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初戦


俺や陽菜さんが住む「盛六町」は関東のとある県にある、人口5000人ほどの小さな町だ。年々人口が減少している、と町長とかそこら辺の連中は危惧しているらしいが、体感的には「人が減った」と思うことはない。だが近所でも空家が増えてきたあたり、決して大袈裟な訳でもないのだろう。

自分が生まれ育った町が廃れていってしまうのは悲しいと思う。いつまでも帰ってくるべき場所であって欲しいし、街の人々にもそのままでいてほしい。


だが、今日この時だけは空き家が多くて助かったと思う。

俺の目の前には1人の男。とても正気には見えず、譫言を叫び、感情の波が崩壊している。

その右腕には緑と黒に鈍く輝く、機械チックな筒。シルヴィ曰く砲撃のできるキャノンタイプのソルジャーで、威力は今見た通りだ。


アイツは、俺1人で倒さなきゃいけない。シルヴィはそう言った。アイツ程度も1人で倒せないようでは聖戦は生き残れない、と。


「ふー……」


息を吐く。精神を研ぎ澄ます。今からやるのは試合でも修行でもない。


殺し合いだ。


これが本当に正しいかなど分からない。だが、自分の大切なものを守るには戦うしかない。

不本意だが、親父の言う通りだ。力が無ければ何も守れない。俺は、ここでその力を示さなければならない。


「龍二」


「なんだ?」


「『自由に』」


「……ああ」


シルヴィの言葉で体がふっと軽くなった。神々とかの胡散臭さは消えないが、シルヴィだけは信用出来る、そう思う。


さあ、行くか。


俺は道の真ん中に立った。男はすぐに俺に気付いた。


「オ……アァ……」


何を言っているかは分からない。


「ヴオアアアアアアアッ!!」


獣のような叫びと共に、右手の筒から黒い砲弾が発射された。

感覚を研ぎ澄まし、弾道と性質を見切る。幼少期からの厳しい修行の賜物に加えて身体能力強化の掛かった俺に、ただ真っ直ぐ飛んでくるだけの弾を避けることは容易かった。


半歩だけ右に避け、進む。

あの砲弾は恐らく文字通りのただの砲弾だろう。後ろでシルヴィが弾の軌道を変えて、空中に弾いたら爆発した。

相変わらずシルヴィがチート級に強いのは今は置いておく。


「アアアアアアアッ!!」


2度目の砲撃。弾の種類は同じ。今度は半歩左へ。


「龍二! いつまでも好きに撃たせないの!」


「すいません」


説教を受けた。確かに、砲撃の角度がそれれば今度こそ一般人に被害が出てしまう。周りを巻き込む恐れのある相手と場所は、早急に決着を付けなければ。


足に力を入れ、一気に踏み込む。身体能力強化が掛かっていることを考えて力の調整をしたが、それでもこれは驚く。世界陸上など目ではないレベルの身体能力だ。

勢いを殺さず、腰の刀に手をかける。


「佐々木流、居合……」


砲撃の行えない範囲まで入った。すると男は凄まじい速度で右手の筒を振り回し、俺の左肩を殴りつけた。


「グォアアアアアアアッ!!」


「ぐあぁっ!」


予想外の威力だった。

俺はそのまま吹き飛ばされ、シルヴィの横を通過して電柱に叩き付けられた。


「かはっ……」


目がチカチカする。息が吸えない。全身が痛い。

とにかく苦しい。脳に届く感覚はそれだけだった。飛びそうになる意識をどうにか留め、必死に頭を回す。


どうして吹っ飛ばされたのか。反撃を予想していなかった訳ではない。むしろあのなぎ払い方は予想通りだった。

だが、スピードと威力が俺の予想を遥かに上回った。低級のバグズというのもそうだが、初めての戦闘ということが1番の理由になる。想像ができないというのは最も恐ろしいことなのだ。


「龍二! 生きてる!?」


シルヴィが駆け寄って来た。幸い、俺を吹き飛ばした男は体を痙攣させながらその場から動いていない。


「ああ、何とか……」


声も掠れている。左肩は折れているようで、激痛が走り力が入らない。


「頑張って、とりあえず立って。ごめんなさい、あのバグズにあんなパワーがあるなんて予想外だったわ」


「いや、違う……何か、変なんだ……」


反撃を食らった時。明らかな違和感があった。

男が俺の攻撃に反応し反撃を繰り出した時、奴の目は俺を視認していなかった。間違いなく顔はこちらを向いていなかったのだ。

だが奴の反撃は正確に俺を捉えた。つまり、あの反撃は反射的なモノに近いということだ。


「変……? とりあえず逃げるわよ。アイツは危険よ」


肩を貸してくれるシルヴィだったが、俺はそれを引き止めて、


「いや、待ってくれ……。アイツは俺が倒す……」


「無茶よ。今のアンタじゃアイツには……」


「分かってる、でも、アイツは今どうにかしなきゃいけないんだ……」


そんな気がした。

あの男は明らかに様子がおかしい。それが自己的なものか他意的なものかは分からないが、とにかく早く倒さなければいけない。


「ユ……キ……、マナ……カ……」


体を痙攣させている男は、確かにそう言った。恐らくは奴の家族か親類縁者の名前だろう。つまりは、どこかに理性が残っている。が、何かしらの要因でそれが消えかけているということのはずだ。


一刻も早く楽にしてやるべきだ。


「聞いた、だろ? アイツは……」


激痛の走る体に鞭打ち、再び男に向き直る。すると、シルヴィは「はぁ」とため息を付きながら、


「分かったわよ、好きにしなさい。でも危ないと思ったらすぐにアイツを殺すからね」


「ああ、分かってる」


そう、本来シルヴィだけならばあの男くらい造作もない相手なのだ。だが、俺がこれからシルヴィの足を引っ張らないようにするために俺の訓練に付き合ってくれている。

実戦よりも力のつく訓練はない。スポーツなどをやっている者ならば誰でも知っているはずだ。


体はだいぶマシになった。とは言え、もちろん万全の状態には程遠い。全力を出せるのは持って数分、と言ったところか。


「ふーっ……!」


大きく息を吐き、体に力を込める。

左腕は使えない。刀を持っているだけで精一杯だ。使える技は限られてくる。


「グォアアアアアアアッ!!」


男が砲撃を行いながら走ってくる。痛む体を動かし、最小限の動きでそれを避ける。避けた砲弾はまたもやシルヴィが打ち返してくれた。


「佐々木流、居合……!」


全身に力を。この一撃に全てを。


「グォアア」


男が腕を振りかぶる。


「終炎!!!!」


目にも留まらぬ速さでの居合切り。左下から右上へと、全力での一閃。その一撃は男の右腕を肘の上から両断した。


「ギィゥオアアアアアアアッ!!」


腕ごとソルジャーを失った男は、痛みと出血にのたうち回っている。そして暫くするとその場に倒れ込んだ。

俺は力を使い果たし、その場に跪いてしまった。刀が信じられないほど重く感じ、腕も震えている。手にはハッキリと人の腕を切り飛ばした感覚が残っている。


「龍二」


シルヴィがやって来た。


「シルヴィ……あだっ」


シルヴィは刀の鞘で俺の頭をゴンと殴った。地味に痛い。


「無茶しすぎ。初戦で死んだら笑えないわよ」


「ほんとにな。何とかなって良かったよ」


一先ずは勝ったことに安堵した。低級バグズ相手にこれでは先が思いやられるが、とりあえずは休みたい。


「アイツは……シルヴィ?」


どうにか立ち上がり倒れた男の元に向かおうとすると、シルヴィが俺の体を優しく抱き寄せた。頭まで撫でてくれている。


「お疲れ様、良くやったわね」


「~~っ!」


堪らなく恥ずかしくなってつい離れてしまう。だが、体はそんなことをすれば当然。


「いってぇ……」


神経系が容赦無く脳に痛みを伝える。


「そんなに照れることないじゃない」


「うるせぇ、それより……」


からかうシルヴィを横目に男を見る。すると何故か、男は体の痙攣も出血も止まっていた。顔色は普通の状態に戻り、呼吸も穏やかになっている。

そして何より驚いたのが、男のソルジャーの残骸から出てきた「あるもの」だった。


「キキキ……」


「なっ……!?」


男のソルジャーの残骸からは、黒く機械的な虫のようなモノが飛び出した。「それ」はソルジャーから外れると一目散に逃げ去ろうとした。


「はっ!」


だが、シルヴィの投げた小刀が正確に真ん中を捉え、機械虫は動きを止めた。バチバチと火花が弾けている。


シルヴィは動かなかくなったそれを持ち上げ、軽く観察してすぐにそれを叩き切った。


「シルヴィ、あれは……?」


「あれは、そうね……『操り虫』ってのが1番分かりやすい言い方かしら」


「操り虫……?」


操りってことは、あの男はバグズに選ばれたのをいいことに誰かに利用されていたってことか……?


「えぇ。恐らく他のバグズね。ロードだったら何となく分かるから」


「あの男は……?」


「彼ならすぐに目を覚ますわ。腕もソルジャーの効果で起きる時には治ってるし、これで聖戦からも解放される」


「なら、良かった……」


俺は少し安心した。

分かりきっていたことだが、ロードもバグズも、誰もが好きで聖戦に参加している訳では無い。得た力を好きに使う奴もいるだろうが、そんなもの必要無いと言う人たちもいる。

だが、バグズやロードになるかどうかはランダムなのだ。選ばれてしまえば逃れることは出来ない。最悪の場合、意味も分からず殺されてしまう。

あの男はもう、このクソみたいな戦いには参加しなくていいはずだ。名前を呟いていた家族の元に帰れるはず。


「龍二」


「どうした?」


「どう思った?」


「……俺は勝つよ」


シルヴィの目を真っ直ぐ見て俺は続ける。


「何としてでも勝つ。町の人たちも傷付けさせないし、神々とかいう連中に直談判する機会ができたら全員ぶん殴って2度とこんなことはさせない」


この腐った戦いを一刻も早く止める。


「俺は戦う。絶対に勝つ」


「……」


シルヴィはそんな俺を見て軽く笑った。


「どこまでも付いていくわ。そこが地獄よりも暗い穴のそこでも」


そうして、俺の聖戦での最初の戦いは幕を閉じたのだった。






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