プロローグ 4話 コーヒーよりも苦い味とケーキよりも幸せな味
※イジメ描写があります。苦手な方は ✕ ✕ ✕ までスクロールしていただければ
大体何が起きたのか予測できます。
こちらはプロローグとなっております。
甘味通は中学3年までは陸上部で鍛え上げられた肉体を持っていた。長距離を得意とし、体力がなくなってきたぐらいの息苦しい状況で追い抜くのが気持ちよかった。だから先頭集団の中~後方でいつも勝機を狙っていた。
たまたま競馬中継を見たらこのようなタイプを差し馬と説明していたため、「自分差し馬っすから」が当時の口癖になった。
甘味が通った後は「甘味にさされて種撒かれなかった?」「きゃーやだー」が密かなブームになっていたことに本人は知らない。
陸上部引退後は筋肉をつけるため食事量を増やした。食べ物は食べればなんでも筋肉になると思い込んでたため、おいしいスナック菓子と炭酸飲料を多めに摂取していった。
高校では異世界ブームの影響を受け読書部に入部した。甘味は頭の出来が悪いのだが興味を持てた異世界知識はすぐに覚えることができた。
好きなジャンルは違えど話し合える友達ができたことに喜んだ。
異世界系の本を寝転がりながら読み、口が寂しければスナック菓子を求めた。怠惰な生活環境は体重の増加に拍車をかけた。
高校1・2年の時は肉がついてガタイがたくましくなったように見えたが、高校3年の時にはただの肥満体がそこにあった。最悪なことに過去の自分にすがりついているからたちが悪い。走ればまだそれなりに速いと思い込んでいるし、これは筋肉だとも思い込んでいる。2倍の思い込みに他者を下に見る傾向が2倍を乗算してあれやこれやで甘味の不快指数は200になった。10倍だ。10倍(謎計算
高校3年の男子は、部活やケンカをがんばってきた奴らとそうでない奴らで筋肉の差が大きく差が出る。中学まではどんぐりの背比べだが、高校3年生の体格ともなれば明らかに努力してない奴は勝てない。そして日々のストレスの負担が彼らの肩に重くのしかかる時期でもある。はけ口を探して獲物を狩る野獣の目がギラギラと学校全体に差し向けられるのだ。不快指数200の甘味は当然狙われてしまった。教室の授業中は消しゴムを投げられ、体育ではパスなどの行為は全力でボールが飛んできた。何をするにも誹謗中傷を浴びせられた。
いじめというのは段階がある。まず小さいことから始まり対象の行動をチェックする。怒るのか、無視するのか、諭してくるのか、笑わせてくるのか、どのような行動をするのかはまちまちだが、その対象者の行動によっていじめる側は気分次第で沈静化するか過激化する。
いじめを辞めさせるには初動が大事と言われている。
自分になにかやってもつまらないことになるぞと伝えることができたのなら沈静化に向かう傾向にあるのだが、甘味は自分がいじめの対象になってしまったことにどうしていいか分からず、無視、または苦笑いをするという行動をとった。
恐怖、戸惑い
腐る心
なんで俺なんだ
高3でいじめとかバカかよ
腐る心
憎しみ
無力な自分
……死ねよマジで
……
…
それから少し過ぎ季節は夏、外では忙しく鳴く夏特有の合唱団セミ先輩達にうるせぇなぁと思いながら、クーラーの効いている読書部の部室で部員たちと集まって楽しく異世界ドリームを語り合っていたときだった。甘味が発売したばかりの時渡セイヤ 氏の【異世界に転生、転移、憑依したら】税込み¥4,800をカバンから出し
「フフーン! 俺はこれを2回も読み返したぜ」
と自慢にならない自慢をしていたとき、部室のドアが開き野獣の目をギラつかせたイキリヤンキーが乱入してきた。
「ヒャッハー! 汚物はいねがぁ!」
「いねがぁってナマハゲみたいに言うなし」
「ギャハハハハ」
頭にウジが湧いていそうな男女二人の乱入に対し、部員達は自分に被害が及ばないように空気が凍りついた。
(なぜ害虫どもは人のテリトリーに奴らは断りもなしに勝手に入ってくるのかなぁ)
甘味は口の中が苦くなるのを味わいながらその声から対象は自分だと悟っていた。
夏休みというと一般的には青春を謳歌できる最高のイベント期間である。
海だ山だ恋だ殺人事件だと高校生は何かと忙しい。部活に所属している者もその道を楽しむために学校へと足を運ぶ。活発な部活もあるしその逆もあるが部活をやっていた思い出は等しく得られる。
その片隅でつまらない感情を持ちながら登校する者がいる。残念ながらテストの点が足りず夏休み中勉強をしなくてはならない補習者と生活態度が悪く生活指導を受ける者である。
補習が終わり女と合流してさっさと帰って今日は何発できるか色欲に溺れる妄想をしていたところ、聞き覚えのある笑い声が耳に届く。
イキリヤンキーは甘味をいじめている主犯格であった。
このご時世いじめはバレにくいように行われるのが一般的なのだが、男という生き物は異性がいる場合気持ちが高ぶって大胆な行動に出てしまうのである。
面白いものを見せてやるよの一言から部室に入り、甘味を見つけおぞましい笑顔で近づいてくる。
(くそ! なんだよなんだよ!! 部長早くこいつらを追い出せよ!!! 部外者だろうがっ)
「お、おい! 何、なに、何かようか君!」
(おお! いけ部長、頼んだぞ部長!)
部長は勇気を出し部長としての職務をまっとうしようとするが「あ?」の一言で小さくなってしまった。
(ぶちょおおおお)
近づいてくるイキリヤンキーの恐怖により体が強張り動けなくなる。頭が真っ白になって何も考えられない。
イキリヤンキーはいつものように片手で甘味の頬を挟み込みながら席から立たせ、空いてるもう片方の手でそのふくよかな腹に拳を打ち込む。
「ブフィぅ!」
殴られくぐもった声が部室に痛々しく響く。部員はその光景にビクリと身を震わせ、イキリヤンキーはその声に満足気に口角を震わせた。
「ギャハハハハ。こうすると豚のように鳴くから面白いだろ」
「ザッコ(笑)まじうけるんですけどー」
「おら! もう一発だ!」
「ブフィッ」
助けが入らないことは知っている。いつもそうだから。
イキリヤンキーは筋肉質でボクシングをやっていたことがあるらしく、そこで知り合った族とバイクを乗り回しているらしい。聞いてもいないのに自分で話すから学校の生徒の噂として誰もが知る存在となっている。
そんなやつと関わりたくないから助けは入らない。
甘味はいつもどおり無視をして事が終わるのを待つことにした。自分が被害者なのにまるで周りにいる観測者であるかのような奇妙な感覚がそこにあった。声が出るサンドバッグのように。
興味を失せて早く帰ってくれるのを願う。
いつものように。
いつものように。
そうやって自分を殺していたときだった。
「な、なに、何やってんだよっ!!! おおおお前! お前え! 甘味君にひどいことするなよ!!! お前!!」
隣に座っていた読書部員の一人、紅白 叶が助けの声をあげたのだった。よっぽど怖かったのだろう、体を震わせ、相手を見ず、机に目を落としながら、しかし何度も何度も握りしめた手で机をバシンバシンと怒りを表現しながら叩き叫ぶ。
「あ? てめーコレの肩持つっての? うぜーなおい、おい? あ? お? こら! ああん? てめーも殴るぞこら!」
「ちょっとびっくりしたんですけどー。大声出しすぎーしらけるー」
イキリヤンキーは矛先を紅白に向けるため甘味を解放するが、苛ついたのか見せつけなのか追加で重ためのボディーブローを置き土産とした。
「あぐっ……く……カハ」
息が止まる。呼吸がうまくできない。痛みで汗と涙と声が漏れる。
殴られたところに手を当て崩れる甘味の姿を見て紅白の感情が爆発する。座っていた椅子を持ち上げイキリヤンキーに殴りかかったのだ。
「アアアアアアアアアアアアアアア!!」
リミッターが外れたかのように叫び殴りかかる紅白を驚きはしたが、敵意を向けられたときに経験者は咄嗟に、されど冷静に構え狙い撃つ。パンッ、風船を割ったときに鳴る乾いた音が紅白の顔面から聞こえた。
「ブッ……! あぎぃ鼻がぁあ! あああ鼻イタイイイ! 血が血が」
顔面一直線放たれた右拳は紅白の鼻を砕き血が溜まったダムを決壊させた。ここまでの騒動になってやっと周りは動き出す。もう辞めてくれ、出てってくれ、先生を呼んでくる、ひどいなど。
「ああ? 今のは正当防衛だろ? 凶器を振り回そうとしたんだぜ? やるしかないよなあ?」
「そーよ! せーとーぼーえーよ! 私に当たったらどうすんのよ!!」
「そんな! 元はと言えばそっちが悪いんだろ!」
「あああああ! いたいよおおおおおお!」
甘味を残しそれぞれが主張し合う。事が終わるのをただ待っていたところに助けてくれる者がいることに頭の処理がついていけてなかった。
殴られ呼吸が苦しくなり頭に酸素が供給されてなかったのも原因かもしれない。
苦痛の中置かれた状況を理解し甘味もやっと動き出す。
「もう辞めてくれっ……! ずっと迷惑だったんだ! 友達まで怪我させて! ふざけんな!」
「んだとコラァ! 遊んでやってたんだろうがよォ! ああコラァ!」
「うあああぁああぁ……いたいよおおおおぉぉ……」
イキリヤンキーからまさかのとんでも発言に聞こえるが、力を見せつけることによって仲間に囲いこむ手法はある。だが力は部活などの青春に持ち出すものであって今回のように弱者に使うものでは断じてない。やられている方はふざけるなだ。もし少女から呪いの藁人形がもらえるなら100体分要求してやるぐらいの憎悪が生まれているのを理解してほしい。
「遊びだと? これのどこが遊びだ! 髪の色と同じで頭お花畑かクズ!」
「てめ! コラ! デブ! コラ! 死ねコラ!」
「いたいよおお鼻いたいよおお」
イキリヤンキーは逆上し膝立ち体勢の甘味の腹に向けて蹴りを入れる。これに対し体を丸め防御態勢で迎え撃つ。ドスッドスッドスッ……数回蹴られる姿を見てたまらなくなったのか女が止めに入った。
「ちょ、もうやめようよ。ここうるさいしもう行こ」
「ハァハァ……チッざけやがって……いいかー、これは正当防衛だかんなー! チクんじゃねーぞ!」
あくまで自分を正当化しながら部室から出ていくイキリヤンキーを無視し、部員達はいまだ泣いている紅白のもとへ駆け寄る。
「紅白君! 本当にごめん、ごめんね! 鼻血拭いて。ああだめだ止まらないっ……すぐ先生に言って保健室に行こう」
「でも゛ーい゛っだらまた甘味ぐんあいづに……!!」
「いいんだ、全部俺のせいなんだ……! 本当にごめんね、ごめんね、ごめんね」
自分だけならと受け入れてしまった行動がイキリヤンキーを増長させてしまった。結果がこれだ。周りに多大な迷惑をかけた。後悔、只々後悔しかない。自分が標的だったのは分かっていたんだから部室から出ていくべきだったんだ。事情を説明し大事になるにつれ後悔も膨らんでいった。
その後学校による聞き取り調査の結果イキリヤンキーは退学となった。正当防衛を主張していたが部員の一人がスマホで動画撮影をしていたため言い逃れはできなかったのと、紅白は軽度の手帳持ちだったため抗議が殺到、前科で指導されていた事もありその処分になったと聞いた。
先生からもっと早く相談しなさいと怒られた。物事を軽視した、人に頼るのが恥ずかしかった、考えが至らなかった、大事になるのが怖かった。色々考えて、考えられなくて時間が過ぎてしまった。「ごめんなさい」一言謝るだけだった。
ただ甘味の胸の内には先生なんだから生徒の置かれている状況にもっと早く気づけよ……と少なからず思うところもあった。
先生にチクることになったので報復を危惧していたがそのようなことはなく、高校生活は流れるように終わっていった。
✕ ✕ ✕
あの時紅白君はなぜ助けてくれたのか聞いたことがある。
「甘味君は僕に話しかけてくれる。甘味君が楽しそうに話してくれるだけでうれしい。怖かったけどそれ以上に許せなかった」
これあげる、と渡されたのがキッコロ人形だった。卒業後働く場所らしい。親友からもらった大切な物。初めて大切にしたいと思った宝物。
見た目以上の重さを受け取った気がした。
読んでいただきありがとうございます。
今回の話は仕事で多数の方の過去話を聞き、また自身の体験も含めてマイルドにした内容となっております。手帳持ちの方を部下に持ち、その人のことなどを聞くと気づいてあげれなかった事が多く自分の愚かさ失敗に考えさせられました。
この作品は“気づき”を根っこに作っていってます。
答えを出すときとあえて出さないときもあります。
正直私はあれはこうだそうだと語れるほど人間的にも学力的にも成長してないし答えは一つではないと思います。
それぞれの方がより良い正解を見つけていただきたい。
こんな風に解決したという体験談を聞かせてくれるとうれしいです。
それではまた次話で!