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コイバナをする関係

大学で再会した状況を、未だ鮮明に覚えている。

入学式後、サークルの勧誘でもみくちゃになっていたときだ。進学先は紅藤大学で、関西有数のマンモス私大だからキャンパスは広い。じゃあ快適かというと、人も多い。特に4月は。

罪悪感を抱えながらも、ビラを丁重に断ったり押し付けられたりして、やっと人垣を抜けた。

と思ったら、目の前にビラだ。断り文句のレパートリーも尽きてきた。

「文芸部です、よかったらどうぞ~」

…………興味はあった方のサークルだから、どうせならもらおうか。

そんな声ともに遠慮がちにビラを渡してきた文芸部員の顔に見覚えがあった。

見た目は最後に会ったときそのままで。存在感が強くはないけれど、勉強ができたクラスメイトの名前はぱっと思い浮かんだ。

「八城?」

「広瀬?」

打てば響くように彼女は自分の名前を呼んだ。

「え、一回やんな?」

「うん、入部したらビラまき行ってきてって言われた」

「そっか……。ここ?」

「うん。紅藤の社会学部」

「マジか!僕も社会学」

彼女なら、紅藤に現役合格してもなんの不思議はない。

小学6年生のときは、進学校の私立中学に受験するメンバーが半分というクラスにいた。

八城奏多は受験組と遜色ない成績を取り、科目によっては他の追随を許さなかった。

そのままのレベルを維持したなら、国公立脱落組の受け皿になっている紅藤は余裕だろう。

500人超の学部で、まさか知っている人に会うとは思っていなかった。

そこから連絡先を交換して、たまに会うようになった。

春特有の、狂ったような連絡先交換ラッシュで知り合ったなか今も会うのは、奏多の他にはいない。

あとは数回の連絡をとってフェードアウトしたり、一度も関わらないまま連絡先を消した。

きっとそんなものだ。



「彼氏ができた」

はにかみながら嬉しそうに報告する奏多は、再会したときと比べて明らかに雰囲気が変わった。

ほぼすっぴんだったのが薄くメイクをするようになったし、軽やかな素材の服を着ている頻度が高くなった。

Tシャツにジーパン、スニーカーをはいてリュックを背負いざくざく歩く姿は過去のものになりつつある。

二十歳になったから、だけではないだろう。

今日は伸びかけの髪を編み込んでいた。

「おめでとう」

「ありがとう」

「僕も彼女ほしーなー」

「広瀬におらんのが不思議やけどね」

「うーん、優しい人って言われて対象外になるっぽい」

「あーわかるわー」

「えー」

地元の安いケーキ屋は、同じようにふわふわとした笑顔の客で一杯だ。

頬を緩ませている奏多は、心から幸せなんだと理解した。



学生時代とはずいぶんと変わってしまった。

香ばしい匂いが鼻をくすぐる。火を通すのはそろそろいいだろう。

キッチン横に置いた電話が鳴る、奏多からだ。スピーカーにして出る。

「はい」

「あ、広瀬、寝るときの服、借りていい?」

コンビニには、肌着はあっても寝巻きは売ってない。

「いいよ、予備あるし。男物のS~Mだけど」

「十分。ありがと。今から戻る」

「はーい」

火を止めて、クリアボックスからTシャツとスウェットを出す。タオルとセットにして脱衣所に置いた。

お風呂ももうすぐ沸く。

こんこん、とドアをノックする音が聞こえる。

「あいてるよー」

「……お邪魔しまーす」

ただいまじゃないんだ。

奏多はドアを閉め、ビニール袋を下げて帰ってきた。

女性は入り用なものが多いのか、思っていたより大きめの袋だった。

「お風呂沸いてるよ。ごはんは鍋のなかに入ってるから全部食べちゃって」

「ありがとう」

「何時に帰れるかわからんから、先にご飯と風呂済ませて寝てて。ベッド使っていいから」

「え、広瀬は?」

「もしかしたら誰かの家に泊まるかもしれないし、二次会とかあったら遅くなるから、僕のことは気にしないで。鍵は閉めとくから、買い忘れで僕が買えそうなものだったら連絡して」

「わかった。じゃあ、お風呂借りるね」

「ん。終わったらお湯流しといて」

「はーい、あ、美味しそうな団子あったから買っといた。帰ってきてから食べてね」

「ありがとー」

脱衣所に消えていった瞬間、僕はずるずると座り込んだ。

異性を家にあげたことはこれが初めてで、一体全体どうしたらいいか、考え始めたら止まらなくなったからだ。

なんともなしにテーブルに置かれた腕時計をみやる。

装飾性の高い腕時計は、どこかで見たことがあるなと記憶をたどった。



「今日はありがと」

「いや、僕も楽しかったし、いいもの買えたし」

僕と奏多は百貨店の袋を持っていた。

家と学校の定期圏内にある百貨店は、年上向けのギフトを買うのに手頃な場所だった。

「ネクタイのことわからんかったから、すごい助かった」

「ゆーて僕もよくわからんけどね?」

奏多は交際相手にプレゼントするというネクタイを買った。

無難な色と柄をアドバイスして、悩みながらも選ぶ様子は、どうでもよくはないのだと感じた。

「ヒロも買ったんやね」

「うん、就活用やな」

「あー、やだなあ」

「ねー、ずっと学生がええわ~」

そう笑いあっていると、彼女の左手首になにもないことに気がついた。

僕はといえば、入学祝でもらった時計がついている。

奏多も時間は時計で確認する派だったはずだ。

「あれ、時計は?」

「ああ、壊れちゃった」

「あちゃー」

今まで腕にはめていたのは、黒地に銀の縁取りの、奏多にしては珍しいブランド物だった。シンプルなメンズライクの腕時計よ、さらば。

「じゃあ、新しいの見る?」

「そうだね、ちょうどほしかったところやし」

「自分用かー、どこで買いたいとかある?」

「いやー、安ければ安いほどええんやけどなあ」

ぶらふらと店内を歩いていたら、時計のセールが目にはいる。

「ちょうどいいところに」

「あったねー」

ブランド物のレディースウォッチも多くある。

ピンクや白、ブラウンのいかにも女の子といったものが多い。

今まで奏多がつけていなかったようなもの。

服装みたいに、小物も系統が変わっていくのだろうか。

「あっ」

奏多が捉えたものを、遅れて僕も見つけた。

銀のベルトに青地の文字盤。金色の星が散りばめられめいて、秒針が動くと文字盤が暗くなり、また一周すると明るくなる技巧に満ちたものだった。

見ていて飽きない。なにより星は奏多の好きなモチーフだった。

「…………でも、カジュアル過ぎるかな」

「スーツに着るのはカジュアルかも」

でも、とりたてて奇抜ではないし、銀のベルトはよくあるものだから。

「やっぱりやめる」

一度手に取ったものを戻して、僕は喉まででかかった言葉を飲み込んだ。

好きならそれがいいんじゃないか。

けれどもう奏多は決めてしまった。

「こっちとこっちだったら、どっちがいいと思う?」

ベルト部分がブレスレットみたいなタイプの腕時計と、オーソドックスなキレイめデザインの腕時計2つ。

「アクセサリー感覚でつけるならこっちかな。ブレスレットみたいに見えるし。使い回したいならそっちのオーソドックスな方がいいんちゃう?カジュアルな服でもあいそうやし、赤いベルト、八城に似合うと思う」

「じゃあこっちにする!買ってくるね~」

足早にレジに向かう奏多と、置き去りにされた時計を見る。

値札を見て、二秒だけ考えた。

近づいてきた店員を視界の隅に捉える。

「これください」



細かな使用傷がついているけれど、まだまだ現役の時計は、確かに奏多に渡したものだった。

彼女ができたらプレゼントしたら、と言われ、代金はその場で渡された。

やっぱり欲しかったんよね。

そう言った彼女に、なんて答えたかは、もう思い出すことができない。








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