採用面接(2)
濃紺の制服を着たボスは、目を丸くしたまま動かなくなった小さな被面接者を見て、さも面白そうに笑った。
「いやいや、そういうシンプルな動機は、純粋で悪くないと思うんだよ? 実はねえ、私も子供の頃から飛行機が好きでねえ、どうしても自分で操縦してみたくなって、それでパイロットになったんだよ」
強面に似合わずくだけた話し方をする彼の左胸には、確かに、鷲をかたどった航空き章が付いていた。ウイングマークとも呼ばれるもので、このき章を付けているのは、操縦士の資格を持つ航空自衛官だけである。
「本物の、パイロットさんですか?」
「まあ、最近はデスクワークばっかりだけどね」
「何に乗っていらっしゃったんですか?」
「F-15」
「!」
佳奈は、街中で憧れのアイドルに出くわした中学生のような顔になった。危うく知性の欠片もない単語を連発しそうになるのを、辛うじて堪えた。
「ああ、でも、あなたの好みはブルーインパルスか。確かに、あっちのほうが華やかで、女性ウケしそうだもんねえ」
防空の最前線に立つF-15は、音速の2.5倍の速さで飛ぶ凄まじいパワーと性能もさることながら、重量感にあふれる威風堂々とした姿そのものが、戦闘機のイメージをそのまま体現したかのような精悍さに満ちている。
一方、展示飛行専門のブルーインパルスに使われているのは、F-15より一回り小ぶりのT-4という練習機である。柔らかみを帯びたシルエットに青と白の塗装が施された機体は、エンジン音も比較的小さく、どちらかと言えば、優しく可憐な印象だ。
「ブルーは、希望出してもちっともお声がかからなくてねえ。私、飛ぶの下手だから」
「いえっ、そんなっ、F-15なんて、すごいですっ! 前に入間基地の航空祭でF-15が飛ぶの見たんですけど、すごい角度で離陸して、すごい音で、すごい迫力で、中の人には外がどんなふうに見えるんだろうって、ものすごく感動しましたからっ」
いかにもフライトスーツが似合いそうな濃紺のボスは、佳奈の支離滅裂なフォローが気に入ったのか、再び低いバリトンの笑い声を立てた。
「ああ、藍原さんは、入間の航空祭によく来てくれたんだってね。私も、十二、三年前にあそこの航空祭に参加したことあるけど、もしかしたら、私のフライトを見てくれてたのかなあ」
もしそうなら、何か運命的なものすら感じる……。佳奈は、少女漫画の主人公よろしく、うっとりと目を見張った。
「入間では、地元との協定で、最近は戦闘機の機動飛行はやらなくなったけど、田舎の基地の航空祭では今でもガンガン飛んでるから、一度『遠征』してみるといいよ」
「そうなんですか。行ってみます!」
「まあ、そのうちF-35が飛ぶようになったら、みんな、ああいうステルス機ばかり注目するようになるんだろうけどねえ」
「そんなことないですっ。垂直尾翼が斜めになってる飛行機は、なんだか好きになれなくて」
間もなく航空自衛隊でも運用が開始されるF-35は、いわゆるステルス機のひとつである。レーダー波を吸収しやすい素材で覆われているステルス機は、低減した反射波をさらに探知されにくい方向に飛ばすために、「主翼に対して垂直な部分が全くない」という独特な姿をしている。
「今はああいうヌメっとした形が主流なのは分かるんですけど、でもやっぱり、垂直尾翼がちゃんと垂直についてるF-15のほうが美しいですっ」
「そうか。そうだよな。あなた、いいこと言うねえ!」
濃紺のボスは、我が意を得たりという顔で高笑いした。つられて、佳奈もキラキラと笑顔を返した。本物の戦闘機パイロットと飛行機談義ができるなんて、夢のようだ。
「いやあ、あなたとは美意識が一致するねえ。ところで、配置先は、やっぱり飛行機のいる基地が希望?」
「はいっ!」
「そうかあ、何とかしてやりたいなあ」
佳奈はいよいよ目を輝かせた。対照的に、全く会話に入れない三人の面接官たちは、揃って困惑の表情を浮かべた。
「そうだなあ、私が航空団のいるトコの基地司令にでもなったら、あなたを呼んであげられるかもしれないけど……」
「ほ、ホントですかっ」
「タイミングよく空席が出れば、うまく人事調整できると思うんだよね。あなたが勤務地さえ選ばなければ」
「どこでもいいです! ぜひ、よろしくお願いします!」
佳奈は思わず立ちあがった。ガタイのいい濃紺のボスは、小さな被面接者の勢いに気おされるように体をそらし、慌てて手を振った。
「いやいやいや、悪いけどそんな近々の話じゃないんだ。戦闘機を配備してるトコの基地司令は将補ポストだから。私も近々にそこまで出世できたら、苦労しないんだけどねえ」
将補は、一般的な軍隊の少将に相当する。その「将補」よりひとつ下である1佐の階級を付けた濃紺のボスは、肩をすくめて苦笑いした。その傍らで、沈黙したままの三人の面接官たちがホッと表情を緩めた。
「希望通りの人事話が来るまで、勤勉に働いて待っていられる?」
「はいっ」
「快活な返事で、実に結構。期待しています」
キリっとした口調で締めくくった濃紺のボスは、にわかに席を立った。座っていた時には分からなかったが、かなり上背がある。その彼が姿勢を正すと、先ほどまでのとぼけたやり取りが嘘のように、部屋の空気が引き締まった。
他の三人の面接官も一斉に立ち上がる。その三人と二言三言を交わしたボスは、「では、藍原さん。これからよろしく」と言って、佳奈の応答を待たずに部屋を出て行った。
これからよろしく……?




