ニ
「千里、数Aの試験どうだった?」
初夏の優しい光の中で大人びた低い声が、やにわに僕の耳を脅かした。
土屋文規。高校入学以来の友人で、クラスも三年間ずっと一緒だった。
尤も、僕らのクラス…文系ニ類は、スライド式で、文理の変更の無い限り離れる事は無いのだが。
土屋は、どこか取っつきにくい雰囲気があったが、僕には何故かクラスの誰よりも話しやすかった。
また、非常な俊秀で後に京大法学部に首席で合格した程だった。
それでいて、自分の能力を鼻にかけるでもなく、無暗に謙遜する訳でもなく、
自然体…嫌味の無い、スカッとした気持ちの好い奴だった。
「78だったよ。土屋は?」言いながら土屋に視線を寄越した。
土屋の顔には幽かに笑みが認められた。
「99」おいおい、殆んど満点じゃん…と、思わず心の中でつっこむ。
「不本意だけどな」ちょっと、腑に落ちない様な表情を作って見せてから、答案用紙を僕に向けた。
丸だらけの答案用紙。小学校の頃の試験みたいだな。そんな事を考えながら間違いを探す。
『問い8(3)15』と走り書きされた上を朱色でバツされている。
確かここは15で正解じゃなかったかな。考えながら、模範回答に目をやる。
やっぱり、15と明記されている。
「何これ?ミスじゃないの?言ってきたら?」
「いや、7に見えたそうだ」
「はぁ?」言われてみれば、7に見えなくもなかった。
「結局、俺の詰めが甘かったって訳だ。こういうのが一番駄目……命取りになりかねない…」
土屋は半ば独り言の様に呟いた。
「大袈裟だなぁ」僕は少し笑ってそう言った。
「そうでもないさ。いつまでもこんなミスしてる場合じゃないからな」
極論、生きるか死ぬか、そこまで考えているんじゃないかと思えるくらい真面目な顔でそう言った。
その時、僕は不図視線を感じて、後ろを振り返って見た。
然し、感じた筈の視線は、ふっつり切れてしまった。その後、視線を感じる事も無い儘にチャイムが鳴った。




