10話.そんなバナナと俺は言った
※うんこ注意です
「そんな……」
次の日朝の恒例ツッコミを終えた後、ボクスと朝食をとっているときの事だった。昨日の仕事、子供たちのこと、ユウキャンに教えてもらったことを聞いてもらい今日もみんなと一緒にがんばる旨を伝えたら――
「あの子達は三日に一度来ることになっているんだ。勉強と他の施設も受け持ってるからね」
と残念な宣告を受けた。あの子達の笑顔にまた会えると待ち遠しかったのに。はぁ今日は自主トレですね。急用で急遽授業が自習時間になったときは喜んだものだが仕事ができないのがこんなにも悲しいとは。
「まあまあまあそんな落ち込まないで。子供たちがこない二日間は掃除をしなかった場所と貯蔵庫の在庫チェックに買い出しをお願いしたいんだ。どうやら君は文字の読み書きができるようだとユウキャンから聞いたよ。買い物くらいできるはずだ。チャレンジだね!」
外に出て買い物。難度高いミッション発生。手書きの地図とお金が入った小袋を渡され明日は休みの店が多いから今日行くといいよと言い残し部屋から出ていった。この強制イベントは断れませんね。チャレンジだ! よし!
まだ早い時間のため玄関先を掃除してから買い出しに行くことにする。昨日と今日で感じたことなんだが建物に対して出入りの人数が少なすぎる気がする。
1~5班まであって1班がポンドゴー、ボクス、チョチョコーネの三人? だから3×5で15人はいると仮定する。昨日知らない人とすれ違った人数が2人だからボクス、チョチョコーネ入れて4人。会社ってこんなもん? でも三日に一回の洗濯物の量が仮定人数より多いように見えるし謎だ。今もこうして玄関先で掃除していても誰も通らない。
まあ人が通ったら挨拶のたびに手が止まるから通らないほうが楽でいいけど……
今俺はあることを最初に考える練習をしている。ボクスとの会話で気づきの話をしたとき――
「“気づき”とは“疑問を持つ”から気づくことができるんだよね。なぜなのかには成長の可能性を秘めている。なぜなのかには生きるヒントが隠されている。なぜなのかには想像する楽しみが無限にある。どうかな、この凄さに気づけれるかい?」
と言われたから“なぜなのか”を意識して妄想を膨らませる練習だ。
これが何を考えていいのかわからない。
なぜなのかの妄想は無限にあるらしくイメージでは捉えきれない雲のごとく感じるがいざ妄想をすると多くて三個ぐらいの可能性しか思い浮かばない。普通の人はいくつ思いつくのだろう。
それとひどいのがなぜのなぜのなぜのなぜのなぜのなぜの……うわあああ! なぜの無限ループだああ! と頭がおかしくなる。闇の中を見た気分だ。なんか四角い形をしたのをポチポチっとしたら答えが出てこないかな。なぜ答えがほしいのだって? な、なぜってそりゃ答えがわかれば楽だから……じゃあなぜ楽なの? なぜ? それはなぜ? う、うわああああ……
妄想は危険ドラッグだ。分量を間違えると帰ってこれなくなる。
それが分かっただけでも今日は良しとしよう。
玄関前の清掃を一通り終わらせた後部屋に戻り、左手にお金を右手に地図を持ってはじめてのおつかいにでかけた。大切なお金だからな。落とさないようにガッチリと持っておかねば。
外に出て少し進むと人が行き交う大通りに出た。
(おおー、人だ。やっぱり普通に人が大勢いるもんだよね。国って言ってたし)
そこには一本の石畳が城の方へ伸びており、その端々に店や家が並び買い物意欲をそそる活気に溢れていた。
子供が走る。主婦が買い物に夢中。路上で道化がパフォーマンスを披露。呼び込みをするおっちゃん。綺麗なお姉さんがティータイム。武装をした人たち。こんな時間から酔っ払っている人。見るものが新鮮でキョロキョロと完全なお上りさん状態。
馬車の音が思った以上に大きく響きながら地面を揺らす。
(あ、馬がうんこしていった。あ、子供がスコップで拾っていった。へー)
よく見ると所々に子供がスコップを持って立っており脇には少し大きくて特殊な形をした桶が置かれていた。さきほどの子供はそそくさと道路脇に戻り桶にうんこを入れて蓋をした。
(あれ? あの子昨日の子だ。えーと、ち、ちー、チコだっけ)
「おーい! キミー!」と近づき普通の挨拶をする。心の中では忍者スタイル。ドーモ。センパイ=さん、トキ・ワタリです。
「あ! 昨日の兄ちゃんだ! げんきー? げんきー?」
元気よく返事が帰ってきて超うれしい。超元気でた。名前はペタだった。超物覚えが悪くてごめん。こんなんじゃボーと生きてんじゃねーよと叱られる……
「何してるの?」
「今お仕事してるの! んーとね、馬とか牛とか豚とか動物がここ通るんだけど、ま、動物だからね、うんことおしっこするでしょ。うんこはこれですくってここにポイってするんだよ。おしっこはこっちの砂をペイってするの」
そう言いながらペタは桶の蓋を開けて見せてくる。別にうんこに興味はなかったけど開けられたら怖いもの見たさに体が動いてしまった。
「へ? もそもそなんか動いてるよ」
「そうだよー洞窟スライムが入ってるんだよ。ここに入れると食べてくれるんだよ」
「ええ!? スライムって……危なくないの?」
「洞窟スライムは暗いところしかいられないし桶に工夫がされててここから出られないから安全なんだよ」
すげえ便利なスライムだな。あれ? 俺が使ってるトイレが水洗じゃないのはもしかして洞窟スライムが入っているからなのか? 俺のTOUTOU会社計画はご破綻なのでは。スライムこのやろう! どうりで臭くないと思ってたよ。ありがとよ!
長居をして仕事のじゃまをするのも悪いと思い、地図の場所を教えてもらいその場を離れる。買い物をする店舗は路地裏を抜けた先にあるらしく、人気がなくなり大通りとの差が夏と冬ぐらいの温度差を感じるぐらいの寒々とした雰囲気だ。
さっさと通り抜けようと途中まで来たところで急に横から現れた人とぶつかり俺だけ転倒した。
「おおおお痛えええあーー痛えーなーコラー!」
鶏のトサカに似たモヒカン頭の弱そうな男がその場に立ちながら俺を見下す形で痛いとぬかす。俺が倒れてるんですけど。俺だけちょっと擦り傷付いてるんですけど。俺のセリフを代わりに言ってくれてんの?
「かー! これちょっと骨があれだわ。あれしちゃってるわ。治療必要だわ。めっちゃ金かかるやつだわ。な? 金だせよおい」
うっぜえぐらいのベタなカツアゲじゃねえか。お前まじ俺班のすげー人と知り合いだからお前施設連れ込んであれすんぞ! 俺を舐めてんじゃねえぞしょんべんちびらすこと言ってやんぞおらぁ!
「いや、金とかないですし、そっちからぶつかってきたんじゃないですか。いたた」
フ~、言ってやった。
「は? 何お前俺が嘘言ってるっていうの? てかお前手に財布持ってるだろ。金あるじゃねえか、お前のほうが嘘つきだろ」
目ざといなー。光り物に敏感なカラスかよ。どうしようかなぁ考えろ考えろ。
「これ飴が入ってる袋でお金じゃなくて。いや、ほんとですよ」
「まったお前嘘ついて。騙されっかよ嘘つき。開けてみせろよそれ」
あーあーあーあーあーこんなやつに渡したくない。これはボクスさんに依頼されたお仕事なんだ。大切なお金なんだ。絶対に渡したくない! くっそくっそ!
だが俺はまだヒョロガリでいくら目の前のやつが弱そうに見えても喧嘩で勝てるかわからない。どうすれば…
ゆっくりと袋の紐をとき開けるのに時間をかける。そして
「おらああああ!」
中のコインを掴み男の顔に向かって投げつけ大通りに全力で逃げた。
「ぐわ! チってめ! あっおい……チッ」
逃げる俺と周りに飛び散るコインを交互にみて男は追うのに躊躇した。
その間に逃走に成功した俺は――スコップを手に持って全速力で戻りコインを拾っているしゃがみ姿勢の男の背に向かって振り下ろした。
そう、戻った先は大通りで仕事をしているペタの元だった。事情を説明しスコップを貸してくれたというわけだ。
ガアンと鉄が体を叩く音が響くが「ぐあ」と悲鳴を吐いたかと思ったら前回転して距離を取った。回転してるときにチャラチャラと音がしたのでどうやら拾っていたお金を落としたようだ。
「てめえ武器持って戻ってくるなんて卑怯だぞ! くそ……覚えてろ!」
スコップを見てあっさりと逃げていく状況に拍子抜けした。絶対に反撃してくると警戒して構えていたのだが。
「兄ちゃんすげえ! あいつやっつけた!!!」
追いついたペタが俺を褒めてくれる。俺はペタを見て安堵し、
「ゼハッゼハッゼハッ……俺やったよ……俺、やったよ! 俺! うぅ……うっぐぅううう」
かっこわるく涙した。なんでここまで泣けてきたのか分からない。心の底から溢れてきた感情を止めることができなかった。初戦闘の勝利は笑いたかったんだがな。
ペタは俺が泣き止むまで黙って抱擁してくれた。できた先輩だよほんと。
照れ笑いを浮かべもう大丈夫と言い立ち上がって二人でお金を拾う。数を数え一枚も無くすことなく全部あったことに安堵する。
その後は無事買い物を済ませ帰宅。
夜にボクスが戻ってきたので今日一日のことを報告し雑談に入る。
「そうかそうかそうか、大変だったね。この国はそこまで治安は悪くないはずなんだが済まないことをした。あの道を通らせてしまったのは僕の責任だ」
「いえいえいえそんなことはありません。俺がバカみたいにお金を握りしめてたのがそもそもの間違いだったんです。あれでは取ってくれと言っているようなもの。ほんと、俺バカで……」
「まあ無事でいてくれてなによりだよ。しかしお金を投げて目くらましとは考えたね。その後のスコップで攻撃につなげるその作戦は見事だよ」
「いや~、お金を欲しがってたのでいけるって、六割ぐらいは……賭けでした」
「ははははは! 頼もしいね! 男の子だね!」
ボクスは嬉しそうに笑いお酒を飲む。そういえば俺はお酒を飲めるのだろうか。19歳って設定なだけだからもしかしたら飲んでいたのかもしれない。
ほんのりとアルコールの匂いが漂い鼻を刺激する。
「僕も初戦のときは緊張したなぁ。師匠に武器を取り上げられたからゴブリンと殴り合ったよ。あちこち痛いなかで倒したゴブリンにナイフをいれて解体したなぁ」
「ほあ~なぐりあいですか~。ぼくすさんはつっおいですね~」
あー昔話だ~めっちゃ聞きたい~
「そんなでもないさ。師匠が常人には理解できないことをやらかす人だっただけなんだ。魔法を覚えるときも大変だったなぁ」
「あーーー魔法! おれも魔法おぼえたいでっす! 火をドーン! 水をざぱー! うおおお俺つえーってしたいっすぅ」
あーなんか気持ちいい~
トキは会話をしながら楽しそうにユラユラと体を揺らす。この瞬間がたまらなく好きで大切にしたいひとときになっていくだろう。そう、いつまでも、これからも……
「ふぅ……実はなトキ君。残念な事を言わなくてはならないのだけど、もしかしたら君は魔法が使えないかもしれない」
「は……? そんな……」
衝撃発言が頭を叩きさきほどまで纏っていた気持ちいいオーラが一気に冷めていった。
「火とか水とか風とか俺使えないんですか? 才能ですか? からっきしないんですか? 頭が悪いと使えないとかですか? 顔が悪いからとかですか? ミイラみたいだからですか?」
「いやいやいや、落ち着こう。君はちょっと特別みたいで普通の方法ではうまくいかないのではないかと。まあやってみないとわからないってだけなんだがこれは慎重に対応したい」
「やってみないとわからないって……そんな……そんなバ―― 「大丈夫だ! 僕たちは調査班1班だよ! 調査に関しては任せてほしい! 君が魔法を使いたいという気持ちを叶えてあげたい! そのためにはしっかり食べてしっかり働いてしっかり寝よう! いいね?」
調査班1班という頼もしい名を出されてしまってはお言葉に甘えるしかない。いいんですか甘えちゃって。このままはちみつのようにとろとろになるまで甘えてしまいそうだ。ならばよし! 蜂蜜王に俺はなる!!! ドン!!
「何から何まで助けてくれてありがとうございます! よろしくお願いします!」
こうして雑談を終え部屋に戻り、ベッドにうつ伏せになった。
(あー、特別ってなんだよー。すごい才能が眠ってるっていう伝説のあれかー。ないだろそんなのー。俺は今簡単に火の魔法をボッとだしたり水の魔法をビュッとかけたり楽しみたいんだよー。使えない俺からしたら魔法を使えるってだけでそれもう特別じゃーん。あーもー)「そんなバナナーー!」
布団が防音効果となり叫びは小さくすぐにかき消えたが、虚しいダジャレはいつまでも思い出に響き木霊した。
読んでいただきありがとうございます。
気持ちが陰ったらくだらないことを言ってみてください。
すっきりしたら悩んでることなんてそんなもんです。
私は面白かったことを相手に伝えようとしたら思い出し笑いで相手にうまく伝えれません。
話すのも、書くのも、伝えるのは難しいですねぇ。
ではまた次話よろしくお願いいたします。