邂逅
後日談をすると、杉野先輩はもちろん退学処分になった。あの後、泣きながら逃げ去っていったため職員室に突き出すことはなかったのだが、映像メディア部の連中にビデオカメラをデータ入りで返却したら大騒ぎに。大スクープだなんだと言って杉野先輩がいかにクズ野郎だったか、証拠映像付きで大々的に発表したのだ。
もちろん千秋先輩と、一応周りのモブキャラの顔はモザイクをかけてもらったが、当然と言えば当然かモブキャラたちも転校したらしい。
ギリギリではあったものの、千秋先輩も無事助けられたし杉野先輩にも妥当な処分を与えることが出来たので結果オーライ……のはずだったのだが。
「あ、ねえねえキミが龍二くんだよね?」
「龍二ー! 一緒に飯食おうぜー!」
「あ、あの、佐々木先輩、今日の放課後に校舎裏で待ってます!」
あの日から状況がおかしい。学校の何処にいても知らない奴らに延々と話しかけられるのだ。
海斗曰く「そりゃあ杉野先輩の本性を暴いて美人の藤野先輩を助けたんだからヒーロー扱いされて当然だよ」と。ふざけんな。
一応言っておくが、俺はそういう理由で千秋先輩を助けた訳じゃない。陽菜さんの悲しむ顔が見たくないから、だ。タダでさえ他人に興味などないのに、注目されるなんて居心地が悪くて仕方がない。
「はぁ、面倒臭いな……」
その日の昼休みも、屋上へ向かう途中に何人もの生徒に話しかけられた。ほとんどが凄いだの遊びに行こうだの「利用出来そうだから取り込んでやる」と言っているようにしか聞こえなかった。まあそれに関しては俺が歪んでいるからなのだが。
「あ、龍二くんやっほー!」
「おいっす」
この2人と海斗が今までと同じ接し方をしてくれるのがせめてもの救いだった。昼休みに屋上にいる時は学校で唯一気が休まる。陽菜さんはうるさいが。
「なんかすっかり有名人だね龍二くん」
「いや悪名よりは良いですけど、それでもこれは大袈裟ですよ……」
「ご、ごめんね、アタシのせいだよね……」
「え?」
千秋先輩のどこに非があるというのだろうか。元はと言えば杉野が原因だし、そもそもこんなことで騒ぎ立てる連中の方がよっぽど腹立たしいのだが。
「いや、千秋先輩のせいじゃないですよ? ねえ陽菜さん」
「そーだよ! 千秋は何にも悪いことしてないじゃん!」
「アンタら……ほんと、ありがとね」
普段は強気な千秋先輩がこんな顔をするなんて、よほど気にしていたのだろう。ありがたいことだ。俺なんかのことを気にかけてくれる人がいるとは。
「あ、そうだ龍二クン」
「はい?」
「お詫びと言っちゃなんだけどさ。今度一緒に映画見に行かない?」
「え!?」
千秋先輩は制服のポケットから映画のチケットを2枚取り出し、ヒラヒラと見せた。何故か俺より先に陽菜さんが驚いているが。
ていうか、そもそも何で俺なんだろうか。陽菜さんとでも行けばいいと思うのだが、何か事情でもあるのか。
「映画、ですか。他に誘う男子もいるでしょうに」
男と行きたいにしても千秋先輩は陽菜さんと同じくかなりの美人だ。そんな千秋先輩が声を掛ければ断る男子はそうそういないはず。
「龍二クンがいーの! 今週の日曜なんだけど、どうかな?」
「まあ俺でいいんならいいですよ」
「え……」
「あれ、陽菜さんも行きたかったですか? なら譲りますけど」
「あ、ううん、いいよ行ってきなって。龍二くん普段映画とか見ないでしょ?」
「まあそうですね」
原作の小説は読んだりするが、映画館に行ったりDVDを借りたりしようとは思わない。というか部屋にプレーヤーがない。
「じゃあ2人で行ってきなよ」
そうは言いつつも、陽菜さんはどこか寂しそうな表情をしていた。
「って、そういえば午後の1つ目体育だった。すみませんもう行きますね」
「あ、うん」
「頑張ってね~」
そうして俺は屋上を去った。
残された2人は。
「……まったく」
「千秋、なんであんなことしたの?」
「あんなことって?」
「龍二くんと2人で、映画なんて……」
「嫉妬しちゃう?」
「…………」
「陽菜には悪いけどさ。ここは譲れない。私だって龍二クンのこと好きになっちゃったんだから」
「え!? う、ウソ!?」
「ほーんと。あんな優しくていい子他にいないもん」
「そ、そうなんだ……」
「……ねえ陽菜」
「な、何?」
「伝えたい事はちゃんと言葉にして伝えなよ。うかうかしてると本当に龍二クンのことアタシが貰っちゃうからね」
「わ、分かってるもん! 私だって、ずっと、ずっと好きだったんだから!」
「ならいいけど。1番の親友でも負けないからね」
「私だって! 負けない!」
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時刻は午後10時。部屋には俺1人。陽菜さんは今日はキッチリ帰らせた。本人は今日も泊まりたがっていたが、さすがに勘弁してくれと言って半ば無理やり家に押し返してきた。
「……」
両手をグッパッと動かし、立てかけてあった真剣を手に取る。
そしてあの時の感覚を思い出す。杉野を攻撃し、頭の両隣に武器を突き立てた感覚を。
『な、暴力振られるのって怖いだろ? 人に蹂躙されるのって怖いだろ? 自分より強い相手って怖いだろ?』
あの時言った言葉。自らが発したはずの言葉がずっと頭にひっかかっている。
こんなことを言うつもりはなかった。言うつもりなどなかったのだが、陽菜さんのことを言われた途端体が動いたのと同じく、無意識に口走っていた。
こんなことを言う必要などあったのだろうか。俺は何故、こんなことを言ったのだろうか。
「よっ、と……」
本棚の上の方に入っている本を取り出し、パラパラとページをめくっていく。
『「意識」という言葉自体が、「覚醒意識がある」、「何かに気づいている」という通常の意味以外に、主体が意識している「対象の総体」が存在している「領域」の意味を持っている。何かを「意識している」、または、何かに「気づく」とは、対象が、「意識の領域」に入って来ること、意識に昇って来ることを意味するとも言える。』
「はあ、全然分からん……」
読めば読むほど、考えれば考えるほど頭が混乱する。「領域」だの「氷山」だの、ものによって例え方も様々でイメージが湧きにくい。
杉野を攻撃した時、何故か嫌悪感は全くなかった。再び武器を持ち、技を繰り出すことに何のためらいも起きなかった。それどころか、懐かしいと、楽しいという感覚さえあった。
今はあの時の自分が何を考えていたのかが全く分からなくなっている。あの時の俺は、本当の俺だったのだろうか。
本当に、人の本質を表すのが無意識な部分なのだとしたら。俺は、結局剣を捨てることなど出来ないというのだろうか。結局、誰も傷付けず生きていくことなど出来ないというのだろうか。
「……クソッ!」
形容し難い焦燥に駆られ、本を投げた。そんなことをしても何も変わらないと分かっているが、そうせずにはいられなかった。
怖い。
そう感じる。
自分でも把握し切れていない部分の「本来の自分」が、何をしようとしているのか、何がしたいのか全く分からない。そこに得体の知れない恐怖を感じる。
いつか、それがまた表に出た時に、俺の大切なものを全て破壊してしまうのではないか。全てを破壊し、自分すら壊し尽くすのではないか。そんな恐ろしい予期すらある。
「……クソ」
起きていると勝手に頭が考えてしまう。とにかく今は寝る他ない。
そうして俺はベッドに入った。ふと枕に顔を押し付けると、ほんのりと陽菜さんの匂いがした。
「陽菜さん……」
そう俺が呟いた瞬間。突然部屋の真ん中、テーブルの辺りでパッと光が弾けた。
「な、何だ!?」
眩しくて目を開けられない。目を閉じていても痛いくらいの光が部屋の中を照らしている。反射的に両手も目の上に持ってくる。
一体なんだと言うのだ。痛みや熱は無い。とにかく光が発生している。音もない以上、今はそれしか分からない。
少しすると、光は目から手を離せる程度には弱まって来た。とりあえず光の現れたテーブル辺りに手を伸ばし、探ってみる。
すると。
モニュッ。
「……あ?」
何やら柔らかな触感が掌から伝わってくる。何というかこう、今まで触ったことの無い不思議な柔らかさである。ふわふわとして、かつハリと弾力があって指を押し返してくる。
ようやく光は目を開けられる程度まで収まり、謎の柔らかいモノを視認しようとする。
「なっ……!」
「は……?」
そこには、サムライの様な和装で腰に刀を差した、蒼髪の少女が立っていた。
その顔は何故か真っ赤だ。何故だろう。というかこの人誰だろう。
ふと自分の手のことを思い出し、手元を見ると。俺の両手は少女の美しい双丘をしっかりと掴んでいた。
なるほど、そりゃあ柔らかいわけだ。
「……」
スーッと、両手を帰還させる。戦果報告は後で聞こう。
「へ、へ、へ……!」
「すみません、どちら様で」
目の前で震える少女に事情と素性を聞こうとすると。
「ヘンタアアアアアアアイ!!!!」
「ぐっほあああ!」
強烈な張り手が飛んできて、俺の右頬を抉りとっていった。俺はそのまま吹っ飛び、ベッド横の壁に額を打ち付ける形になった。めっちゃ痛い。
「はあっ、はあっ……!」
「げ、解せぬ……」
痛む頬と額を慰めつつ、よろよろと起き上がり少女に向き直る。少女は顔を真っ赤にして胸元を両手で隠し、こちらを睨み付けている。
「信っじられない!! いきなり人の胸を、あ、あんなに揉みしだくなんて!!」
いや揉みしだいてはいない。
「しかも謝罪の言葉もないなんて!!」
いやアナタ問答無用で張り手かましてきたじゃないですか。
「すみませんどちら様ですか?」
「何でそんな他人行儀!?」
リアクションの豊富な子だなぁ……。
「いやどちら様ですか?」
「オ、オホン。私の名前はシルヴァリー・グレイスリード。シルヴィと呼んで構わないわ」
自慢げにシルヴィと名乗った少女はポン、と自分の胸元を叩いた。それに合わせて豊かな双丘がポヨンと揺れる。
俺だって健全な男子高校生なのだ。興奮だってする。恋愛感情云々がないとしても、だ。
「はぁ、それで何の御用ですか?」
「まあ話すと長くなるんだけどね。とりあえずワタシはこれからアンタの剣になり盾になる守護戦士。アンタはこの戦争を戦い抜く聖戦士に選ばれたの」
「……」
ナニヲイッテルノカヨクワカラナイ。
日本語で頼む。
「と、とりあえず! アンタはワタシのロードだから胸を揉んだことは許してあげるわ! これからよろしく頼むわね!」
「は、はぁ……」
もう何が何だかサッパリ分からない俺は、とりあえず突き出されたシルヴィと名乗る少女の手を握ったのだった。