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烙印  作者: いろは
1/8

ぼんやり、自転車を押して歩くのが心地良かった。

あれは、僕がまだ塾でアルバイトをしていた頃の事だから、初夏の事だった筈だ。


塾が終わるのは、6時30分前後で、帰り道、自転車を押して歩くのが常だった。

その頃は、もう風の中にも空の色にも夏が忍び込んでいて、世界が若々しく感じられた。

そんな季節の夜、耳に音楽を流し込むのがその頃の一番の愉悦であった。

『今宵の月のように』とか『風に吹かれて』とか『漣』、『名もなき詩』…等々。

屹度、現実逃避に近かったんだろうと思うが、そういう時、少しは人生の渋みというか、

命の輝き……人間的充実の様なものを確かに感じていた。


その当時、レポート、就活、アルバイト、卒論…色んな事に追われていた。

何をするにも、億劫で、レポートを言い訳に就活を怠り、アルバイトを言い訳に卒論を怠り、

就活を言い訳にレポートを怠り…そんな調子だから、実際的に就職をしなければならない時に至って、

すっかり弱ってしまって、冷汗三斗、阿鼻叫喚、青息吐息の体たらく。


履歴書の書き方だの、SPIだのクレペリン、エントリーシートの書き方すら禄に調べていないものだから、

書類段階、或いは筆記試験で落とされる。

今になって漸く事の重大さに気が付いたが、後の祭…時既に遅し……。


更に追い討ち…。サブプライムローンの影響での世界的大恐慌…!

内定取り消しをする企業まで出る始末。


そんな最悪な情勢の中、まともな羅針盤も無い儘に船を漕ぎ出さなければならなかった。

正に風前の灯であった。


晩秋。日の落ちるのは、日に日に早くなり、夜の空は、冷たい空気の中に月が映え、

風は人を芯から凍らせる程の冷気を含んでいた。

いつもの様に大学から安普請のアパートに帰ると、数枚の郵便物があった。


DM(一度行ったきり二度と行かないカラオケ店のものと、流されて行った合同説明会で話を聞いた企業の

ものでした)が2枚、それから茶封筒が1枚。


特に目新しい事もない。僕は、何の興味も何の考えもなく、無造作にその中身を確認した。

中には見覚えのあるマークが描かれているのが認められた。

確か…高校の校章。

裏返して見ると、どうやら同窓会のお知らせの様だった。


母校の名が記されている…3年2組。久し振りに見た文字列に、何故か切ない様な、懐かしい様な、不思議な心持ちがした。

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