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1Hチャレンジシリーズ

1H作文チャレンジ20171201

作者: あるつ

お題:雪 本 約束

『少年は、ある本を読むのが好きだった。

それは家の蔵から見つかった誰かの手記。だれが書いたか、いつのものか、どこから来たのかわからない。

縦書きで、表紙を含めて10センチを越える厚みのハードカバー。

風化したのか、元からだったかも定かでない茶色の表紙にはなにも書かれておらず、開けばお世辞にもキレイとは言いにくい文字で日々の内容がつづってある。

そして、この手記には日付がない。使うペンが変わったことで日付の変化を察してはいるものの、連続しているかどうかも定かではない。

そんな不確定な手記を読むのが、好きだった。


いつからこの手記を読んでいたのかわからない。

物心ついたときからか?少なくとも、今現在記憶している日常は、常にこの本と共にあった。

なぜこの本がそんなに好きなのか、読んでいたのかというと、皆は疑うと思うが、その情景を鮮明にイメージできたからだ。

もちろん、想像力豊かな人ならば、本を読んでいて情景を思い浮かべることはできるだろう。

僕の場合は、内容が曖昧で、時々なんて書いてあるかもわからないこの本にもかかわらず、はっきりと「こういうシーンだ」ということがイメージできるのだ。


たとえば、こういう文章はどうだろう。

『雨の日、通りすがりの犬が私に向かって吠えた。私がにらみつけると、犬は去っていった』

実際に書かれていた一部だが、これを見て犬の種類やどこを通っていたのか。それ以外に人影はいるか、雨の強さは、などイメージできる部分は無数にあるはずだ。

おそらく十人十色の答えが返ってくるだろう。だが、事細かに状況を問いただされていった場合も、ずっと同じ風景がイメージできているだろうか。

答えはNoだと思う。雨が小雨から土砂降りに変わるかもれないし、以前数人の人をイメージしていても後になると人気が無くなっているかもしれない。

だが僕は違った。初めて読んだ時から、今この時点になっても「この光景を知っている」感覚があり、風景が絶対に変わらないのだ。

第三者視点のドラマ風ではない。まるで僕が主役になったような一人称視点だ。

この文章を読んで思い起こすのは、霧雨の中、日本種特有の尻尾をした老犬が、3回吠える。睨みつけたが、興味を失ったように僕を追い越して先にいく。

周囲に人影はおらず、時刻は明朝、まだ日が昇るかどうかという時間だ。歩いているのは古民家の集まる集落の砂利の農道。片側は民家だが、その対面は稲穂が首を傾けている。

・・・これくらいにしておく。いくら書いても書ききれない情報量が、僕の中で、毎回同じように思い起こされるのだ。


しかしこの本を読んでいると、時折妙な焦燥感にかられることがある。

「何かをしなければならない」「急がなければ、もう時間はない」「手遅れになる前に」

どうしてそんなことを思うのか、僕にはわからない。この焦燥感も随分前から感じていたのだが、ページを読み進めるたびに強く思うようになった。


そんなある日だ。父の都合で引っ越してきた新しい街。ここは少し北方の山あいにある、そこまで大きくはない街。

暦は師走に入ったばかりだが、この日は早くも雪が降っており、地面にもうっすらと積もる程度には冷え込んでいる。

僕は両親とともに新しい街をドライブしていた。

新調したスタッドレスタイヤが雪を噛みながら前進する。これまでの地域が雪には縁のない地域だったこともあり、家族全員にとってこれが初めての雪上ドライブになる。

新居であるマンションから北西に車を走らせると、もっと大きな町へ出た。デパートもあり、大掛かりな買い物はここですませようと話をした。

そのまま南に下ると、商店街があった。新居からはここが一番近い店舗になるので、日ごろの買い物はここで済ませようという話になった。

東に向かって新居を通り過ぎ、しばらく行くと温泉街があった。少し有名な温泉らしく、県外ナンバーも多くみられた。さらにこの先は小さいながら遊園地もあるという。

レジャーがあり、商業施設もある、なかなかに住みやすい土地だなぁと感心していた。

その帰りのことだった。途中まで同じ道を戻っていたはずが、どこで間違えたのかいつの間にか峠道を走っていた。気づけばどんどん道幅は狭くなり、すれ違うこともままならない道路だ。

もちろん、平地で雪が積もることを考えれば、峠道の雪の量は言うまでもないだろう。タイヤ以外の装備がないまま雪道でスタックし、少し後ろまで押して戻す羽目になった。

少し戻ると、なんとか車が転回できそうスペースを発見し、そこで共に車を押していた母親が車に乗り込み、僕もそれに続こうとした瞬間である。


車が消えた。


我に返って眼前を見直せば、そこには車があったらしき跡。どうやらスペースがあると思ったのは間違いで、雪が積もっただけ。そこに車が乗ったのだから、崖下に落ちていくのは当然といえば当然だった。

・・・助けを呼ばなければ。そう思って周囲を見渡しても、ここは細い峠道。民家などあるはずもなく。

それでも助けを呼びに行こうと一歩を踏み出したとき、何かに気付く。

この風景は、本で読んだことのある風景だ。

一歩、また一歩と峠を歩いていく。上り坂だが、この道には覚えがあった。数百メートル先のカーブを曲がったところに民家がある。

なれない雪道を踏みしめ、そのカーブを曲がった先。そこには、本の通りの民家があった。

1階に広々とした7~8部屋はあるだろう、三階建ての巨大な家。民家というよりも豪邸と言って差し支えない。

ただ庭はなく、道路のすぐ目の前に扉がある。閉ざされてはいるが、廃墟という雰囲気ではない。


チャイムを押し、しばらく待つ。がちゃり、と鍵が開く音が聞こえ、扉が開く。

現れたのは、おそらくもうすぐ20になりそうな女性。雪の中に一人立つ僕をみて不審そうに目を細めるも、

「・・・どちらさまですか?とりあえず寒いでしょうし、中へどうぞ」

と、玄関まで案内してくれた。

屋根から落ちた雪の山をまたいで、ドアをくぐる。

「約束通り、男の子を連れてきたよ。・・・!?」

民家に一歩踏み入れた途端、僕の口から意味の分からない言葉が紡がれる。何を言っているんだ?と驚いていると、中に通してくれた女性の口が吊り上がる。

「待ってたよ。さぁ、一緒に遊ぼう?」

逃げないと。しかし、僕は自分の思いとは裏腹に自らドアを閉め、鍵をかける。

「・・・いらしゃい・・・」

僕はそのまま女性に連れられ、家の奥へ進むのだった。


場所は変わり、落下した車内。散らかった荷物と、首のひしゃげた人間だったものが二つ。

散乱した荷物の中には、少年がずっと持ち歩いていた手記もあった。

その手記は次の瞬間、消えて無くなる。

この車が発見されるのは、雪が解けてからになるだろう。』


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