15 風呂の完成と鳥の照り焼き。
あの乱痴気騒ぎから1週間。私の生活環境は少し変化していた。あの騒ぎの後シェーラが、『約束のものなのじゃ。』と言って、鍋、フライパン、上下セットの衣服(Tシャツと綿パンのような物)×3、食器類、塩(1瓶)、蜂蜜(1瓶)を大き目の桶に入れて渡してくれた。ありがたい、ありがたい。これがあるだけで全然違うな、特に蜂蜜はありがたい。甘味は本当にありがたいよ。
それから、小屋の中の掃除も済ませ、やっと住める状態に持ってこられたのが3日前。まだカブトムシの匂いは残っているが、腐葉土は全部外に出した。竹と思われる物を見つけたので、竹と木の蔓で簡単不格好な竹箒を作れたのが大きかった。屋根があるって素晴らしい。当然、窓も玄関も空きっぱなしなのは変わっていない。私に、木工技術が無いのでどうにもならないんだな、これが。寒くなる前にはどうにかしたいとは思っている。窓と玄関はそのうちシェーラにでも相談してみようかな。
それと、お風呂環境は改善していない。桶があるので、水浴びは出来るようにはなったけど、それだけ。
「あ~。風呂に入りたいな~。」
思わず声に出してしまう。
「風呂? 風呂ってなんなのじゃ? 新しい料理か?。」
独り言のつもりで発した言葉に返事があったので驚いて、振り返る。そこには、いつの間に来たのか、村長さんこと、シェーラが立っていた。そうそう、シェーラもあれから、ちょくちょく飯をたか…遊びに来るようになった。いつも手土産を持って来てくれるので何かと助かっている。
「儂が来たのじゃ!。」
いよっとばかりに右手を上げるシェーラ。左手には来るときに捕って来たのであろう、見た事のない山鳥が握られている。
「いらっしゃい。」
独り言を聞かれた気まずさから、苦笑いで歓迎する。
「お土産なのじゃ。」
シェーラは、気にする様子もなく、山鳥を渡してきたので受け取る。時計に目を向けると、針は12時12分を指しており、丁度お昼時である。なんか作れってことかな。
「いつもありがとうございます。」
私は、いい大人だからきちんとお礼を言う。
「どういたしましてなのじゃ。…ところで、風呂って何なのじゃ? 美味いのか?。」
新しい料理か何かと勘違いしているのであろう、鼻息を荒くして聞いてくる。
風呂は食い物ではありません。
「ん? ああ。いや。風呂っていうのは、ぬるめの湯を大きい桶にためて体を洗う…であってるのか? …まあ、そういう所の事ですよ。」
と、説明する。
「ふーん、なのじゃ。体を洗うなら水で十分なのじゃ。わざわざ湯を沸かすのが面倒なのじゃ。」
ヒューンと一気にテンションの下がるシェーラ、しかし。
「湯に浸かって呑む酒は格別に美味いんですがね。」
私のこの一言でシェーラのテンションが一気に上がる。彼女はアレ以来、私と同じ大の日本酒党にクラスチェンジを果たしているのだ。
「なにゅう! それを早く言うのじゃ! で、どうやるのじゃ。」
途端に食いついてくるシェーラ。
「え? どうとは?。」
「じゃから! 風呂を作るのじゃ。今! ここに! すぐ!。」
手をわきわきさせながら興奮気味で答えるシェーラ。
「ああ。さっきも言ったように、大きくて浅い桶があればそこに湯をためられるから…。」
でも湯を沸かさなければならないからどうしましょうか。と言い終わる前に。
「わかったのじゃ!。」
とシェーラは、トゥーンアニメの様に外に勢いよく飛び出て行った。
「おいおい。」
私も続いて外に出ると、すでに直径5mぐらい高さ1m弱ぐらいの立派な土の風呂と言うか、プールが完成していた。
魔法で作ったのだろうな。…便利だな、魔法。
「出来たのじゃ!。」
私にⅤサインをするシェーラ。
「すごいですね。こんな一瞬で。これ、湯を張っても土は崩れてこないのですか?。」
「大丈夫なのじゃ。固定してあるからもう一生このままなのじゃ。」
ふんすと鼻を鳴らしながらドヤ顔で答えるシェーラ。
一生って。
「で、湯はどうやって張るのですか?。」
「魔法で水を入れてから、火球を落とすのじゃ。」
あー。魔法前提ですか。がーんだな。私に自分で、風呂を沸かすのは無理だな。しかし、これ…どうやって排水するのだろうか?。
「この風呂、排水はどうするのです?。」
素朴な疑問をぶつけてみる。
「はいすい?。」
こてんと首をかしげるシェーラ。
「湯をどうやって捨てるかって事ですよ。」
成程。といった顔になり、ぽんっと手をたたいたシェーラは、竹林の方へ走っていき、竹を輪切りにしたものをもって帰ってくる。そして、風呂の壁面の下の一部に穴をあけて、とって来た竹を差し込んだ。
「これで大丈夫なのじゃ。」
ああ。そこら辺はアナログなのね。魔法的なものでどうにかするのかと思ってたよ。なるほど。
「出来たのじゃ! さっそくはいって酒を楽しむのじゃ!。」
シェーラは、右手を大きく上げて宣言する。
「やる気満々なのは良いのですが、今からっていうよりは月見酒の方が風情があっていいですよ。」
予定外の露天風呂が出来たのだ、月見酒としゃれこもうじゃないか。まあ、一番風呂は譲るとしようか、作ったのは彼女だからな。
「ん? そうなのか? じゃあ。夜まで待つのじゃ。でも、その前に昼食をた・の・し・み・に待ってるのじゃ~。」
と、素直に頷き、『儂は仕事をしたのだからお昼は期待してるのじゃ。』という表情で私を見てから、小屋の方に入っていくシェーラ。それを見ながら、私は苦笑いで山鳥の調理に取り掛かる。
「ははは。じゃあ今日は、鳥の照り焼きにでもしましょうかね。」
鳥の下処理からだな。血抜きは…しているようなので、まず羽をむしって、内臓を出す。そして適当に解体する。この辺は昔、猟師の助手のバイトの経験から、お手の物だ。今回使うのは、もも肉と胸肉。それと、私が後で個人的に楽しむ鳥レバー。鳥皮も後で使うので、丁寧にはがしていく。そして、蒸し焼きにしなければならないので、大き目の葉を森に取りに行き、準備完了。レバーと鳥皮の大半は、夕飯に使うので葉に包んで涼しい所に避けておく。
外にあるカマドに火を起こす。カマドはシェーラが乱痴気騒ぎの次の日にやってきて、魔法で作ってくれたものだ。本当に魔法って便利だな。
そして、フライパンを火にかけ、脂をひくため、鳥皮の一部を落とす。脂がなじんできたら、鳥のもも肉をカットしたものを焼いていき、ある程度火が通ったら酒を少々多めに、醤油、蜂蜜を適量加え、大き目の葉で蓋をし、フライパンを火から遠ざけたり近ずけたりしながら、蒸し焼きにする。ある程度タレが煮詰まったら、蓋である葉を取り除き、少し焦げ目がつくまで焼いていけば完成。この工程を胸肉でも繰り返す。そして、大皿の上に酒で洗ったオオバコをサラダ替わりに多めに敷き、照り焼きを盛り付けていけば、完成だ。
完成した所で、玄関の方に目を向けると、待ちきれない食いしん坊がこちらをじーっと見ていた。皿を上下に動かすと、視線が付いてくる。
「遊んでないではよっ。はよっなのじゃ。相変わらずサブの作る物はいい匂いなのじゃ~。まちきれないのじゃ。」
はよせいと催促してくるので持って行く。
ここの所ずっと料理ばかりしていて、他人の作ったものを食べていない。美味いからいいのだが、たまには、他人の作った食事も食べてみたいものだ。私は食べる専門だったのだがね。はっはっは。
「はい、おまちどうさま。」
と言い、小屋に入り、床に置く。
テーブルがないからな。…テーブルも欲しいな。まあ、外にはあるんだがな…石の板だけど。文化的生活はまだまだ遠いなぁ。
「ぬほっ。待ってましたのじゃ。」
「「いただきます。」なのじゃ。」
手を合わせて、二人同時に言う。
さて、出来はどうかなっと。はぐ、もにゅもにゅ。うん。照り焼きだ。照り焼きって感じとは少し違うが、まあそういう感じの照り焼きだ。うまく出来てる。…米が欲しいな。酒…は昼間だしやめておこう。もも肉は、やはり少し脂っぽいな。私的に胸肉の方が好みだな。さっぱりしてる。
ふと、思いついて、オオバコで巻いて焼肉の様にしてみる。
…おお。思った通りだ、美味いな。ふむ…このやり方ではもも肉の方が美味いな。…米が欲しいのには変わりないが、思ったよりあっさり食えるぞ。美味い美味い。
「うんまーいのじゃ。このタレが甘辛くて最高なのじゃ。こっちの肉の方がこってりしてて美味いのじゃ。でもこっちの肉もまけず劣らず、美味しいのじゃ~。」
シェーラの方を見ると、両手でフォークを持ち、片方ずつ照り焼きを刺して、次々と口内に放り込んでいく。食べては、だらしない顔でニコニコ笑いながら幸せそうに食っている。
ここまで美味いと言ってくれると、やはり悪くない気分だよな。
「お代わりなのじゃ!。」
と皿を出してくるが。
「もう無いです。」
と私が、言うと、ガーンと吹き出しが出ているような顔をするシェーラ。
「また夜になにか作りますから、それまで待ってくださいね。」
と私が言うと。
「仕方ないのじゃ。晩御飯のためにお腹のスペースを開けておくのじゃ。」
と、納得? してくれた。
さあ、今晩は久しぶりに風呂に入れるな。思いがけず露天風呂になったが、それはそれでいいものだ。今晩が楽しみだ。
照り焼きですが、みりんが無いので酒を多めに入れています。