柔らかい足【ギャド】☆サウジスカル帝国
セラの出産。
情緒不安定になったのは・・・。
R15は念の為です。
"お願い・・・お願いよ・・・扉を開けて"
あの人から解放されて長い時間が経った今でも、俺はまだあの時の夢を見る。
"愛しているのよギャド。愛してる。貴方だけを愛してる"
なんだそれ。
アンタの言う愛ってなんだ?
自分の息子にあんな事した癖に、どうしてそれを愛だなんて言えるんだ。
息が、苦しい・・・俺は今どこに居るんだ?
真っ暗でここが何処なのか分からない。
俺は確か昨日の夜、彼女と穏やかな眠りについた筈だ。
いや、違う。
夜中に彼女は俺の側からいなくなった。
それは、何故だったか。
俺には彼女が必要なのに・・・。
「・・・さん。ギャドさん?」
誰だ?
聞き覚えのある声だ。
でも、彼女じゃない。
彼女の声はもっと、穏やかな優しい声だ。
程よく高いその声は声を張り上げても全く耳障りじゃない。
何故か彼女の気配が感じられないのが不安でしょうがない。
セラを思い出してセラと過ごすうちに俺は弱くなってしまったんだろうか。
「おい、ギャド。こんな所で居眠りして大丈夫なのか? それともお兄様に起こして欲しいのか?」
「アレ? エルハド様帰って来てたんですか? お父さんはどこです?」
「アイツはササラとラットの所に直行だ。私がこちらに行くと言ったらむくれて私に暴言を吐いた挙句、恐ろしい捨て台詞を吐き捨てて走って言ったぞ?」
・・・なんだ? なんの話だ?
そもそもさっきから聞こえているこの会話・・・あれ?
「それはお父さんがご迷惑をおかけしまして・・・でも大丈夫ですよ? 私はそれがお二人の一種のプレイだって分かってますから! エルハド様サラリとノロケるの、やめて下さい」
「流石血の繋がった親子だな? 私はこの憤りを、どこにぶつけたらいいのだろうな? 話が通じなくて頭が痛い。考え過ぎか? 笑って聞き流せばよかったか?」
「またまた〜! エルハド様もいじけてギャドさんを揶揄うの程々にしてあげて下さいね? 本気で嫌われちゃいますよ?」
「そうだな。だが、取り敢えず私はこの納得いかないモヤモヤをギャドを構う事で精算させたい。ギャド!弟よ!」
おう。そうだな?
お陰様で覚醒しきれなかった脳細胞が一気に活性化して目が覚めた。アンタ本当にそのネタ飽きねぇな?
そして理不尽な八つ当たり止めろ。
「くだらねぇ事で絡んでくんじゃねぇぞ! なんなんだ。取り敢えずってなんなんだ!」
「なんだ。起きてたのではないか。それで? 子供は産まれたのか?」
そうだ、そうだった・・・。
昨日の夜中セラが産気づいて、俺はずっと付き添っていて。
「・・・無事、産まれました! 可愛い女の子!」
「・・・そうか。それで、ギャドは力尽きてここで寝てたと言うわけか?」
「・・・やべぇ。セラの側にいねぇと・・・」
「今はアイラさん達と話をしているので、もう少し休んだらどうです? エルハド様ギャドさんをお願いします!」
は? なんだそりゃ? おい、ちょっと待て!
俺をこの人と二人きりにするな!
「・・・では、少し外の空気でも吸うか。ついて来い」
「はぁ」
俺は、エルハド様がずっと怖かった。
いや、違う。真実を知られるのが怖かった。
この人が俺を拒絶する日が来るのだと考える事が恐ろしかったのかもな。
それぐらいには、俺はこの人を尊敬していた。
自分の国の皇帝が、この人だという事実が誇らしかった。
「こちらも涼しくなったのだな? 他国に行くとサウジスカルとの違いに改めて驚かされる」
「アンタら好き勝手に遊びまわってるからなぁ? で? 収穫は?」
なんだよ? 真面目な顔して珍しい。
アンタがそんな顔したの久しぶりに見たな?
いつぶりだろうな?
「怖いか? ギャド」
本当に嫌になる。
アンタなんでもお見通しなんだな?
それとも俺はそんなに分かりやすいんだろうか?
「・・・覚悟はしてたけどよ。俺の娘・・・真っ赤な瞳に赤い髪だった。あの人と、俺と同じ色だ・・・」
「・・・大樹の呪いはもう存在しない。私達が、血に狂わされる事は二度とない」
だろうな。だけど、そうじゃない。
俺は、正しく自分の子供を愛する事が出来るんだろうか?
俺は、母親に歪んだ愛し方しか教わっていない。
間違っていると理解しているその奥で、俺の中にあるもう一人が囁いている。
"お前も同じではないのか?"と。
「セラが、自分だけのものでなくなるのが怖いか?」
「・・・子供相手にそんな事思わねぇよ」
「そうか? 私は思ったぞ? そして、その事に気がつくのに、こんなにも時間がかかった」
エルハド様も皇族の人間だからな。
でも、この人が誰かと間違いを犯したなんて聞いた事ねぇし、想像出来ねぇ。
血縁者に強く惹かれる。
その呪いにこの人も苦しめられたんだろうか?
「お前は何故私がお前を構う事をデズロが嫌がるのか考えた事があるか? 私も、最初は何故なのか理解出来なかったが、最近本人の口から聞いて納得した」
「・・・いや、デズロ様は自分がほっとかれるのが気に入らないだけじゃねぇの?」
なんだろうな・・・スゲェ嫌な予感がする。
「私が真に執着していたのは、実の父親だったらしいぞ? 良かったな間違いが起きなくて」
エルハド様。飄々と話してるけど、それ絶対俺以外に漏らすんじゃねぇぞ? あと、そろそろアンタとデズロ様の関係がどうなってんのか教えてくれ。
俺にもある程度心の準備が必要そうだ。
「ギャド。起きてもいない事を恐れていてもどうにもならない。それに、お前の恐れている様な事は起こらない。何故なら私達が全力で阻止するからな」
「それは、心強いぜ。だが、手加減してくれよ。アンタもティファも俺より強ぇからな! 冗談じゃなく」
そうだな。
ここには俺が間違ったら止めてくれる仲間や家族がいる。
俺が正しく愛せなくても、セラはきっとちゃんと愛してくれる。俺と、俺達の子供を・・・。
「俺、そろそろ戻るわ。エルハド様も少し休んだ方がいいぜ? どうせ我慢出来ずにデズロ様が突入してくんだろ?」
「だろうな? では、私はここでもう少し休むとしよう。また後で顔を出す」
あの赤を目にした時、俺は怖くて産まれたあの子の顔をちゃんと見る事が出来なかった。
朦朧とするセラに労いの言葉を掛けながら赤子の小さな足に軽く触れるのが精一杯だった。
きっとセラはそんな俺に気付いた筈だ。
だけど、一言も責めたりしなかった。
そんな自分が情けない。
「セラ、すまねぇ。少し寝ちまってたみたいだ」
「ギャド様、もう少し休んで下さいませ。昨日からまともにお休みになっていないでしょう? 私は大丈夫ですので」
そうだよな?
セラは強い。俺よりも数倍強い。
「・・・セラも疲れただろ? もう休め」
「はい。・・・ギャド様、あの子の足は柔らかかったでしょう?」
「おう? そうだな、とても柔らかくて、小さかった」
やっぱりちゃんと見てたんだな。
俺が、あの子の顔を見れなかった所も・・・。
「それを、忘れないで下さい。もし、この先不安に飲み込まれそうになったら、その事を思い出して下さい」
「・・・セラ?」
「いつか、この日を思い出す事があるでしょう。その時、貴方はその事だけを思い出せばいいのです。こんなに小さく柔らかいものがあったのだと」
「・・・セラ」
俺は本当に、情けない夫だな。
初めてのお産で命を懸けて子供を産んでくれた妻に、こんな心配をされるなんてよ。
「ああ。でも、どうせならあの子の全てを思い出したい。少し、離れてもいいか?」
「はい。きっとあの子の顔を見ればギャド様の心配は綺麗に晴れると思います。あの子を抱っこしてあげて下さい」
そうして、やっと覗き込んだ俺とセラの子供は、赤毛で真っ赤な瞳の・・・。
「なんだお前・・・セラそっくりだな。これは、嫁に出せねぇ」
何を恐れてたんだろうな? 俺はきっと大丈夫だ。
産まれて来てくれてありがとな?
そしてようこそ、この騒がしく愛すべき世界へ。
「お前を守る。約束する」
ありがとうセラ。皆。
俺は決して間違えたりしない。必ずこの子を守るぞ。
いつか、この柔らかい足の感触を懐かしいと感じる、その時まで。