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一晩泊まりにくる関係

異変に気付いたのは、奏多の下宿先であるアパートに近づいた時だ。

マップで確認すると、彼女の居住地は駅からは歩いて15分ほど。住宅街ど真ん中にある。安さが売りで、逆にそれ以外のセールスポイントを見つけるのが難しい。

幸い一本それたところに県道があるため、人通りはそこそこで、そこだけは女性の一人暮しでなんとか及第点と言えなくもないところだった。

それにしては辺りがざわついている。

「なんか、パトカーめっちゃ止まってるんやけど」

「せやね、マスコミの車も多いなあ」

奏多は剥き身のスマートフォンを取り出して、電源を入れた。

持ち主の顔が青白く照らされる。

「あ」

間の抜けた声が奏多から出たのと、僕が警察官に止められたのは同時だった。

窓を開けると、人の良さそうな顔が近づいてくる。

「ごめんねー、ちょっとここ通行規制してるんだわ」

「え、この道通って家に帰りたいんですけど……」

「ちょっと厳しいかもなー、今立てこもり事件が起きててね」

ピンときた。

嫌な予感も。

「…………それって、松野荘だったりします?」

助手席からの声に、検問担当者は驚いたようだった。

「なんでわかったの」

「なんとなく、です」

察したように、警察官の顔が気の毒そうになる。

「あー、もしかしてそこの住人さん?だったら今日は帰れないね……」

「わかりました 」

「ありがとうございます」

礼を言って車を走らせる。

奏多がカーラジオのチャンネルを変え、立てこもり事件についてのニュースをつけた。

住民を人質にとった立てこもり事件。犯人は銃を所持しているとのこと。これは当分近づけそうにない。

「八城、荷物とかは大丈夫?」

「財布とクレジット、印鑑は持ち歩いてるし、研究用のメモリーも持ってる」

「そっか」

それはひったくりにあったら終了じゃないか、とは言わないでおく。

今は吉だから結果オーライか。

ーー研究領域と学費の面から、奏多は東海(こっち)の院を選んだだけだ。

地縁はない。

「今日はバイトとか入ってんの?」

「いや、入ってない」

「っていうか、生計はどうしてるん?」

「返済不要の奨学金と、講義スタッフのバイトと、短期で」

「そっか」

真面目に研究をしようとすると、生活は厳しい。研究時間の捻出と生活費の捻出の両立は無理ゲーの域に達する。ましてや一人暮らしならなおのこと。

ファストファッションブランドで、シンプルな服で固めた姿が目に入る。

予定外の出費をする余裕なんてない。

「八城」

「ん?」

「ラブホは遠慮したいんだけど、うちくる?」

「………………」

「一応断っておくと、なにもしないしする気はないし。ネカフェに泊まるよりは健康的で、ホテルに泊まるよりは財布に優しいでしょ」

彼女はなおも考えているようだった。

「広瀬は」

「うん」

「明日休み?」

「うん」

「じゃあゲームできるか」

「や、ちょうど会社の同期との飲み会があったから、夜はあけるよ」

「…………わかった。じゃあお言葉に甘えて」

「おっけー」

あとはひたすら、ラジオニュースが流れていた。



先に下ろした奏多は駐車場で荷物を下げて、佇ずんでいた。

だんだんと言葉少なになっていって、マンションの階段をうつむき加減に上り、後ろをついてくる。

「ごめんな、荷物持たせて。しんどかったら持つから」

「大丈夫」

「ここ、エレベーターなくてさ。今度住むなら六階建ての低いとこにしよっかなって。六階以上なら絶対エレベーターあるしさ」

「うん」

他愛ない話を振るうちに4階の角部屋に着く。

鍵をポケットから出して、差し込んだ。

「荷物置くから先はいるよー」

返事を聞かず、廊下にビニール袋を置く。

振り返って見えた奏多は、ためらっているようにも見える。

「八城」

「あ…………」

奏多が持っていた荷物をそっと持つ。

「ほら、ゲームするんやろ?」

奏多はなにも言わず、小さくうなずいて部屋に入ってきた。

揺れていた瞳も、僕に対しての態度が違うことにも、全部気づかないふりをした。


「きれい………」

「そうかー?普通じゃないかな」

「全国の汚部屋のみなさんに謝れ」

「えー」

室内は、フローリングのワンルーム。ベッドとテーブル、 パソコンを置くデスク。

床には基本的に物を置かない。

きれい好きの家庭に育ったからか、常に一定レベルの清潔さを保つことはご飯を三食とるのと同じように刷り込まれていた。

「八城の部屋はどうなってるん」

「リアル見せられないよ!状態」

「まじか」

「うん」

所在なさげな奏多に、ベッドを勧めようかと考えて、それを引っ込めた。

「ほい、適当に座って」

「ん」

パソコンデスクの椅子に使っていた座布団を渡し、僕は買い出しの品を収納する。

細々と動いていたら、いつも通りのペースを掴めた。

「広瀬」

「んー?」

「ありがと。行くところなかったから、すごく助かる」

「困ったときはお互い様だからねー」

「そっか」

「そうだよ。あ、八城はシャワー派?湯船派?」

「湯船だけど……」

「あ、じゃあ、お風呂沸かしとくよ。僕はあと30分くらいで出るから、それまでに簡単な料理つくるね」

「なんか、手伝えることは……」

料理が苦手な奏多が、初めて入るフィールドで、なにかを手伝う。

…………リスキー。

「んー、ゆっくりしててよ。強いて言うなら、近くにコンビニがあるからそこで必要なもの買ってくるとかでどうかな?」

「わかった、そうさせてもらうね」

「はーい」

奏多はぱたぱたと部屋を出た。

「じゃ、ちょっと出るね」

「いってらっしゃーい、気をつけて」

静かにドアがしまり、気配が遠退いてから思う。

彼女の性格上、経験値を積んでいるオーラを振り撒くことはないだろうけど。

男の部屋に入ったのは、これが初めてなんだろうか。

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