35話 トウコ道中記5
奴らの動きを見ていると、目論見通りゴブリン達はテントを発見し、指で合図を送っている。そのまま立ち止まらずここに近づいてくれれば俺たちに勝機が見える。緊張とも興奮ともいえる状態で気持ちが焦る。焦りすぎてタイミングを間違えて早く出ちゃいそうだ。
(まだだ……早くしてくれ……まだだ……早く来いっ!……まだか!? おせえッ早く来いっ!)
二秒としない時間で悪態をつく。相手を罠にはめるまでがこんなにも歯がゆいなんて、過呼吸で窒息死しそうだ。
「ブシュルルル」
見るとトロールも興奮しているようで、鼻を鳴らし握りこぶしを作っている。ゴブリンもトロールも目線はテントに釘付けになっており、散開して周囲を警戒することはしなさそうだ。怒気が一点に集まっているような重い空気を感じ取れる。
(完璧に俺たちに流れがきている――! 相手の動きが見れるとここまで心強いとは)
そして時がくる。ゴブリンがテントに到着し、遅れてトロールも射程内に入ってきた。スーッと俺は息を吸い全身に合図を送る。それと同時にコッキもトロールに向けて根を動かし、足に巻きつけ、見事顔面から転ばすことに成功した。
顔面から強打したトロールは、ブギャッと悲痛な叫び声を上げるが、ゴブリン達は敵から攻撃を受けていると思っていないようで、キョトンとした雰囲気でトロールを見た後、ギャッギャッギャと笑い出した。
「――しゃあああああああ!!!!」
俺はうつ伏せ状態になったトロールに向かって、待機していた木の上から飛び降り、持っていたダガーをトロールの体に深く突き立てた。その勢いは強く、ダガーを持っていた腕ごと肉厚な体に飲み込まれ骨と内臓を貫いていった。
「ブギャアアアアアアアアアアアアアア」
激痛からくる魂の叫び。すでにコッキの根で両足を縛られたトロールは、まるでオットセイのように全身を波打たせながら、痙攣したように震え地面を叩く。
「ギ」「ギャッ」「グギャ」
攻撃されているのはトロールだけではない。状況についていけれず無防備状態のゴブリンもまた、標的を変えたコッキが順番に仕留めていく。
裏ではゴブリンを全滅してくれると信じて目の前に集中する。腕を突っ込んでいる場所から湧き水のように青色の血が湧き出してくるが、恐ろしいことに自己再生能力が高いという情報通り、腕が再生される肉で押しつぶされそうになっている。想像していた何倍ものグロい状況にパニックになりそうだが、この密着している状態が何よりのチャンスだ。今しかない……!
「これが俺のとっておきだ! イッちまいなああああああああ!!」
獣が獲物の肉を求めて長い口を前に出すように、俺もトロールの背中に顎の力を最大限にして噛み付いた。そしてトロールが持つ魔素を、麺を思いっきりすするようなイメージで吸引する。そう、俺は相手の魔素を自分の体内へと取り込むことができる【魔素吸収】が使える。いつもは相手がギブアップするためそこで終わっていたが、限界のその先まで吸収してしまったら……
(ぐぁッなんてすげー濃厚な味だ! 一週間煮込んだドロッドロの豚骨スープを胃に流し込んでるようだッ)
吸引を初めてすぐに変化が訪れた。痛みの色を出していた絶叫から一転、我慢していたものを一気に出し切った時の安堵した声を響かせた後、傷ついた部分を治し続けていた自己再生が止まり、全身から筋肉の脈動が弱くなっていき、ほどなくして心臓の動きが止まった。両腕を突っ込んでいるからこそ生命の終わりを鮮明に感じ取れることができたとても貴重な体験だった。
魔素はもう流れてこない。空っぽになった体から口を離し深くため息をつく。予想通りの完璧な勝利だ。
自己再生能力と聞いた時ハイヒールと根本は同じじゃないかと考えた。つまり魔素を使い傷ついた部分を修復、または復元する力。魔素がある限り起き上がるなら、俺の力で魔素をなくしてしまえば勝てると踏んだ。師匠の教えが生きたと実感し、嬉しすぎて涙が出そうになるがぐっと我慢する。共に戦った仲間と集まって話をしよう。
俺はトロールから両腕を抜き生暖かさから開放された。ダガーは欠けることもなく綺麗なモノだったが、握っていた手から前腕が骨に当たった衝撃で打撲や切り傷をおってひどいものだった。
「すごいわね、倒したの……? 内側から心臓を握りつぶした、とか?」
「すごいでしゅ」
――なんてことだ。確かに言われて気づいたが、内部でダガーをこねくり回せば倒せたのかもしれない。魔素吸引で倒すことしか頭になかった……
「いや、俺は噛んだ相手の魔素を吸収することができるんです。空になるまで吸って倒したってところですね」
「へー、蚊みたいね」
「ヤマビルみたいでしゅ」
「蚊!? ヤマビル!? 例えがひどすぎない!?」
ほら、もっとあるでしょ? あれだよあれ。ド ラ キ ュ ラ とかさー。頑張ったんだからかっこいいのをお願いしますよ。そう心のなかで自分の中のかっこいいをごちる。
気の緩んだ仲間との一時だった。興奮状態から平常心に変わったその瞬間、傷ついた部位が痛みだす。
「いっ! いてててて……あれ、いってッちょ、おっつっいって!」
チクっとした痛みからズキズキが強くなっていき、あれ? これまずいかもと焦った頃には声が漏れるほどの激痛になり肉が2倍に腫れていた。
「ちょ、ちょっと大丈夫チュパカブラ君?」
神様が心配した様子で語りかける。だがちがう、そうじゃない。今は冗談を言ってる場合じゃないから名前間違いの指摘は返せそうにない。これには神様も流石に察してくれたようで傷の治療に当たってくれるようだ。
「コッキちゃんが道中で薬草を見つけてくれてて助かったわね。しかもここはコッキちゃんが得意とする森フィールド。フッフッフッフッフッ。君はとても恵まれているわ。その傷を一瞬にして治してあげましょう。そして森に感謝を捧げなさい! コッキちゃんお願い」
「分かったでしゅ! 森と精霊による癒やしの水」
コッキが魔法を発動する。すると地面や木から小さな緑色に発光する球体が現れコッキの中へ吸い込まれていき、すべての球体を飲み込むと今度はコッキ自体が薄く発光しだした。次に持っていた薬草を口に含み咀嚼したあと飲み込むと、全身の光が頭にある花に集まり強い光を帯びた。怪我した両手を前に出すように言われたので構えると、頭の花からキラキラと輝く水が弧を描きながら放水され、やがて虹の橋が架かった。まるで虹の橋を光の精霊が歩いている様な幻想を見て、心まで洗われている感覚を受けた。それはチョチョコーネと森信仰をしたときに感じたのと同じだった。
水の音、風の声、木のささやき、土の匂い、自然に住む生命の煌き。五感のその先にある“魂”で触れることができる感覚。これを体感してしまったら自然と出てくる言葉はこれしかないだろう。
「ああ、森よ、感謝を……」
祈りを捧げた俺に痛みはなく、山の冷たい水を飲んだときに感じるさっぱりした心が残っていた。
「すごい、腕が元通りになってる。神様、精霊様ありがとうございます! 助かりました!」
「これはトキ君が頑張った褒美みたいなものよ。お疲れ様。やれば出来る子だったのね」
「子供扱いやめてくださいよ~」
「私達からしたらみんな子供よ」
神様はそう言って肩を叩いてきた。そこで前から気になっていた事を聞くタイミングかと思い訪ねてみる。
「そういえば神様っていくつなんですか?」
「ん~そうね~、神って老いたり寿命で死んだりってことはないから年を数える習慣がないのよね。長く生きてるのは分かるんだけど……コッキちゃんは最近よね」
「確か200か300年ぐらい前だったと思うでしゅ」
そうそうそれぐらいと二人してうなずきあうのを見て、スケールの違いにそういうものなのかと納得する。
読んでいただきありがとうございます。
主人公は毒耐性がありますので怪我による感染症なども防ぎます。
大怪我をした時があるのですが、最初はいやいや大丈夫だしこんなの大したことじゃないし痛みもないしと自分を勇気づけたのですが、時間が立つにつれてズキズキと痛みが増していきたまらず救急依頼して運ばれました。1敗目
手術して麻酔が切れたら痛みますので、耐えれなかったら呼んでください座薬入れますのでと言われ、座薬は嫌だなと我慢した。痛みに耐えることで寝れなかったから降参し座薬をお願いした。2敗目
そういえばボコボコに殴られたときも痛みはなかったし戦闘中はドーパミンで麻痺してて痛いとかは感じないんじゃないかなぁ。人それぞれですけどね。
では次話もお読みください!