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作家は自分が体験したことしかかけない

作者: 猿の腰掛

今日も一文字もかけなかった。

これでも一介の文字書きである俺は依頼されたミステリー小説とやらを月末までには下書きだけでも書き上げなければいけないわけだったんだが。


「そもそも俺はミステリーなんて書いたことないんだよなぁ。」


とはいえ仕事は仕事である。売れっ子でもない俺には降ってきた依頼を断るなんて選択肢はないわけで、なんとか期限までにはこの仕事をやっつける必要がある。

そうでもしなければおっかない編集に殺されてしまうからだ。


そんなことを考えながらパソコンとにらみ合っていると突然携帯からけたたましい着信音が響いてきた。画面を開いてみれば編集その人である。


「うへぇ……」


なにもかけていないこの状態で電話に出るのは躊躇われるものの、ここ最近無視し続けていたこともありいい加減一度連絡する必要があるのも事実である。


「あー、もしもし?」

「原稿、書けてますか?」


開口一番、これである。

とはいえ仕事はできる人間であるから心底厄介なのだ。


「いやまぁ、それなりには。」

「進んでないんですね。」


……

そこそこの付き合いとはいえそんなにわかりやすいのだろうか、俺は。


「そもそもミステリーなんて書いたことないのでどこから始めていいのか。巷では小説家は体験したことしか書けないなんてことすらいわれてるのに、一切書いたことないものをひと月もかけずに書けなんて言われてもやっぱり難しいですよ。」

「……体験すれば、書けるんですね?」


何を言ってるんだろうか、この編集は。

ミステリーを書くための体験なんて何をしろというのか。

最近はやりのリアル脱出ゲームとやらにでも連れて行ってくれるとでもいうのだろうか。

とはいえここまで露骨に煽られてしまっては多少腹も立つというものである。


「そりゃまぁ、書けますよ。これでも小説家の端くれですからね。体験さえしてしまえばこちらのもんですよ。」


その返事を聞いた編集は何事か考えこんだ様子でしばらく黙ったかと思えば

「2日後、空いてますか?」

なんて聞いてきた。

世の中にはそんな急な予定組み込めない、という人もいるかもしれないがあいにくとそんな予定があるわけでもなし、なし崩し的に俺の真っ白な予定表が一つ埋まってしまったのである。


朝迎えに行きますよ、なんていうので家の中で待っているとしばらくして編集がやってきた。

その車は黒塗りにスモークガラスまではめ込まれていていかにも怪しんでくださいと言わんばかりである。


乗り込んでからしばらくすると編集は不意にスマホを渡してきた。


「その中から一人選んでください。」

「は?」

そういわれて画面を見てみるとそこには何人かの顔と簡易的なプロフィールが書かれていた。


「この中から選んでどうしろと?取材でもするっていうのかい?」

「ある意味、そうですね」

信号で一時停止した彼はそういうとこちらを振り向いて続けた。

「経験しないと書けないっていう人はね、やっぱり一定数いるんですよ。そういった人たちのためにうちでは副業としていろんな依頼を受けているんです。今回はミステリー小説ということなので、わかりやすく殺人依頼ってのを集めてみました。」


……何を言っているんだろうか、この編集は。そんなのやる理由もできるわけもないだろう。


「最近は出版不調っていうじゃないですか。本業だけでは立ちいかなくなってきたって時にこういう依頼を受けはじめましてね。新人や中堅の作家は実体験ができるし、トリックや具体的な計画は大御所の人たちが考えてくれる。そうして作家は育つし当面の資金の調達もできるってことで足を洗えないくらいには染まってしまったってわけですよ。」


そんなことを言われたって、信じられるわけがないだろう。俺は小説家になりたいのであって、殺し屋になりたかったわけじゃない。そんな血なまぐさいのは活字の世界だけで十分だ。


「まぁ、信じられないのも無理はないですよ。今回は急でしたしね。おぜん立てはこちらでやっておくので、先生には最後の仕上げだけって感じにはなると思います。今後も必要なようであれば次は初めからやってもらうと思いますけれど。」


そういうと彼は信号が変わったのを確認して、アクセルを踏み込みながら、これからどこの店によるのかを訪ねるような気軽さでこう言った。


「で、どれにするんです?」

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