テット☆カスバール帝国
テットが騎士になった経緯のお話。
テットはカスバールの比較的恵まれた場所に生まれた。
彼の村は昔、国の軍人を務めていた兵士達の集まりで、彼等は絆がとても深く、そして屈強な者の集まりだった。
彼等は自分達の家族を守る為、強い誓いを立てていた。
決してお互いを裏切らないと。
それは現在でも続いていて、その絆があってこそ彼等は生き長らえて来れたのだと言える。
そんな村をテットは15歳の時に飛び出した。
理由は色々あったが、きっと彼はあの村でただ終わりを待つのが嫌になったのだ。
彼はそのままカスバールの首都セスターゼスに辿り着くと宮廷の兵士に志願した。
だが、彼は直ぐに後悔した。
宮廷の中も外と然程変わらなかったからだ。
ケダモノ達が権力や地位をかさに、弱い者を虐げ奪い、殺すという負の風潮が定着していた。
カスバールは長い期間、悪政に苦しめられ大地の実りもなく人々は希望を失っていた。
やっとそれが新しい皇帝が立ったことで終わりを告げると皆期待していたが、その後も何も改善される事なく人々は自分達の力だけで生き長らえて行かなければならなかった。
地位や力を持つ殆どの人間は自らの保身に走り、民を助けようとはしなかった。ごく、一部を除いては。
「お前。剣の筋がいいな? ティファ程ではないが、お前なら次の騎士の登用試験で受かるかもしれないな」
テットが宮廷に来て何年か経ち、そろそろここを去ろうと決めたその日、テットは彼に声をかけられた。
本来ならばテットのような一介の兵士が話しかけられるような相手ではなかったが、テットはその時、ここを去ると決めていた為、平伏はせずに彼を真っ直ぐに見つめると、彼に言葉を返した。
「それが何の意味があるっすかね? 守るものがない剣に意味なんてないっすよ。ここに、守る価値があるものなんてないっすね」
テットは、直ぐに逃げ出すつもりだった。
テットが暴言を吐いた相手は、この国の皇帝の第二皇子であり、この国の皇族だったのだ。
そんな相手に暴言を吐けば捕らえられ即刻首を斬られてもおかしくない。
しかし、テットは我慢できなかった。
自分の愛する人達の国を救おうとしない彼等を、恨みがましく思っていた。
テットがそこに留まったのは、走り出そうと向きを変えたその時、テットの耳に意外な言葉が飛び込んで来たからだった。
「お前の剣には価値がある。お前は、守りたいと思えば何でも守れるだろう。本当に価値がないのは、私達だ」
彼の横顔は、悲しそうに眼前に広がるカスバールを映していた。泣き出しそうな悔しそうな表情だ。
その横顔はテットがそこから去るのを躊躇させた。
「いっそ・・・私達の一族を皆殺しにすれば、少しはこの国が良くなるのだろうか。このままでは、この国の人間が死に絶えてしまう。・・・私は、どうすれば良いのだろう」
その数日前、カスバール国で最強の騎士と呼ばれていた女性騎士が隣の国に捕らえられたとテットは聞いていた。
実は彼女はここに嫌気がさして逃げ出したのだと囁かれている。彼女はこの国の皇太子殿下に目をつけられ嫌がらせを受けていたと噂されていたからだ。
恐らく、それは事実なのだろう。
今目の前にいる、自分よりも若いこの男は、その唯一の希望に見限られ、希望を失いかけているのだとテットは気付いた。
そして彼はきっと、この宮廷の中で誰よりもこの国の事を思い、憂い、何とかしようと足掻いている。
何故なら彼の横顔は、テットが今まで育って来た村の男達と同じ顔だったのだ。テットはそれを見て、不覚にも笑ってしまった。
(やっと見つけた)
「この国を救いたいっすね?」
「ああ」
「希望は、持たない方がいいっすよ?」
「希望は失ったばかりだな」
テットはニヤリと笑うと小声で彼に囁いた。
「俺と騙し合いしません?」
「は?」
「殺すのは無理でも、貴方をこの国の皇帝にする事は出来るかも知れないっすよ? 貴方が何もしなくても恐らく自滅します」
テットは幅広い情報網を持っていた。
殆どが、この宮廷内に仕える侍女や女官達。
襲われて、テットが助け保護した者達だ。
彼女達は、テットにあらゆる情報を流してくれる。
彼はその話を聞き、今日ここを去ろうとしていたのだ。
「ナシェス様は必ず動きます。ここから逃げ出した女性騎士を取り返す為に。そして、失敗します。必ず」
テットの言葉に彼は目を見開いた。
彼の名はリディ・ディムレム。
後にテットが命を賭け守る事になる主人である。
「貴方が本気なら、俺はこの国が救われるまで、ずっと貴方の側にお仕えします。本気で、この国を変える気があるのなら」
テットは彼の目を見て自分が間違っていなかったと確信出来た。そして、自分はこの人の味方になると決めた。
それこそが、この国を再生させる近道だと、彼の本能は告げていた。彼の中に流れる、彼等の血が。
「私はリディ・ディムレム。この国を守る為に皇族として生まれた。その事を忘れ去り愚鈍な行いを繰り返す者共を一掃する。私はお前の話に乗ろう。お前も巻き込むぞ」
「いいっすね〜? 俄然ヤル気漲ってキタァ!」
その数日後。
テットは無事騎士試験を合格し、騎士として重用された。
そして間も無く彼は、帝位を継いだリディ・ディムレムの側近として立つ事になった。
しかし直ぐ後、別の主人に仕える事になったのだが。
またそれは、別のお話である。