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烙印  作者: いろは
8/8

「久し振りだね。藤本君」

「ああ…うん…」

よく見ると薄化粧をしているのに気付いて、時の流れを感じた。

急に心臓の音が耳に聞こえる程大きくなった。

「土屋君も」

久保田は僕から、目線を土屋に移した。その上目遣いになった美しい顔が、

僕の目には妙に艶かしく映った。

「久保田はさ、就職決まった?」

土屋は無愛想な調子で、尋ねた。

自分がまだ内定無しだから、極力避けていた話題だった。

また久保田の就職先が、良いところだったら、益々手の届かないものになるという予覚もあったのだ。


やにわに久保田の表情が変わっていった。

「土屋君は?」

「院にいくつもりだけど」

「そうなんだ。土屋君、頭よかったもんね」

「久保田はどうするんだ?」

土屋は、勘づいているのか知らないが、僕には先の事を聞かなかったのは、ともかく有り難かった。


「んーん。そうじゃなくって…」

久保田は言いよどんでいたが、終いには、信じられない様な事実を告白した。

良い企業に就職が決まっていたという方が、どんなに幸せだったろうか。

「私ね、結婚してるのよ」

今の今まで、仄かな、淡い期待を抱いていたのが、その一言でがらがらと打ち崩された。

それからは、言葉が水の様に流れて、内容がなかなか頭に入って来なかった。


高校を卒業して直ぐに、親の決めた相手の所へ嫁いだのだという。

高校の頃には、既に全てが決まっていて、自由な僕らが羨ましかったという様な事を言っていた。


元々、些細なきっかけから、好意を持ったに過ぎないが、

僕は自棄になってしまって、随分酒を飲んだらしかった。

会が始まった後の事は、塵とも記憶に無い。

気が付いた時は、凩の吹き荒ぶ夜道を一人で自転車を引きながら歩いていた。

やっぱりいつもの様にイヤホンからは大音量の音楽が流れていた。

久保田は、永遠に手の届かない、高嶺の花だと思い知らされた様だった。

それに、久保田にしろ、土屋にしろ、ちゃんとこれからの道が見えている。

僕だけが、未だにふらふらと彷徨っているんだと思うと、恐怖と情けなさで涙が溢れてきた。


額に地獄の焼き印を押された様な感覚だった。

僕は、酷い咎人なのではないかと思えてならなかったのだ。

誰からも拒絶されている、被害妄想かも知れないが、或いは…。


夜風は刻々と強くなり、遂に吹雪になった。

それは、僕の弱々しい身体に、耐えられない程の痛みを与えたのでした。



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