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一晩共に過ごす関係

三択なら中間、二択ならどちらになるんだろう。

ウェーイ系やキラキラ系ではなかった。かといって、超絶地味というわけでもない。運動も、勉強も、誰かと外に遊びに行くのも、一人で本を読むのも、ゲームをするのも。

全部普通に好きだ。

下宿の友達宅へ泊まり、はたまたオールでカラオケに行き、かと思えば必要に迫られて修士論文執筆のため研究室メンバーで宿泊所に缶詰め…………。

夜を誰かと過ごす経験は何度かあった。

どんな風に朝を迎えたか、所々思い出せない箇所があるだけで。

「じゃ、これでいい?」

アタックファミリーズーーロングセラーの格闘系対戦ゲームを見せると、奏多はオッケーとばかりに丸を作って見せた。

「はい、八城」

コントローラーを渡し、久しぶりに据え置き型のゲーム機をセットする。

奏多もできる対戦型ゲームは、今の自分の手持ちソフトではこれだけだった。パーティーゲームやすごろく系ゲームで上限までまわるなら確実に朝はすぐだろうに、実家に置いてきたことが悔やまれる。

「ほんと、広瀬は健全だよね」

24歳男性宅に、誘ったとはいえ一人滞在する24歳女性が言う台詞だろうか。

「それをいうなら八城だって。オールしたことある?」

「……ないです」

奏多のほうが健全という言葉はふさわしいように思う。

「いいこはさっさと寝なー」

「ここはオールでゲームするしかないでしょ」

「ほんと社会人泣かせだよな!」

明日が会社なら、睡眠薬がわりに酒を飲んで無理やり寝ているところだ。

いや、そもそも異性を泊めない。

「明日休みって聞いたものですから」

「ちくしょー、手加減しないからな!」

「負けた方が勝った方の質問に答えるんやから、そうこなくっちゃ!」

彼女が起きた時点で、寝る選択肢はなくなった。

奏多が眠るまで、もしくは僕が落ちるまで。




ルールは簡単だ。

二分間対戦し、負けた方が勝った方の質問に答えることにする。

運要素も入れるため、どちらの陣営でもないコンピューターも二体放り込み、対戦ステージは完全にランダム選出する。

最初の一回だけ、勘を戻すために自分の好きなキャラクターを選択して良い。

そのあとは自分の操作キャラもランダム選出する。

隠しキャラを含めたキャラクター一覧を見て、彼女は少しだけ探し物をしているようだった。

「っしゃー、いけーブロッサム!」

奏多は元祖さらわれ系王女キャラクターを選択した。

「がんばれー雲英マウス」

僕はといえば、幼稚園で爆発的に流行ったアニメキャラを選ぶ。

lady…………fight‼

進行キャラの掛け声とともに、奏多はダッシュ攻撃をしかけ、雲英マウスはなす術なくふっ飛ぶ。

「うっそやー」

「ほんまやー」

ブロッサムは雲英マウスを追撃し、すぐに場外へ吹っ飛ばされてしまった。

ブロッサム使いとして恐れられた奏多にその後何度も沈められ、文句のつけようのない完敗だ。

「ふふっ」

満面の笑みの彼女には、悪い予感しかしない。

どんなどきつい質問が出るのか。

「お手柔らかにお願いしまーす」

場を和ませようと、雲英マウスのぬいぐるみを持ってみた。

こうかはいまひとつのようだ。

「ぶっちゃけ静香くんは、女の子と一日過ごしたことはないよね?サークルとか学校の合宿行事。あと家族関係は除いて、プライベートで」

逃げ道を全部塞がれた。

「そうだね、八城の予想は当たってるよ」

あっさりと認めると、間の抜けたように口をあける。

「…………そっか」

心なしか安心したような奏多は、ゆっくりとベッドに背をもたれかけた。

首もとが少し苦しい。

そういえば、風呂がまだだった。

「八城、ごめんやけど、一人で遊んでて。先にお風呂入ってくるから」

「わかっ……くしゅ」

体が冷えたのだろう。彼女が風呂に入ってから、数時間は経っている。

「風邪引いたらしんどいし、お金もかかるからね」

タオルケットを体にかけてやり、新しい靴下を出し、奏多に渡す。

「はい、体ひやさなーい。マグカップ出しとくよ。冷蔵庫の飲み物好きに飲んで。牛乳あるからホットミルクとかいいかもね」

言い置いて、僕は足早に着替えを引っ張りだす。

「あ、ありがと」

ばたんと脱衣所のドアを閉める。

服を洗濯かごに放り込みながら、風呂に入っている間に奏多が眠っていたらいいのにと思う。

換気扇がまわっていたので、前に入った人物の痕跡はほとんどなかった。

シャワーコックをひねり、温水にあたる。

夜は長い。

どうしたらいいかわからない。

自分が先に寝てしまおうか。そうしたら楽になれるのか。

いや。

きっと、眠れはしないだろう。



軽く髪の毛をふいて首にタオルをかけて出ると、奏多はホットミルクを飲んでいたところだった。

「お待たせ」

火傷をしそうになったか、目をつぶって彼女はマグから口を離す。

「ううん、全然」

盗み見たところ、眠くはなさそうだった。

「広瀬、さっきコンビニ行った時に、いろいろ買ってきたよ。冷蔵庫使わせてもらった」

「お、ありがと」

「団子のほかに、カルピスとチーズ、あといろいろ」

「じゃ、カルピスもらうわ」

ガラスコップを2つだし、ペットボトルのカルピスウォーターをあける。

確かに冷蔵庫はいつもより賑やかだった。

「じゃ、二回戦やる?」

「当然!」

「っしゃー、本気出していこー」

「おー」

奏多の隣に二人分くらいの空間をあけて座る。

机には、カルピスと団子。

コンビニで買ってきたんだろう、自分が使っているのとは違うシャンプーの香りがした。



「やっぱり研究職目指すの?」

丸っこいキャラクターで、いかつい亀を倒した僕は奏多にそう質問した。

「そうきたかー」

カルピスをぐいっと飲んだ奏多は、画面を見ながら口を開く。

セクハラにならないようで、僕の聞きたいことで、こんな機会じゃなきゃ聞けないことというのはわりと難しい。

無難に進路の話を振ってみたけれど、自分達がややビミョーなお年頃だったことを思い出す。

「研究は楽しいしその予定。いまさら民間いけるとは思えない」

博士を修了するとしたら、奏多は20代後半に突入する。

女性に限らずその年で未経験採用の正規雇用は民間では限られ る。

修士修了でさえ厳しいのに、博士は奏多の言葉通りというのが現実だ。

「公務員試験は?」

「質問はひとつだよ?」

僕は黙って画面を先に進めた。

三分後。素早さが売りの狐で遠距離攻撃を得意とする戦士をぼこぼこに倒す。

「なんで諦めんの?絶対研究者にならなきゃいけないわけじゃないだろうに」

嫌なことを聞いたかもしれない。でももう遅かった。

あれだけ苦しみながら勉強していて、それだけなりたかったのに、諦めた理由が知りたかったからか。どうして修士の間、公務員試験対策をしていなかったのか。

「どうしても勉強ができない。四年前を思い出してしまう」

就職活動を控えていた学部生時代。

彼女が壊れた年だった。

静かな答えに二の句が告げない。固まった僕の手からコントローラを奪い、奏多はまた新たな対戦画面へと進める。

奏多は二番目に使い込んでいた旅人系主人公、僕はあまりつかったことのない棒人間キャラクターが割り当てられた。

旅人は容赦なく雷をなげつけてくる。棒人間はおぼつかない足取りで逃げる。

さっきまでは掛け合いをしながらゲームをしていたのに、一言も話さない。……ずっとそんなことをしていたけれど、今回の対戦ステージはギミックが強い場所だった。

戦況がだれていると、背景の大砲から玉が発射され、キャラクターに当たれば一発退場になるような。

奏多は反応が遅れて避けきれなかった。

また僕が勝った。

「…………答えたくなかったらいいんだけど。そんなにあいつが好きだったの」

彼女はコントローラーを置いてタオルケットを握りしめる。

「ーー好きか嫌いの二択だったらそうだよ。……………………今は、正直なところわからない」

「八城、ちょっと休憩しようか」

首を降り、嫌だと示す。

「ヒロさえよければ、あと一回やって、それから休憩しよ」

「おっけー」

4回目の対戦はわざと奏多のキャラを避けて攻撃した。

それでも、コンピューターキャラが奏多を攻撃し、結果としてまた僕が勝った。

団子を食べながら、無言の時間が続く。ゲームのサントラだけが鳴り響いている。

僕も奏多も団子を食べ終え、一本余ったものさえ分けあって腹の中に収まってしまった。

「あいつのことを今どう思っている」

はっ、と彼女は笑ったようだった。

ははは、と笑って、笑って。横をみやると、くしゃりと顔を歪ませて、うつむいた。

「ーーごめん、お酒いれないと話せない。お酒いれるね」

言うが早いか、ビニール袋に残っていた缶チューハイを開け、空になったコップに注ぐとぐいっと飲んだ。

「ちょ…………!」

奏多はお酒に強くない。一缶飲むのもやっとだったはずだ。

飲み込んだあと、かーっと頬が赤くなり始める。

僕は慌ててティファールを取り、白湯をマグカップに入れた。

奏多はそれを一気に飲み干す。

ふう、と一息ついて、彼女は雲英マウスをぎゅっと抱き締めた。

「ーーわからない。好きじゃない。けれど執着してる。多分、あれだけ心を動かして、いっぱい泣いて、苦しんで、そういうふうにはもうならないし、なりたくないと思う。

そういう意味では、あれだけ感情を動かすような人は最後だよ」

「……好きな人はつくらないの」

「つくるのが、こわい。寄りかかってしまいそうで。

寄りかかりたいために依存先として好きにならないといえるのか。私にはわからない」

「なんで依存したいの」

「先が見えないからかな」

もう一度チューハイをグラスにあけて、彼女はそっと缶を押し出した。

「ヒロも、ハンデつけて、お酒のんでよ」

さすがにそれはやばい。

シラフな人間がいなくなるのも、飲めない自分が奏多に向き合って飲むのも。

「私一人で残りは飲めないからさ」

僕は黙ってそれを受け取った。


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