32話 トウコ道中記2
「トキワソウ、キミにきめた! やれ! 全力攻撃!」
こっそりとだが、言葉に力を乗せながら、神様からお決まりの指示が下る。目標はわずかに流れる山水を飲みに来たゴブリンの群れだ。
少し前に一匹のゴブリンを倒したばかりだが、ここに群れがいるなら近くに巣があり、そこから出てきたハナレ説が強くなる。
数は見る限り五匹で、石の斧や革袋といった大したことのない武装。
一見不利な人数差だが、戦力を見て勝てると踏んだのだろう。トキワソウに全力で突っ込めとのお達しだ。俺たちは木の陰から応援してるからな! がんばれよトキワソウ! あの中に突っ込む勇気は称賛に値するぞ!
――――んー、よっし、よっし。まだ動きがないが心の準備はしておかなくちゃな。
「何やってるでしゅか。早く行くでしゅよ」
まだかまだかと待っていると俺の方をみてコッキが急かす。気づかなかったがトキワソウという奴は俺の隣にいるのか。隠密系なんだなと一人納得しながら首を動かし姿を見ようとするも、そこにあるのは木や土といった山そのものだ。すごいな、こんなにも見て分からないものなのか。隠密系といえば代表に上がるのが忍者だが、たしかに誰もいない、気配もないと安心しているところで急に現れたらニンジャ!? ニンジャナンデ!? と驚きを隠せないだろう。
影にひそみ標的を暗殺する無駄のない動き。屋根から屋根へと音もなく飛び移る身軽さ。暗器と呼ばれる専用道具を巧みに使う優れた技。一朝一夕で習得できるものはなく、努力の化身にして才能の塊。それが忍者。
表舞台に立つことはあまりなく、日陰者と揶揄されることもあるが、それでも一定の支持があり惹かれる理由も十分にある。かっこいいなー惚れちゃうなー。
考えてみたらサポーターであるボクスも似た動きをするなと、もしかしたら忍者なのでは? と、想像が楽しくなってきたところで
「ちょ、何やってるんでしゅか。ウインリー様がおこになってますしゅよ。早く行ってくだしゃい」
などと言われながらコッキが操る蔓でぐいぐい押された。
「え!? 俺!?」
いやいやいやいや、違うでしょ。俺トキワソウじゃないでしょ。なんで俺の名前がくさタイプに改名されてるんだよ。びっくりだよ。この神様は本気でくさタイプのトレーナーになってジムリーダーに攻めに行くつもりなの? ゲーム脳をこじらせちゃったカワイソウな神様なの? 返事はだみ声でトキワにしたほうがいいの? ツッコミたいこといっぱい出てくるなあ!?
そもそも最初っからトキワソウって誰だよ……て思いながら聞き流してた俺が悪いのかもしれない。
ハァ、とりあえず修正だけはしておこう。間違えてるだけかもしれないし、もう一度自己紹介だ。
「いやだなー、俺の名前はトキ・ワタリですよ。トキワソウって……かすってますけど変な名前つけないでくださいよ~」
うん、いいんじゃないか。この冗談として受け取りましたよ感。ここで「名前間違えるなんてひどいやつだ!」と怒るとつまらない奴認定されるし、俺の声が小さくて聞き取りづらかったということにしておこう。
神様の顔を見ると、口に手を当てて目を大きく開き「まあ私ったら間違えてしまいましたわ」と誰もが見て取れる態度をする。予想通りだったな。
「ボウヤはタネ、クサ、ハナの順に進化する個体じゃないの?」
「するかい!!」
「え~つまんなーい。育て屋さんに預けてこようかしら」
「いきなりパーティー解散の危機!? 血も涙もないとはこのことか!?」
「プ……アッハハハハ。やだ、上手い返しね。アハハハハハ。神様ジョークよ。ごみんネ♪」
神様は我慢できなくなりついに吹き出した。それはとても明るい声で遠慮がない純粋な笑い声だった。
たぶん生まれてはじめてだと思う。掛け合いの結果ここまで笑ってくれる人を目の当たりにしたのは。
神様が話す内容はやっぱりよくわからないことを言っていたが、フィーリングで返したのが琴線に触れたらしい。
俺は一瞬とまどい、それから「へ、へへへへ」と笑いがこみ上げてきた。笑い、か。なんかいいな。こう……胸がポカポカしてくる。今俺の顔を見たらキモイにやけ顔をしているだろうから見せられないよバリアー貼っときます。
「ゴブリンが気づいてこっちくるでしゅ」
ジッと監視していたコッキが忠告してくる。
まあ、そりゃーね、近くで馬鹿みたいに笑ったら気づかれますよ。これでもゴブリンが動かないのであれば、ブッ殺すと思ったならその時すでに終わってるやつだよ。
コッキがいくら強いからと言っても数で押される。ならば俺が囮になって視線を集め、その隙きにコッキによる各個撃破をしてもらおう。
自分なりの作戦が決まりコッキに伝えようとしたところで、神様が「きゃああああああああ」と叫びながら一目散に逃げていく。
予想外の行動に目を丸くする。
違う、恐怖して逃げるを先に予想しなくてはいけなかったんだ。女性がゴブリンに捕まったらどうなるか、それを想像してしまい俺たちを置いていけば助かると。
くそっ! 元はと言えば神様が馬鹿笑いしなければ……やめておこう、今はそれどころじゃない。神様の行動をみて三匹のゴブリンが全力で走ってくる。残りの二匹は出遅れたみたいだ。
追いかけるゴブリン達はちょうど俺たちが隠れている木の横を通るルートを選択したようだ。
ここはびっしりと蔓が生えており踏み荒らす足音が聞き取りやすい。
予定とは違うが逆に好都合かもしれない。隣を通った瞬間、貰ったダガーで急所を突き一匹を撃破。後は空気を読んだコッキに任せる! もうこれでいく! 運よ味方してくれ!
俺は木の後ろで覚悟を決め、注意深く耳を傾ける。握りしめるダガーが手汗で滑らないか心配だ。
ゴブリンがギャアギャアとうるさく叫ぶ。おそらく追え追えーと言っているのだろう。
もう声は近い。ポキパキバキと乾燥した蔓の折れる音が聞こえる。
来た……ッ
気配を感じた俺は、野球で言うサイドスローのように、腰を捻りながらダガーを振り払った。
ゴギャ
その衝撃は重かった。その音は折り重なっていた。なにせ飛んできたゴブリンをタイミングよく首を削ぐ形になったのだから。
首の骨を砕き切る音。ゴブリンが絶命する声。魚を調理するときに頭を落とすが、もし生きていて聞こえる声を発せるなら、その音だ。
ただ両断できたわけじゃない。首の皮一枚残ったゴブリンは勢いのまま地面にぶつかり、バラバラになっていった。
他の二匹のゴブリンもまた、角度は違えど空へと打ち上げられ、落ちてきて岩が食らい、木も負けじと枝にぶらさげた。
何が起きたのか。一瞬にして三匹のゴブリンを倒せてしまった答えは、目の前にある蔓でできたハンモックが語っていた。
「これは……罠?」
ハンモックから逆にたどっていくと、最終的にコッキにたどり着いた。
こいつ、いつのまに……
ゴクリ、と喉を鳴らす。味方への恐怖か、頼もしいと感じたのか、その両方なのかはわからない。ただ喉が渇いて唾液を求める。飲み込む音はやけに自分の耳に聞こえてうるさかった。
「すごーくうまくいくものね。びっくりしちゃった」
神様は胸に手を当て、興奮した様子で戻ってきた。その手には細い蔓が握られていて、どうつながっているのか見るまでもなく。乾いた笑いをするしかなかった。
「知ってるボウヤ? これがブッ殺すと思ったなら、その時すでに終わってるってやつよ」
神様はとても満足げなポーズをとりながら、俺も知ってるありがたいお言葉を下さるのであった。
読んでいただきありがとうございます。
今の時代情報を得るのが簡単なため準備が楽でいいなぁと思います。
旅行でも、買い物でも、趣味でも、就活でも。
どのようなモノがあれば有利なのか分かるのは、敵を知り己を知れば百戦殆うからずってやつですかね。
同期よりスタートダッシュできる情報を掴み取得してください。
それがすでに勝っているってやつですね。
まあ私は狩られたほうですが。。。
では次話もよろしくお願いいたします。