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騎士宿舎厨房にてティファの朝☆サウジスカル

天の声がお届けします。

その日、彼女は夫であり、この国の騎士団長ハイトの朝ご飯を作り終えると、屋敷を出た。


彼女の名はティファ・ゼクトリアム。

サウジスカル帝国の国民で首都サンチコアの騎士宿舎で料理人として働く女性である。


彼女の朝はとても早い。


夜が明ける前に起床し、家族の朝ご飯を作り夫が起きる前に屋敷を出た後、勤め先の宿舎へ向かう。


朝食の用意はもう一人の使用人ベロニカと交代制で、今日はティファの当番の日であった。


彼女は軽い準備運動を行い、大きく息を吸い込むと、にっこり笑って空を見上げた。


「さて? 今日は新記録更新出来ますかね?」


なんの? と、思われた方はもう少しすればその答えが導き出されるので暫しお待ち頂きたい。


ティファは手元の懐中時計をポケットにしまうと馬にも乗らず自分の足で街に向かって走り出した。


その速度は最早人が走っているとは思えない速さだ。

下手をすると馬より速いのでは? と、前に誰かが冗談で言った言葉に彼女は笑いながらこう返した。


「まさか! 流石に私でもそれはないですよ? でも、遠距離なら分かりませんね?」


短距離が駄目で長距離ならいいという彼女の答えに一同首を傾げたが、その答えを導き出してしまった一人が息を飲みながら呟いたのを一同は呆然と聞いた。


「え? 馬よりスタミナがあるって事? 馬が先にへばるって事? ある種、短距離で勝てると言われた方が納得出来るんだけどな?」


その問いに答えない彼女に、その後誰も突っ込みを入れなかったのは正解だったのだろう。

そして、何気に彼女が馬に対抗意識を燃やしている事も知らなくていい事実である。


彼女は若干・・・いや、かなり変わり者である。


後にその会話の内容を聞いた夫のハイトは何かを悟った顔で、窓から外を眺めこう呟いた。


「成る程ね・・・僕に、人をやめろ、と? 」


その言葉に誰も、何もかける言葉がなかった事は言うまでもない。


しかし皆、何も言わなかったが内心ではほくそ笑んでいたのも事実である。


どうにか、この鬼悪魔騎士団長ことハイトの力をティファに削いで欲しいという願望。それである。


しかし、ティファの夫ハイト・ゼクトリアムは元精霊の分身であり、やり手の騎士である。


「まぁ、僕もそろそろ本気を出さないといけないかとは思ってたんだ。丁度良い機会かもね? ティファ元気過ぎて直ぐに飛び出して行っちゃうから・・・大丈夫。僕はそれしきのことで弱ったりしないよ? 皆心配しなくていい」


その瞬間、落胆と絶望が一瞬でその場を支配したのは間違いない。ハイトには全てお見通しである。


彼は、本物の悪魔であった。


何故なら余計な事を言った者達の、その日の業務は繁忙期を超える忙しさだったそうだ。ご愁傷様である。


そんな夫のエピソードなど全く知らない彼女は、いつも通り自らの足で宿舎に辿り着くと、懐中時計を確認した後、あの距離を爆走したとは思えない涼やかな顔で宿舎の扉を開けた。


まだ朝も早い為、殆どの騎士たちは寝ていたが、一人だけ起きている人物を見つけティファは声をかけた。


「マッジンさん、おはようございます。今日もお早いですね?」


「ティファこそ。なんでいつもこんな早いの? もういっそハイトも毎朝こっち来ればいいのに」


マッジンの言葉にティファは笑って返すとそのまま厨房に向かって行く。

彼の言葉は最もだが、それではハイトが宮廷内で暮らしている意味がない。


ハイトはとても忙しく、睡眠時間もあまりとれないのだ。

サウジスカルの人使いの荒さは、最早隣の国にまで広がる勢いである。よっぽどなのだろう。


ティファはここに来たばかりの頃、この宿舎に捕虜として預けられていた。


捕虜としてはかなり好待遇の扱いだったが、その当時は色々と事情が重なりそれが一番妥当な対応、という事になった。


それから、彼女はここで料理をずっと作り続けている。


それは、宮廷内にある屋敷で暮らす夫のハイトと暮らし始めても変わらない。


最初は昼だけでも良いと言っていたのだが、そうなると、もう一人の厨房の料理人が大変だと言う事で交代制になった。それに、実は彼女は季節限定で定期的に自分の料理店を開いている。その時期はベロニカに宿舎を任せきりになってしまうのだ。そんな事情もあり、ティファはなるべく宿舎の料理を作りに、こうやってやって来るのだ。


「さて、準備しますか!」


現在宿舎の人数は少し増えて25人程度、本当はもっと多く志願者がいたが途中で挫折したらしい。


サウジスカルサンチコアの騎士は少数精鋭部隊である。


本来、他の国の騎士は国の王、皇帝陛下直属の部隊の事を言う。しかし、サンチコアの騎士は少し違う。


誰を騎士にするかは騎士団長と副騎士団長が決め、彼等が存在するのは陛下を守る為ではなく、国もしくは民を守る為。陛下の裁可に疑問がある場合、彼等は従わない事もありうる。


それは騎士団を創設した最初の人物と、それに携わった前皇帝陛下エルハド・レインハートの取り決めによって定着したものである。


その為なのか、この国の皇族に対する態度は皆気安い。


「おはよ〜ティファ。相変わらず早いなぁ。ハイトまだ寝てただろ? アイツ寝起き悪いもんな?」


まだ早い厨房に現れたのは、マッジンと同期のメルローという騎士だった。


ティファはこの騎士が若干苦手である。

何故なら、事あるごとにティファを揶揄ってくるからだ。


「駄目じゃんティファ。愛しい旦那様が目覚める横で可愛く寝ててあげないと。毎朝絶望で目を冷ますハイトの様子がありありと目に浮かぶぜ」


「あ。メルローさん! メリローさんは健康に気を使ってましたよね? 長生きしたいとか? そんなメルローさんにはこの前メリルから貰った延命茶あげます」


「なんだろうな? サラリと会話を違う内容にシフトした上でそんな怪しげなお茶の名前を挙げられたら俺、命の危機を考えざる得ないよな? あれ? 俺命、狙われてる?」


「ちょっとメルロー? 毎回懲りずにティファにそうやって絡むのやめたら? 他に絡む相手がいないからってさ?」


この、メルローとマッジン、そしてもう一人のキルトという騎士達は、この宿舎では三馬鹿トリオと呼ばれる程仲が良く、いつも一緒にいた。


しかし、最近キルトがシェルミンテの面倒を見る為宿舎を出てからはメルローの世話はマッジン一人で行っている。


ティファは呆れた様子でメルローに注意した。


「メルローさん? あまり調子に乗ってると本気で背後から刺されて首を折られちゃいますよ? 気をつけて下さいね?」


「ほら!! ティファの殺害予告が遂に出たよ! しかもかなり具体的だ! メルロー! 改心するなら今だ!」


「はっはっは! マッジン? そんな事ティファがするわけ無いだろ? 例え話だよ例え話。・・・ソウデスヨネ?」


訂正しよう。それは注意ではなく警告だったらしい。

ティファは彼の言葉には答えず料理を作りながら今日一日の段取りをウキウキしながら考えた。


メルローの様子などお構い無しだ。

しかし、このやり取りもいつもの事である。


(今日が終われば、明日はハイトさんお休みです! 明日はゆっくり起きましょう。ハイトさん驚くでしょうか?)


さり気なくメルローの言葉を鵜呑みにしている事はしっかり隠して、今日も彼女の忙しい一日が始まるのだった。

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