツパフェは甘さ控えめなクリームと甘いフルーツの相性が絶妙なのよ」
写真よりも美味しそうなパフェに僕がテンションを上げれば、小夜子さんは自分の事のように得意気に胸を張る。
そんなやり取りの中、僕はチラリとパフェを持ってきてからそのままじっと小夜子さんを見つめているお姉さんを見る。
「あら、私の顔に何か着いてる?」
不思議そうに小夜子さんが尋ねれば、お姉さんはハッとした顔になる。
「その……素敵なピアスだなあと……」
「まあ、ありがとう。コレ最近のお気に入りなの」
小夜子さんがきょとんとした顔になった後、笑顔で言えば、お姉さんはそそくさと席を離れていってしまった。
「あの子、普段はもっとハキハキして人懐っこい感じなんだけど、今日はどうしたのかしら?」
なんて言いつつ、小夜子さんの興味はもうテーブルの上のパフェへと移っていた。
「ん~、この上品な甘さ。嫌な事も忘れちゃう」
パフェの上に乗っていた桃にたっぷりとクリームを付けて口に運んだ小夜子さんは、うっとりとした様子で言う。
そもそも、担当さんに提出した企画が没になったらしい小夜子さんが憂さ晴らしに美味しいパフェを食べたいと言い出したのが今日の発端だ。
「大体、現実に起こった事を元に書いたのに、設定や展開に現実味が欠けるって、おかしな話よね」
不満気に小夜子さんはもらしたけど、その言葉だけでなんとなく何が起こったのかは察しが付いた。
きっと小夜子さんは自分の身に起こったことをそのまま普通に書いたんだろうけど、小夜子さんの普通は普通じゃないし、小夜子さんの現実の生活は多くの人に取っては現実味が薄いんだから仕方ない。
「小夜子さんの担当の人は小夜子さんに対してそんなにデレデレした感じじゃないの?」
「最初の担当さんは熱狂的な人だったんだけど、今の担当さんは無関心な人なのよね。まあ、どちらにしても私の書いた小説は私自身じゃないから、売り上げには全く関係無いのだけど」
「じゃあ、顔出ししたら売れるんじゃないの?」
「かもね。だけどその場合、ストーカーさんの数が今の比じゃなくなるだろうし、管理しきれなくなりそうで……それは本当に食い詰めた時の最後の手段ね」
管理されてるストーカーってなんなんだ。
確かに小夜子さんは自分のストーカーについて、ある程度把握しているようだったけれども。
それでも今以上にストーカーが増えるとなると、流石の小夜子さんでも手に負えないらしい。
「そういえば小夜子さんって、あんまりお金に困ってないみたいだけど、なんだかんだ言って小説で生活できてるくらいには稼げてるって事?」
巨峰のパフェを食べながら僕は聞いてみる。
口の中いっぱいに広がる巨峰の香りと、さっぱりとした甘さのクリームと一緒にトッピングされたバニラアイスが溶けて、勝手に口元がつり上がっていくのがわかる。
「前の担当さんの時には重版かからなくても暮らせる位の数を出版させてもらってたけど、最近はは全然企画が通らなくて、主に臨時収入で暮らしてるわね」
「臨時収入って?」
「善良なストーカーさんからの援助と悪質なストーカーさんからの慰謝料や示談金」
「ストーカーさんって、お金になるんだね……」
その結果被る被害を考えると、僕としては勘弁してほしいけど。
「正直、私が高校生の時にデビューして今まで稼いだ印税全部合わせた額よりも去年ストーカーさん達からもらったお金の方が多いわね」
「そんなに!?」
思わず僕はパフェを食べる手を止める。
具体的な金額はわからないけど、ものすごい大金だという事はわかる。
「ほら、示談金って青天井だから相手の立場や、やらかした事の内容によっては、ね」
どうやら去年、結構な額の示談金を一括で払ってもらったらしい。
「だからまあ、今すぐ生活がどうこうとかは無いけれど、印税収入がほとんど無くてもなぜか貯金は増える一方だけど、そんな感じでお金には困らないのは魅了体質のいい所ね」
「そ、そうだね……」
明るい笑顔で小夜子さんは言うけれど、それはつまりそれだけの目に遭っているという事で……僕はそれ以上考えず、今は目の前のパフェに集中する事に決めた。
店を出ると、息苦しいようなむわっとした空気が僕達を包む。
まだ外は明るいけれど、来た時ほど日差しは強くない。
僕達はなるべく日陰の道を歩く。
「今日も暑いわねえ、パフェも食べたし、今日の夕食は軽めでも……」
「僕、晩ご飯はしっかりしたもの食べたいなあ」
「そうねえ、例えば由乃くんは何食べたい?」
「冷やしうどんとかさっぱりしてていいと思うよ! 夏場はよくお母さんが大根おろしと納豆に刻んだ梅干しとかつお節で作ってくれたんだ!」
「それは美味しそうね。由乃くん材料とか憶えてる?」
「うん! 僕よく一緒に作ってたからわかるよ!」
小夜子さんは基本的に気分が乗らないと料理をしないし、小夜子さんは僕一人だけだと危ないからと包丁も火も使わせてくれない。
なので、夕食が完全食の液体にならないよう、僕はせっせと夕食のアピールをする。
両親もそうだけど、小夜子さんも僕に甘いので、ちゃんとリクエストさえすれば聞き入れてもらえる。
ただし、何も言わないと高確率で食事は完全食の液体になるので、油断は出来ない。
小夜子さんは食への執着があまりなくて食事自体を面倒くさがるところがあるけれど、料理が出来ない訳じゃない。
おかげで僕は毎食ちゃんとした食事を食べるために大袈裟に料理を作る時楽しそうにしたり、美味しそうに食べるのが日課になった。
すると小夜子さんは随分嬉しそうにしてくれるので、今度お母さんが来た時には同じようにちょっと大袈裟にリアクションしてみようかなと思う。
そんな事を考えつつ小夜子さんと喫茶店の帰り道にあるスーパーへ向かっていると、後ろから男の人の声がきこえた。




