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前編・永遠の一瞬

本作は、「セカンド・ラブ 〜春風が運んできた恋心」(https://ncode.syosetu.com/n6868ff/)のプロローグ作品です。

本編と併せてご覧下さい。

 それはまるでスローモーション。

 私の前を静かに通り過ぎてゆく。


 見上げる位の長身。

 でも、線の細い人。

 私の目を奪う涼やかな瞳。

 陽に透ける柔らかな茶色い髪。

 彫像のように整った甘いフェイス。

 それはとても理知的で、落ち着いた年上の(ひと)


 通り過ぎていく。

 それは一瞬の時。


 でも、私には永遠の一秒だった。



 ◇◆◇



(あん)! 杏」

 背後から声をかけられた。

「……え? 何。恭平(きょうへい)

 幼馴染の上田(うえだ)恭平(きょうへい)が、そこに立っていた。

「何、呆けてんだよ」

「え、うん。ううん、何でも……」

 とくん……と脈打つ音を意識しながら、私はその想いを隠している。


 そう言えば。

 さっきの人、恭平と同じくらいの身長・体格。

 なのに。

 何故、あんなに私の目を引いたんだろう……。


 二人、並んで歩き始めた。


「今日の入学式、凄かったよな」

「うん。ブラバンの演奏上手(ウマ)かったね」

「毎年、全国に出場してるからな。それに、先輩有志の校歌斉唱。迫力あったよな」

「うん。さすが創立百十周年の西菱(せいりょう)高校! あの歌詞の節回し、現代歌とは違うわね。良かったあ」


 私は、頬を紅潮させながら話す。


「頑張って勉強して、西菱に来てほんと良かった」

「だろー。お前の勉強見たの俺だかんな。感謝しろよ」

「何、えばってんの! 恭平」

 そうやって、私達はお互いの顔を見て笑った。


 この時まで、私達は何の悩みも胸に抱える痛みもなく、ただ楽しいだけの時を享受していた。



 ◇◆◇



「杏!」

 放課後、靴箱に向かっている私を呼ぶ声がした。


「何ぼーっと物思いに耽ってんの」

 と、声をかけてきたのは、小学校から親友の八木(やぎ)(とう)()だった。


「ああ。桐子」

「なーに。元気ないわね、杏らしくもない」

「ちょっと……人を。探していて……」

「誰を?」

「う、ん。入学式の時、見かけた多分……先輩」

「何なに?! オトコ?」

「もー、桐子ってば」


 あからさまな桐子の好奇心に私は眉をひそめる。

 しかし私は、桐子に入学式のことを包み隠さず打ち明けた。


「うーん。そういうこと」

 桐子は、大仰に腕組みをした。

「校内の先輩だから、北校舎に行けば会えるかも。だけど、西菱(せいりょう)は生徒数多いからね。一学年五百人。全校生徒合わせて千五百人の中から探し出すのは、ちょっと……」

「でしょう?」

 私は溜息をついた。


「で、どんな感じだったの?」

「どんな、て」

「顔よ、顔! イケメン?!」

「もー、桐子には関係ないでしょ!」

「関係あるわよ。他ならない杏のことだもん。……でも。杏ってば」


 その時、桐子は不意にマジな顔をした。


上田(うえだ)君はどうするのよ?」

「恭平? 恭平がどうかしたの?」


 きょとんとした私に桐子は、はーっと大きな溜息をついた。


「上田君、可哀想……」

「恭平が? 何で」

「そういう無自覚なとこ、杏の罪よ」

「イタイ!」


 桐子は私にデコピンをした。


 その後で、ふふっと笑い、

「ま、杏はその天然なとこが可愛いんだけどね」

 とウインクしてみせた。

「なによー、無自覚とか天然とか」

「だーかーら。そういう……あ! 上田君!」


 靴箱の前で恭平がスクバ片手に私を待っていた。


「上田君、杏をしっかり掴まえとかないと。杏、どこともわからないイケメン先輩にもってかれちゃうわよ」

「桐子!」

「何のことだよ、八木」

 恭平は不機嫌そうな声を出した。

「おお、怖い。じゃ、お二人さん。又ね!」


 そう言って、桐子は先に南校舎を出て行った。


「帰ろっか」

 私はのんびりとした声で言った。

「ああ」


 そうやって中学の時と同じように、私は恭平と登下校を共にする。


「お前。まだあの先輩(オトコ)、探してんのか」

「うん……」


 私は、恭平に全てを打ち明けていた。

 あれから、私はわけのわからない焦燥感を感じていて、その想いを一人抱えるのは私には胸が苦し過ぎた。

 そんな思いつめた顔の私を見つめ、恭平は一瞬、逡巡したが、ゆっくりと口を開いた。


「わかったぞ。そいつのこと」

「え?!」


 だからその時、どれほど胸が轟いたか。

 きっと恭平にはわからない。そう思った。


朝賀(あさか)(ゆう)(しょう)。三年八組。松橋(まつばせ)流茶道宗家の出身で、西菱茶道部の部長。西菱茶道部は松橋流だそうだ」

「どうして、わかったの」

「俺の幅広い人脈。……それに、朝賀先輩て西菱では有名人みたいだぞ」

「何で」

「そりゃあ。茶道宗家の坊ちゃんだし……イケメンだし」


 俺の方がイケてるけどな、と恭平はうそぶく。

 その言葉も、もはや私の耳には届いていなかったかも知れない。


 逢える。

 逢える。

 先輩に逢える……!

 茶道部に入れば、きっと先輩に……。


 そんな私をどういう思いで恭平が見ているのか、この時も私にはまるでわかっていなかった。



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