37話 トウコ道中記7
しばらくして中までしっかりと火が通った肉が出来上がり、精霊様が用意してくれた大きめの葉っぱに乗せ食事の準備が整った。その頃にはすっかりと気分を良くした様で神様の顔に笑顔が戻っていた。
「いや~みんなが準備してるときに一人休んじゃってゴメンね。この通り元気になりましたので、あとの燻製は私がやるね♪」
「体調が戻ってよかったでしゅ!」
「そうですよ、よかったです。量が多いので焚火台を増やしてみんなでやっていきましょう」
「分かったわ、じゃあ冷めないうちに食べましょう!」
「「おー」」
少し焦げ目のある白い肉にかぶりつく。調味料は塩だけといったとてもシンプルな味付けだが、焼いた肉は見た目でよだれを誘発させ、匂いで腹を鳴らさせ、口に入れ噛むと旨味が広がり、身体にエネルギーが補充される感じで染み渡った。
「ぐぅぅうううっめぇえ」
「んー! おいひー!」
「フーフー……あちゅ」
焼いているときにつまみ食いせずに我慢してよかったと自分を褒める。ガツガツと口に放り込み一気に平らげ、二本目の串焼き豚肉に手を伸ばしかぶりつく。もちろん神様達も同じ様に肉の旨味を堪能していた。
「食事をしながら今後のために設定を考えようって話だけどさ。毒耐性装備を集めている冒険者ってことにして、トキ君は前衛、私はコッキちゃんを背負って森の魔法使いを装うわ。コッキちゃんは人前では動かないってことにしましょう。ごめんねコッキちゃん。窮屈になっちゃうけど協力してね」
「動かないことは得意でしゅので問題ないでしゅ!」
お互いにビッと親指を立てて合図を送り合う。仲いいなぁ。
「それと呼び方も冒険者っぽく呼び捨てで構わないわ。他にも何かあるかもしれないし考えましょう」
冒険者か。無難で問題ないと思う。神様改めウインリーは立場的に様付け絶対! とかこだわるタイプじゃなくて助かった。物事に対する積極性もあるし初めて会った時の印象と全然違うな。あのときは動揺してたんだからしょうがないとして記憶の隅に置いておくことにしよう。
俺たちは食事を終え燻製を作っている時間も“こうなるかもしれない”という状況を思いついたら口に出し意見を言い合った。燻製作りは非常に時間がかかり、なおかつ暇なので、話を咲かせるにはもってこいの有意義な時間つぶしとなった。そのためウインリーとコッキとの距離感が近くなったと思う。正直な話、人と神と精霊という身分に大きな差があり、人生経験の少ない俺にとってとても窮屈に感じていた。
焚火台の火を見ながら思考する。孤児院の子供たちの時もそうだったが、共同作業をすることによって相手の努力を見ることができ、話しやすい状況によって人となりを知ることが出来るんだな、と。
ウインリーについて考える。
ウインリーはこれまで直接的な答えを控えているように見える。曖昧というか文句があるなら言えばいいと感じるシーンが度々あるが、落ち着いて考えてみると神としての影響力を極力抑えるようにしてるのかもしれない。神頼みの話では願われるより決意を語る人のほうが好きと言っていた。つまり“最終的な答えは自分で出せ”と言っているんじゃないだろうか。
トロールの肉をどうするか迷っていた時、問いかけてきた内容を改めて思い出す。
『試したいから殺した、後は腐って――』『人間は愚かで我儘な――』『感謝の気持と弔う心』
今回は食べること前提に話が進んだ。これはトロールの肉は美味しいという事前知識があったのと、狩りをしたら放置はありえない、命を無駄にするなという信念があるのだと思う。ゴブリンの場合、黒い角を回収しているからそれで十分なんだろう。トロールは俺の力試しの役に立ったからそれで十分とはならなかった。
なんとなく言いたいことは想像できたけど言葉に出来なかったため、身振り手振りでウインリーに話してみた。
「――という感じで考えてみたんですが、今ので伝わりましたか?」
「大丈夫、一所懸命さは伝わったよ。つまり私が言いたかったことは、命の重さは生きるものすべてに平等だけど、命の価値は平等ではないと私は思います。トロールにはゴブリンに無い価値があった。大変な思いをしてまで狩りをしたのに、それを拾ってあげれない子になってほしくないな。
これから向かう先はとても困難な旅になるはず。これを成し遂げるには、視野を広げ、思考し、物事を見る目を鍛え、自分の価値を上げる必要があると思うのね。
トキ君には成長する力があると私は期待してるの。トキ君はみんなに信頼されてたから全てを託されて旅に出たよね。私はそこに価値を感じたの。だからこそ異世界ゲート管理局所属、導きの神ウインリーが影響がない範囲で助言していこうと思っています」
「俺の、価値……命の価値……俺は過去の記憶がなく自分のことが何も分からない。でも今の俺を見て応援してくれると言ってくれたこと、すごくうれしいです。期待に答えれるようがんばります!!」
自分で言った通り、誰かに期待されるのはとてもうれしいと感じる。心が「おおおおおおおー!」と気合の入った叫びを上げている。認められていた。俺が仲間外れにされているかもと感じていたのは勘違いだったのが分かった。先程の言葉を借りれば視野が狭かったというやつだろう。
ウインリーは「あくまで助言だし必ずするとも限らないからね」と言い残し肉を切りに離れていった。
☆☆☆
一夜明けたがまだ肉の量が多く残っており、さすがにここに留まるわけにもいかないため、考えた結果コッキに木の上から周りを見渡してもらい、集落があればそこに卸そうということに決まった。
コッキは蔓を生やして一気に木のてっぺんまで登っていき、数秒後には蜘蛛みたいにツツツツツーと降りてきた。
「この山を降りて開けたところに小さな村があったでしゅ」
「へー、近いところにあったのね。肉が痛むのもなんだし山を降りたら急ぎめで向かいましょうか」
「分かりました。では肉を回収しますね」
俺は冷水で冷やしている大きい葉でくるんだ肉塊を引き上げていき、水切りをしてもう一枚葉っぱでくるんで汁が出てくるのをなるべく防ぐ加工をした。
簡易的な物だがコッキが背負カゴを作ってくれたので肉を入れて背負ってみたが、120kgほどの重さだったため持ち上がらず、太めの棒の中心にカゴをぶら下げ、ウインリーと一緒に肩に担いで運搬することにした。
しかし速攻でウインリーの肩が悲鳴を上げたため中断。悩んだ末カゴの下にコッキを配置し、柔軟性のある根っこを生やして押し上げてもらうことにした。見た目は逆イソギンチャクって感じでとても異様だ。カモフラージュとしてカゴを葉っぱで覆い隠した。
重さが分散されたカゴを担ぎ、えっほえっほと掛け声をかけ進むこと数時間、やっと村の近辺につくことができ安堵する。
平屋の建物が20軒ほど密集した小さな村では、杭を作ったり柵を設置したりと忙しなく動いている様子が見て取れる。気になって遠巻きに見ていると槍を持った人が近づいてきて村になんのようだと聞いてきた。
「俺たちは旅をしている者です。肉が手に入ったので村で必要なら売ろうかと思いまして寄らせていただきました」
「肉か! それはありがたい! だが今は緊急時ゆえ買い取ることは難しいかもしれない。村長と相談してくれ」
そう言うと村長がいる建物を指差し槍の人は巡回に戻っていった。
「何かに備えてるみたいですね。戦争……かな」
心当たりは十分にある。それはサンドローズ国で起こった光の柱だ。ボクスが戦争になる可能性があると危惧していたが、こんなにも早く行動に移すものなのかと固唾を呑む。ただこの時点で俺たちが渦中の人物だとは誰にもバレていないはずだから、それとなく情報を仕入れようということになった。
カゴを担ぎ村長宅に着くと、玄関先の椅子に座っている落ち着きのない老人がいた。おそらく長老だろう。挨拶をして肉の件を話すと大変喜んでくれたが、先日行商人との取引があったため資金がなく、物々交換にしてほしいと頼まれた。
こちらとしては肉を持っていても重いし腐らせるだけで、売れたら儲けもんと考えていたため了承する。不足分は情報を仕入れることで良しとした。
「皆さんお忙しそうですね、何かあったのですか?」
小さい机の上に葉っぱで包装された肉を置きながらさり気なく聞いてみる。すると長老は困った顔をしながら話し出す。
「行商人からの話でのぅ、コロシアムに魔物を運搬していた者がこの近くで消息を絶ったそうなんじゃ。調査をしたところ運搬用の檻を発見したのじゃが中は空っぽだったそうじゃ。運営元が必死になって探しているようじゃが未だ見つかった報告はなしじゃと。儂らで追い払える魔物なら良かったのじゃが……たちが悪い事にその魔物はトロールと言うではないか! これは一大事と村総出で防御柵を作っておるところじゃ」
読んでいただきありがとうございます。
鶏肉と豚肉はしっかりと焼きましょう!菌や寄生虫で大変なことになります!
では次話もよろしくお願いいたします。