14話.帰還者達
ゴロリ、ゴロリ、体を右へ左へ回転させる。ゴロゴロ……
「……ぬああーー! 全然眠れねええ!」
どうしても考えてしまう。
(明日起きたら貰った服に着替えて朝の支度。貰った服に着替えて朝の支度。貰った服に! 着替えて!!! って俺は乙女か!!!!)
寝る前にさっさと脱いでパンツ一枚になったときにこの貰ったワイシャツとスラックスをどこに置こうか一時間ほど悩んだ。
服をかけるハンガーとかあればシワにならずにすむのだがこの部屋にそんなシャレた道具はなく、あるとすれば引き出しとベッドと観葉植物だけ。ミニマリストがよだれを垂らすこと間違いなしの殺風景とした部屋だ。
シワのことを考えると床に置くのが一番いいのだが、必死に考えて受け取った大切な服を雑に扱ってるように見えて床という選択肢はない。
シワが少し出来てもいいなら引き出しに入れるのが正解だろうけどワイシャツを畳んだことがないため間違いなく変なところにシワが出来るだろう。
引き出しを開けて掛ける感じがベストな感じがしたが、一番しっくりしたのが今の状況、布団をベッドから下ろしベッドに服を寝かせる。これは天才なのでは? と自画自賛したものだ。
満足して床にある布団にダイブしいつもどおり考え事を始める。
(うーん、ボクスさんに言った言葉はひねり出した言葉だったけど、チグハグとしてて伝わりにくかったんじゃないかなぁ。もっとキレのあるビシッとしたおっこいつ頭キレッキレやん、用心せなーあかんな! って思わせるギランとしたシャキーンが必要だったのかも……)
説明下手特有の擬音連撃をフルヒットさせているといつもなら眠りについているのだが、ベッドから床で寝るという環境変化が睡眠環境を大きく変え体が無意識に拒絶し疲れていても眠れないでいた。
(床って思ったより痛いな。骨が直接触れるっていうかこう……)
ゴロゴロと転がり睡眠に最適なベストポジジョンを探す。しかしどの体勢になってもしっくりこない。
(何か違うんだよなぁ。あー、なんだろうなー。こんなことしてる場合じゃないんだよ。寝ないと明日の仕事に支障が出るんだよ。まずいなー)
なんとか寝れないかと思考を巡らし実行するが効果はなし。しまいにはマイサンのポジションが悪いのかと向きを変えたり頭がおかしい方向に歩みだす。
(しかしポジションは侮れないからなぁ。この微妙な置所が安心感を与えるというか)
野球やサッカーなどに詳しい人間はこの選手が選抜に入ってるなら安心だなと思う気持ち、競馬なら第4コーナー曲がりに差し馬が飛び出しやすい位置を陣取っていたらラスト勝負ができると安心する、そんなベストポジションがあるはずだ。
探るべきか、マイサンのマイフェイバリットベストポジションを……!
しかしダメ……ッ圧倒的超速敗北……ッ
(くっだめだ……っ俺のエントリープラグが強制射出してしまう……ッッポジションどころではなくなるぞっ!)
山の作られ方を知っているだろうか。地球の表面は一年に2~20cmほど少しずつ横に動いているのだが、様々な形のプレートと呼ばれる地表がバラバラに動いていく。それがぶつかり地面が上に押し上げられ作られるのともう一つ、地表に吹き出した溶岩が積み重なって山になるんだ。富士山がそれだ。
刺激は山を作る。自然の摂理。抗うすべはなくただ冷やされるのを待つしかない。
少し外に出て夜風に当たることにした。
(フ~、今日は騒音もないし静かなもんだ。体が落ち着いてくる)
この建物から北の方角に見える大きな壁の向こうから時折爆発するような音が聞こえてくる。
(俺は壁の向こうで救出されたんだよな)
音の正体は聞いたところによると魔物が現れるから迎撃してるのだという。
魔物の襲撃があるなんてここは危ないのではないかと伺った所、昔の勇者が絶対に壊れない素材で壁と城を作り、絶対に壊れない魔法をかけた最強の2重掛けを施されているらしくこの国はどこよりも安全とのことだった。
現に300年前の神の怒り事件に最も近いこの国は滅んでいてもおかしくなかった規模の衝撃があったにも関わらず、壁と城には傷一つ付いていなかった。
(昔の勇者は半端ないな。勇者の残した数々の伝説は世界を豊かにした……か。勇者ねぇ。俺もそんな力があったらよかったのに)
完全に落ち着きを取り戻したため自室へと戻り寝ようとするが、ベッドの服が視界に入ってしまったため今度はそっちのことを気にするようになり眠れなくなってしまった。
ゴロゴロとするうちに日が昇り始めまた新しい朝が訪れる。
「ふあああ……やべーな、一睡もできなかった……」
何度も顔を洗い気合を入れるが少しするとあくびが出る。
(初めて徹夜したけど下まぶたが重い、だるい、重だるいだな。おもだるー。おもだるーー。おもだる~~~~~~)
徹夜というのは妙なテンションになるものでおもだるをクレッシェンドしながら口ずさみ玄関先の掃除へと入る。
人通りが少ないためそこまで気合を入れなくてもいいのだが、今日の感情は複雑怪奇そのもの。仕事がんばらなきゃ! 眠らないぞ! うおおお眠てえええ! おニャン子バスター! うえっぷ気持ち悪い……ひぎぃいい腕と太ももをつねっても痛くないよぉおおなど、なんでもいいから考えていないと足がカックンしてしまうのだ。それはもう生まれたての魔王のようにカクカクなのだ。
ほうきで掃いては全力でスクワットをし、草むしりをしては倒れ込みそうになったところを腕立て伏せに切り替えるファインプレーをかましたり、うっかり立ったまま口を大きく開けて寝てしまったところに虫さんがダイブして起こすナイスアシストプレイがあったりととても忙しそうだ。
「あーなんだその、まあがんばれよ」
「あひゃいっ!」
いきなり話しかけられたので乙女が発してはならない声でびっくりした。
どうやら誰かが来たようだ。こう見えても接客って苦手なんですよ。帰ってくれませんかね。
「ラッシャッセー、じゃなくていっらっしゃいませっ」
なんという最低な接客に慌てて正気に戻り相手に振り返る。
そこには豪腕の一言で表すことができる丸太のような筋肉を持ったボウズ頭の男性が立っており、その背中越しにぞろぞろとこの建物を目指して歩いてきてる人影が多く見えた。
「うーすおつかれーす」
「新人君ファイトー」
「はーかったりー会議なんてさっさと終わらせましょうよー」
「今回はまた厳しかったですねー」
「帰って寝たい」
喧々たる一団は俺に挨拶する者もいればチラッと見て通り過ぎていく者もいる。スルーされた方は普通はムッとしてしまうものだが彼らは一様に疲れが見て取れて余裕がないのが伝わってきたので何があったのだろうかと疑問が勝った。そもそも誰なのかさえわからない。
目の前にいる男性はそれを察したのか自己紹介をしてくれた。
「俺の方は知ってるが、まあこうやって話すのは初めてだからな。俺はビスマルショット。2班班長をやっている。よろしくなワタリ」
この人がどうやら2班の班長を勤めている方らしい。手を出されたので挨拶をしながら握り返すが皮の分厚さがまるで石を触っているかのように無機物感を味わった。
触れただけで分かる猛者を初めて体験し、純粋に心から悲鳴が上がったのを感じた。
(1班班長のポンドゴーさんは優しいおじさんというイメージだったけどこの人は計り知れない恐怖を感じた。これが2班班長……)
すぐに手を離してしまったのを悪く思いながらもあれ以上に長く握っていられたかどうか、そんなことをしたら生きていられたかどうかわからない。
「フ……今日は2班と5班の合同遠征から戻ってきたんだ。俺は知ってるが5班のやつらは骨と脳のないやつらばかりでな。鍛えてやったってわけよ。ちびりやがってばかどもがばかどもだよ。どうだ? お前も鍛えてやろうか」
「ひえっ塾があるので遠慮しますっ」
とっさに言い訳をしてしまった自分が情けない。考えてみれば強くなりたかったのは事実だし2班の班長に鍛えてくれるなら願ったり叶ったりなのだが……
「あ? ま、気が向いたら言ってこいよ。だがな、お前は求めてくるよ。俺はそうなる事を知ってるからな。さぁて、会議してさっさと帰るか」
俺の何を知っているのか知らないが正気で入るうちは頼らないと思います。早く会議に行ってください。
俺は2班班長の後ろ姿を見ながらアジャジャシターとつぶやいた。
(ああ緊張した。人と握手するだけでこんな魂を掴まれたようなゾッとすることってあるんだな。いかん、緊張との落差が激しすぎて一気に……)
立ちくらみと目眩が同時にきた感覚に襲われフラフラとしたところで運が悪く多くの荷物を持った同じ背丈の男とぶつかってしまった。
「ちっ何ぼさっとしてんだコラ! 邪魔だどけ!!!」
荷物に押された勢いが強くすごい勢いで建物の隅に転がっていき、限界はもうとっくにピークに達していた俺は転がった先で寝むりについた。
これが人生初の仕事サボりと野宿であった。
読んでいただきありがとうございます。
空手などの武道をやってる人と握手するとゴツゴツしててこれが剛の者かと
納得します。
私はぷにぷにしててなんの努力もしてなさそうとお酒の席の嬢に言われました。
こんなときどんな顔をしたらいいのかわからないの。
それではまた次話もよろしくお願いいたします。