悪役令嬢はため息をつく2
その2!!
2
シルビアは王城の客間でアルノイド殿下を待っていた。
ついに、婚約破棄を伝える日が来たのだ。
覚悟をしてきたものの、やはり婚約破棄を自らの口から伝えるのは相当の勇気と気力がいる。
実のところ、婚約破棄についてお話をしようと何度も試みていた。
しかし、何故か殿下とのタイミングが合わず、今の今まで長引いてしまっていた。
(いえ…それは、言い訳ね)
タイミングなど作れば山程あったはずだ。
だけど、私はしなかった。
アルノイド殿下と出会って早7年、されど7年。
殿下への恋慕は大きく膨れ上がり、最早私の心の器になど入りきらない大きさになっていた。
もう少し、後もう少しだけ
殿下との日々は楽しかった。
だから望んでしまったのだ。
(流石は悪役令嬢ね。殿下の幸せを望むなど大層な事を言っておいて、その実、自分の幸せばかり望んでいる。)
だけど、もう終わり。
今日こそはケリをつけなくては。
殿下はヒロインと結ばれて幸せになるのだ。
「何より、これ以上は私が耐えられない。」
「耐えられない?何か辛い事でもあったのかい?」
思わず溢れでた本音に、返事があり私は驚いた。振り返ると、愛おしい人の姿。
「アルノイド殿下…」
「ごめんね。執務が重なって、遅れてしまった。」
そういうと殿下は、私の向かえのソファではなく、となりにぴったりと寄り添うように腰を落ち着かせた。
私といる時の殿下の定位置である。
「それで?君を苦しめているものは何?」
「あっ、いえ、ただの独り言ですわ。
お気になさらず。」
「ふーん?」
緋眼が細く揺れた。
「あっ、あの、今日はお時間を頂きありがとうございます。」
「なんてことないよ?可愛い婚約者の頼みだものね。それに、君に会うのは先週振りだからね。あまりに会えないから、執務を抜け出して会いに行こうかと考えていたよ?」
先に私に用意された、クッキーをつまみ、殿下が嬉しそうに話した。
(相変わらず。殿下は優しい)
これだから、離れ難くなるのだ。
これだから、もっと愛してしまうのだ。
だけど…
「とても嬉しいです。
殿下…おりいってお話があります。」
「何だい?」
殿下がにこやかに私の返事をまつ。
私は声が震えないよう、注意をはらった。
「殿下との婚約を破棄させて頂きたいのです。」
瞬間、空気が張り詰めるのがわかった。
「…何故と聞いてもいいかな?」
殿下の声が低くひびく。
聴いたことのない殿下の声に思わず、体が後ずさった。
そこに、すかさず殿下が間合いをつめ、私はソファに押し倒される形となる。
(なっ、何これ!?何か私、押し倒されてない??殿下に???なんで!?)
「シルビア?どうしたの?僕は、理由をきいているんだ。もちろん、僕が理解できるような正当な理由があるんだよね??ねぇ?答えてシルビア」
「えっ、あのその!殿下の幸せのために…その」
いつもと態度が違う殿下に、全力で動揺している。
今まで、触れらる程近くにいたことはあったが、こんな風に押し倒されるなど初めての事だった。
「ふふっ…慌てている君もとってもかわいいけれど…何?僕の幸せが何故、君との婚約破棄につながるの?」
微笑んではいるが、殿下の緋色の瞳は明らかな怒りを孕んでいた。
「そっそれは…」
(しっかり、ちゃんと伝えないと)
私は何度も練習してきた言い訳を述べる。
「…お慕いしている人がいます。」
「へぇ?それはどこのどなたかな?この僕より君に釣り合う男?」
「私の一方的な想いなのです。相手のご迷惑になるので、お伝えすることはできません。」
「…君が心変わりしたということ?
でも、この婚約は王家と公爵家の正当なものだ。そのような勝手がゆるされるとでも?」
「いいえ、許されるとは思っておりません。
ですが、私は既にこの件で公爵である父に除籍を言い渡されております。
…ですから、これは私だけの罪。
どうか、最後の温情として、私のみに罰を下さいますよう、お願い申し上げます。」
(言った。言い切った。)
殿下は無表情だ。感情が読めない。
心臓のあたりが、ねじり切られるように痛い
あぁ…今日で何もかもが終わってしまうのだ。
数秒の間の後、殿下が口を開いた。
「…シルビア。一つだけ聞かせて。君は最初から私が嫌いだった?」
「…最初?ですか?」
最初とはいつのことか。もしや私と殿下が出会った時だろうか。
(…私は…私の殿下への想いはカケラも伝わっていなかった?)
私はなんて浅ましいのだろうか。
これで別れると決めたのだ。
私の想いなど殿下に伝わる必要など無いのに。
それなのに、
今までの私の行動が、私の7年の想いが殿下に全く伝わってない事がこんなにも苦しいだなんて。
だけど、返答を誤ってはいけない。
「はい。不敬ながら、最初から殿下に特別な想いはありませんでした。」
(愛しています。)
「ですが、政略結婚とはそういうものでございましょう?」
(私の全ては殿下のためにありました。)
「ですから、今日をもって正式に婚約を破棄させていただきたいです。」
(できるなら、貴方の隣で貴方の笑顔を見ていたかった)
「…ぷっくくくく」
無音の部屋に響く殿下の笑い声。
「で…殿下?」
「あーごめん、ごめん。でも、もう限界で」
「失礼ながら、今の私の発言のどこに、笑うような要素がありましたのでしょうか?」
(ひどい。人の人生をかけた発言をバカにするだなんて)
「いやーだって、君の言葉と表情が何一つ一致してないんだもの」
「…?…!!」
(やらかした。)
私は自分の顔に水滴が付いている事に今初めて気がついた。
(まさか、この後に及んで泣くなんて)
「おかしいね?シルビア?
君の可愛いお口から出るのは、まるで毒のような言葉なのに、君の表情は全力でその言葉を拒んでいるかのようだ。」
そう言って、殿下は私の瞳に口をつけた。
「なっこれは…」
「黙って」
また、あの低い声だ。
「最初はね、僕は別に君のことなんてなんとも思っていなかったよ?私はこの国の王子だからね。君の言った通り、政略結婚なんてそんな物だと僕も考えていたんだ。」
「…っ」
殿下の突然の告白に、私はさらに涙を流した。
「あぁ…泣かないで?言ったでしょう?最初って。それなのに、君はあまりにも一生懸命に僕を支えてくれて、支えようとしてくれるものだから、だんだんと君から目が離せなくなっていた。」
殿下はそう言って、私の頬を優しく撫でながら柔らかに微笑んだ。
「僕はね嬉しかったんだよ。君と結婚できる日がとても楽しみだった。でも…いつからかな?
君は僕を見ているはずなのに、僕じゃない誰かを見ているように感じたんだ。」
(殿下じゃない殿下)
私はその言葉にハッとした。
(私は…誰をみていた?)
(誰のために頑張っていた?)
「僕は不思議だったんだ。
君の行動や表情、全てが僕を好きと言っているのに、何故か僕との間に壁を作っていたよね?深入りしないように。でも、離れすぎないように。」
(目の前の殿下と、ゲームの殿下は同じ?)
「ねぇ…僕は君をあいしているよ?
君は…誰をみているの?」
「わた…私は…」
「もう、いいでしょう?
君は何を隠しているの?」
「…っ」
限界だった。
殿下への想いと自分に課した決意との間で、知らず知らずに私の心の器は壊れていたのだ。
最早叫びのような泣き声を上げ、私は全てを殿下に話した。
泣きながら、「お慕いしている」と叫ぶ私を殿下は恍惚とした表情で見つめていた。
私の人生をかけた婚約破棄は見事に失敗に終わった。
「…何故こうなったのかしら…」
婚約破棄騒動から、早3日。
ここは王宮の殿下の私室。
はい、皆さまの予想通り私はそのまま軟禁状態にある。しかも…
「何か言ったかい?シルビア?」
そういって殿下は私の髪をクルクルと弄ぶ。
…私を膝の上に乗せながら。
「いえ…あの…いつになったら、家に帰れるのかなぁーと思いまして。」
「…帰りたいの?僕をおいて?」
そういうと殿下は私を強く後ろから抱きしめた。まるで、逃がさないと言ってるかのように。
今日だけじゃない。食事や睡眠時、ましてや執務時間でも殿下は私をそばにおいた。
なんでも、自分の目に入る範囲にいないとダメらしい。
因みに、もちろん周りには使用人が配置されているが、流石は王宮の使用人。
眉一つ動かさず、受け入れている。
(あの事件の時からうすうす感づいていたけど…
殿下って束縛系??しかも、割とガチの)
前世の妹はそんな事言っていなかった気がする。
(…ここもゲームとは、違うところね。)
ゲームの内容とは異なるところを見つける度、私は安堵していた。
結果として、私は殿下の婚約者をそのまま継続している。
全てを殿下に打ち明けたその日、殿下はスパッと解決策を導きだした。
「なら、学園にいくのをやめようか。」
「へ?」
あっさりと、大胆なことを言う殿下を私はアホ面でみつめた。
「行かなければ、そのヒロイン?って女に会わないよね?僕は王宮専属の家庭教師で勉強は間に合ってるし、貴族達との付き合いも学校に行かなくてもできる。
君も、婚約者なんだからここに暮らせばいい。専属の家庭教師も僕が選ぶよ。」
「で…でも、私はもう離縁されて…」
「あぁ、その件は大丈夫。君は離縁されてないし、今日起きた事は誰も知らない。」
なんと、私の行動を以前から探っていた殿下が
お父様に私が何を言っても即判断せず、殿下を通すように指示していたらしい。
殿下は殿下で私が何度も思いつめた様子で話がしたいと言っていたが嫌な予感がしてのらり、くらりと私を避けていたようだ。
そして、いよいよ私が離縁という不可解な行動をしたため、お父様から殿下に連絡。今に至る。
どうりで、殿下が捕まらず、父様は私の言葉にあっさりとしていたはずだ。
「…殿下は私が気持ち悪くはないですか?」
「どうして?」
「その…前世とかゲームとか意味のわからないことばかり言ってますし…。」
「僕はどんな君でも愛しているよ?
むしろ、君が僕のために頑張ってくれていた事が更に知れて嬉しい。」
そう言って、殿下は私の腰を手で引き寄せた。
お互いの顔が近づき、くっついてしまいそうだ。
「シルビア…もう一度きかせて?
君は僕を愛してる?」
殿下の緋色の瞳が甘く揺らいだ。
「…はい。心から愛しております。」
そういうと、私と殿下の影が一つになり、その日、甘い口づけをお互いに何度も求めあった。
「シルビア?顔が赤いけど、どうしたの?」
私の髪を弄びながら、後ろにいる殿下は私の耳に直接発した。
「ひゃ!い、いえ、ただあの日の事を思い出していて」
「あの日って…あぁ、もしかして、キスして欲しくて誘ってるの?」
「なっ!違います!というか、殿下、耳のそばで話さないで下さいませ!!」
「どおして?もしかして、感じちゃった?」
「なっ!!!」
クスクス笑いながら、殿下は私の首筋に顔をうめた。
「あっ…殿下…」
私の体がピクンと波打つ。
「シルビア、可愛い。
今宵は、いつもよりももう少し進んでみようか」
「!!!」
恥ずかしい。けれど、それ以上に嬉しい。
「…お手柔らかに、お願いします。」
どうやら、今晩もあまり眠れそうにない。
めでたし、めでたし?