八
「久し振りだね。藤本君」
「ああ…うん…」
よく見ると薄化粧をしているのに気付いて、時の流れを感じた。
急に心臓の音が耳に聞こえる程大きくなった。
「土屋君も」
久保田は僕から、目線を土屋に移した。その上目遣いになった美しい顔が、
僕の目には妙に艶かしく映った。
「久保田はさ、就職決まった?」
土屋は無愛想な調子で、尋ねた。
自分がまだ内定無しだから、極力避けていた話題だった。
また久保田の就職先が、良いところだったら、益々手の届かないものになるという予覚もあったのだ。
やにわに久保田の表情が変わっていった。
「土屋君は?」
「院にいくつもりだけど」
「そうなんだ。土屋君、頭よかったもんね」
「久保田はどうするんだ?」
土屋は、勘づいているのか知らないが、僕には先の事を聞かなかったのは、ともかく有り難かった。
「んーん。そうじゃなくって…」
久保田は言いよどんでいたが、終いには、信じられない様な事実を告白した。
良い企業に就職が決まっていたという方が、どんなに幸せだったろうか。
「私ね、結婚してるのよ」
今の今まで、仄かな、淡い期待を抱いていたのが、その一言でがらがらと打ち崩された。
それからは、言葉が水の様に流れて、内容がなかなか頭に入って来なかった。
高校を卒業して直ぐに、親の決めた相手の所へ嫁いだのだという。
高校の頃には、既に全てが決まっていて、自由な僕らが羨ましかったという様な事を言っていた。
元々、些細なきっかけから、好意を持ったに過ぎないが、
僕は自棄になってしまって、随分酒を飲んだらしかった。
会が始まった後の事は、塵とも記憶に無い。
気が付いた時は、凩の吹き荒ぶ夜道を一人で自転車を引きながら歩いていた。
やっぱりいつもの様にイヤホンからは大音量の音楽が流れていた。
久保田は、永遠に手の届かない、高嶺の花だと思い知らされた様だった。
それに、久保田にしろ、土屋にしろ、ちゃんとこれからの道が見えている。
僕だけが、未だにふらふらと彷徨っているんだと思うと、恐怖と情けなさで涙が溢れてきた。
額に地獄の焼き印を押された様な感覚だった。
僕は、酷い咎人なのではないかと思えてならなかったのだ。
誰からも拒絶されている、被害妄想かも知れないが、或いは…。
夜風は刻々と強くなり、遂に吹雪になった。
それは、僕の弱々しい身体に、耐えられない程の痛みを与えたのでした。




