15話.初体験は2度刺す
※残酷な描写があります。人によっては大したことないです。
歯を食いしばり激しく揺れる振動を耐える。少しでも口を開けたら歯と歯が激しくぶつかりすぐにでも欠けてしまうだろう。内臓が体の中を駆け回り固く閉ざした口を緩めると全部が出てきそうですごい速さで移り変わる景色を楽しむ余裕などない。
手と足が縛られ抵抗もできず屈強な男の肩に担がれている俺はこの状況を理解した。
(なぜか分からないが2班班長のビスマルショットに拉致られている)
気づいてすぐ抵抗し声を出したが、頭が下を向いている状態で激しい上下運動があれば舌が出る。噛んだ痛みに反省し声を上げれないまま無抵抗にただ耐える。
(人を担いだままなんつースピードで走るんだ……ッひえっ崖! おち、落ちるうううう)
ビスマルショットは25mはあろうかという崖を躊躇せず崖下に飛び込み着地と同時に体をひねりながら前に回転し体にかかる衝撃を拡散した。
五接地転回法を見事に決め無傷で立つビスマルショットとは対照に、回転途中で放り投げられた俺は地面を掃除する勢いで全身バラバラになる衝撃を受けながら勢いが収まるまで転がっていった。
自転車事故で吹き飛んだ人は数多くいると思うから経験上共感してくれるだろうからあえて記さないでもいいかもしれない。転がり血が出た、いたた。で終わらせてもどれほどの血が出たのかどんな悲惨な状況になったのか容易に想像できるだろう。
しかしその状況とは違いトキは両手両足を縛られた状況で転がっていったため、止まったときには襲撃に耐えられず骨は飛び出て服を貫通しており、擦り傷はいたるところにあり全身を赤く染め、目と鼻は潰れ、服はボロ雑巾のように見るに堪えない姿を晒した。
「ブエッガゔぁ……ゲ」
移動中に耐えていた吐き気と内臓から浮き出す血がトキの口から吐き出され砕けた歯を洗い流す。
痛みはない、ただビクッビクッと体が震えるだけ。死の恐怖が脳を占め体が冷えていく感覚を味わいながら意識を失っていった。
(寒い……さむい……サム……イ……さ……む……)
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「ハアハアハアハアハアハアハアハア……?」
再度意識が覚醒し声に出したかった声をありったけ叫ぶ。しかし顔を覆う手が、縮こまる足が正気にさせる。確実に死んだと思った怪我は幻のごとく消え、ただそこにあるのはボロボロになった昨日まで新品の大切な服だった。
はあああぁあぁあぁあぁ……っああぁあぁあぁぁあ……っ
変わり果てた服を見たトキは声を震わせさめざめと泣いた。
そこには生きていた安心感も含まれていたに違いない。
夢ではなかったのだから。
散々泣いた後にここがどこなのか気になり立ち上がって見渡す。
少し開けた場所にいるがそこから先は木に囲まれており奥の方まで木が続いているところを考えて森にいるのだろう。
パチンとはねる音が焚き火から聞こえる。
なぜ……
ハッと気づき咄嗟にファイティングポーズを取りながら警戒する。
ボクシングの経験はないためただ腕を上げただけのへっぴり腰だったが警戒しなくてはならない相手がいることを感じ取れる行動だった。
目を必死で動かし荒く呼吸をしながら周りを確認するが姿は見えない。
(なんだこの状況……ビスマルショットはなぜいない。そもそもなんで俺は拉致なんかされたんだ)
このビスマルショットによって作られた環境に黙って待っているほど愚かではないと考え比較しまだ安心と思える森の中へと走っていった。
一般的に見て鬱蒼と陰る森は足を踏み入れることを躊躇するだろうがとにかく離れることを優先したいトキは奥へ奥へと進んでいった。途中から尾行されている事も気づかずに…
(く、はぁはぁはぁはぁ……ここまでくれば大丈夫だろう。少し休もう)
腰を落とし木に背を預けこれからどうするか考えていると背後から葉っぱが擦れるカサッとした音が聞こえ慌てて身を小さくし木の影に隠れる。
(な、何かいるのか……!? まさか付けられていたのか?)
全身の神経を背後に集中させ気配を探るがそれ以降音がしない。後ろを少し覗き見てみるかと探りを入れようとそっと顔を出す。
(……いない……か?)
ホッと胸をおろし安堵のため息をしながら体勢を元に戻し、目の前にいた緑色の耳が長く背が小さい人間に近い姿をしながらはっきりと人間でない生き物に驚愕した。
(ゴブリン!?)
知識として見たことがある風貌を意識した瞬間、ゴブリンが持っていた棒がトキの顔を横殴りする。
「ぎゃ!」
続けざまに今度は縦に棒が振られ体に打ちつけられる。
「あっいっやめっいっっ」
頭を守るため亀の姿勢で防御し必死に堪える。
「ギャギャッギャッギャッギャ! ギギギ! ギャッギャッギャ!」
ゴブリンはまるでこれでもかと言っているかのように笑いながら殴打を続ける。
(逃げなきゃ! 逃げなきゃ!!!)
痛みに耐えながら機会がくるのを待っていたがそのチャンスは早く訪れた。
ゴブリンが疲れたように息を荒くして殴打を中断したのだ。
(今だ!)
トキは足に力を入れてゴブリンに体当たりをして勢いのまま転がりそのまま森の奥へ逃げた。
(やった! ゴブリンから逃げれた! とりあえずもっと遠くへ行かなきゃ!!)
逃げれた幸運に感謝しながら藪を抜けようとした瞬間足に激痛が走り耐えれず前のめりに倒れた。
「いってぇ! あ、足に槍が刺さってる……!?」
それは木の先に石で出来た鏃が付けられた簡素な槍だった。
倒れ込み地に伏せながらも距離を取ろうと這い上がりかけた時、さっきのゴブリンとは別の個体が藪の茂みから計三体が出てきた。
(は? まさか囲まれていたのか!?)
それぞれ棍棒を手に持ち近づいてくる様はこれから起こる事を容易に語っていた。
「ちょっと待って!!! 寄るな寄るな寄るなあああ!!!」
諦めたら死ぬ運命がすぐそこにあり時間を稼ぎ必死で考えこれしかないと足に刺さった槍を引き抜く。
「いっぎいいいいい!! ひいっふうっはあ……てめーら来るんじゃねえ! 刺すぞ!! 刺すぞ!! 本気だからなああ!!!」
たじろぐ三体のゴブリンは槍が届かないギリギリのラインで目の前をウロウロする。
(やばいやばいやばいやばい)
極度の緊張は喉を枯らし必死でツバを生産し乾きを潤そうとするが量が足りず呼吸が辛くなってくるのを耐える。
ゴブリンの一体が左に大きく動く。槍先で咄嗟に追うと右手がズシンと重くなり視界に捉えるとゴブリンが飛びついていた。
「ああ!?」(しまった!!!もう一匹いたじゃないか!)
ゴブリン三体はあくまで囮だったのだ。
「ああああああ離せエエエ!!」
左手でゴブリンを殴り必死で剥がそうとするも頑なに離さずくっつく。
残りのゴブリンが持っていた棍棒を振り上げ攻撃してくるのを見て殴っていた左腕を上げガードする。
「ぎゃあ! ああ! があ! やめっ……」
殴られ折られ噛みつかれ肉が剥がれ死を間近にしそれでもなお力を振り絞り
ゴブリンの一体に噛みつき耳を引きちぎった。
生きるのを諦めない、死んでたまるか、せめて一矢報いてやる。
錆びついたナイフで腹を割かれそれでもなお意識ある限り抵抗し、やがて動きを止めた。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「ハアハアハアハアハアハアハアハア……?」
再度意識が覚醒し声に出したかった声をありったけ叫ぶ。錆びたナイフでギチギチと抵抗感のある割かれ方をした感覚がまだ腹にある。確実に死んだと思った暴行の数々は幻のごとく消え、ただそこにあるのはボロボロになった昨日まで新品の大切なスラックスだけだった。
は? は? は? は?
理解ができない。二度も死の経験をし脳と感情はついていけてなかった。
パチン、焚き火の音が存在を知らせる。
音につられ目を向けるとそこには筋肉で覆われた猛者と呼ぶに等しい男ビスマルショットが座っていた。
「よお、起きたかよ。かっかっかっかっか、戻ったらいなかったからよぉ。俺は逃げた先を知っているからよ、追いかけてやったんだぜぇ? 感謝しろよ」
読んでいただきありがとうございます。
ここから残酷な描写がしばらく続きます。それかすぐに切り上げてコミカルに戻るかもしれません。
ビスマルショットの気分次第です。
上司の気分次第でコロコロ仕様が変わるのはあるあるですよね。
上司は上司で部下に仕事させすぎてるのかな、これであってるのかな、早く終わらせてパチンコいきてえななど悩んでいるんですけどね。自分以外の生活を背負うって結構なプレッシャーですよ。
それでは次話もよろしくお願いいたします。