10 エルフの少女と美味しい魚。
「こんないい匂いをさせておいて生殺しはダメなのじゃ! さっきは一緒にどうですかと言ったのじゃっ!!。」
出来立ての焼き魚をガン見しながら、手をブンブンと勢いよく振って猛烈に抗議してくるエルフの少女。
少し可愛いと、思ったり、思わなかったり。
「いいですよ、もともと貴方がとった魚ですし。」
と、苦笑しながら焼き魚の方を1匹シェーラの方に手渡すと、エルフの少女は満足気にうなずく。
「うんうん。ありがとうなのじゃ。では、さっそく。いただくのじゃ。」
さっそくぱくつくエルフの少女。一口かじりついたと思ったら、目をクワっ! とみひらいて勢いよく食べ始めた。
「うほっ。なんなのじゃこの味は、香りもお魚特有の泥臭さが無い上にちっとも生臭く無いのじゃ。そのうえ、香ばしい香りの中に何かそれとは違ういい香りがするのじゃ。美味ーいのじゃ~。」
ゆるんだ顔でニコニコしながら食べているエルフの少女。
うほって。おいおい…しかし、美味いって言ってくれるのは、まあ、うれしいかな。じゃあ、私もいただくか。
…むぐむぐ。うん。悪くないな。シェーラの言ってたように臭みがない。酒でよく洗ったのが効いたかな。それに思ったよりふっくらしてるぞ。そういえば、酒をかけるとふっくら焼けると聞いたことがあるような…。まあこの辺は曖昧だ。何せ私は、食べる方専門だからな。結果、美味ければそれでいい。醤油もいい感じにきいてて美味い。塩もいいが、こっちもいいな。しかし、このヤマメに似た魚、油も乗ってて美味いな。元の世界のヤマメよりも数段美味い…そんな気がする。まあそんなにヤマメばっかり食ってた訳では無いし、その辺は個人的な感想だな。
シェーラの方を見てみると、とっくに食べ終わっていて、残った骨をじいっとみてる。
何やってるんだ? あの子、まあいい。次は刺身だな。昔食ったヤマメの刺身は美味かったけどこれは、どうかなっと。
まずは、刺身醤油でないのが残念な所だが、醤油をつけて頂く。
う~ん。美味いな。これも酒で洗って正解だな。生臭さが抜けて、酒のいい香りがする。うん。美味い…が、これだけは言いたい。ワサビが欲しいな…。どこかに自生してないかな…。なんかどこかにありそうな気がするんだがな。…そうだ。このいい感じに脂の乗った魚には、ひょっとして、青じそドレッシングでも合うんじゃないかな? 思いついたら試してみるのが私流。試してみるかな。
青じそドレッシングを、刺身を一切れ摘んでかける。
ほう。いいじゃないか。イケルでないの。思ったより合うよ。以外な発見だな。青じその風味がいい感じに脂ののった魚に合う。美味い美味い。腹の方の身が青じそドレッシングには合うな。脂がのってるせいだな。
…その時、こちらの方をじっっっと見てる視線に気が付いた。顔を視線の先に向けると、シェーラがじっっっと、魚の骨を持ったままこちらを見つめていた。まだ持ってたのか…魚の骨。
「ど…どうしたの?。」
わかりきってることだが、一応聞く。
「美味そうなのじゃ…。」
ポツリと呟く、エルフの少女。視線の先は当然私が食べようとしている刺身に注がれている。
「美味いよ。少しあげてもいいけど、これは生だよ? 大丈夫?。」
西洋人は刺身を食べられない人が多いと聞く。厳密に言うと、西洋人ではないのだが、金髪だし西洋人のくくりで良いような気がするので一応聞いてみる。
「ほあ? 生? 魚って生で食べられるのか?。」
間抜けな声を上げるエルフの少女。
一応目の前で調理していたんだがな…あの時は魚を焼いていたからそっちの匂いに気を取られていたのかもしれないな。しかしこの反応は…生で食べる文化がないのか? 洋食にもカルパッチョっていう料理とかあるにはあるのだが…食文化は進んでいないっていう話だったし…いや、だったら始めは生食から入るんじないのか…? まあいいか。これ以上は蛇足だな。
「私は美味しいと思いますが、食べてみますか?。」
「欲しいのじゃ。」
生と聞いて、少しちゅうちょした後、食欲が勝ったのかはっきり答えるエルフの少女。
生だから不安だけど、好奇心の方が勝ったっていう感じだな。魔眼で確認してるから、安全だと思うよ。多分だけどな。ようし。じゃあ期待に応えてあげる事にしましょうか。…お子様口には醤油よりも、青じそドレッシングの方がいいかな? 私的にはこっちが美味かった。ワサビがあれば勿論、醤油の方が美味いがな。
口を開けて待つエルフの少女の口の中へ、入れてやる。
しかし…この構図はひな鳥に餌をあげてる親鳥だよな。
「んほう! 美味しいのじゃ~。この程よい酸味と魚の油がお口の中で混ざり合ってたまらんのじゃ! お~いし~のじゃ~。 本当にこれは、生の魚なのか!? 信じられないのじゃ! 生魚がこんなに美味しいなんて、始めての経験なのじゃ!!。」
ほほう。次は、んほうっと来たか。なにやらいたく気にいっていただけたご様子。この魚自体が、美味いってのもあるのだけどな。
「もっと欲しいのじゃ。」
あーんと口を開けて迫ってくるエルフの少女。
いやいや待て待て。作った物を気に入ってくれるのは、大変ありがたい事なのだが、これは私のご飯だよ。そんなに沢山はあげられない。私もお腹がペコちゃんなのだよ。
「ちょっと待って。…後はこれだけですよっと。」
残りの3割を、別の洗った葉の上にのせて、青じそドレッシングをかける。
「ぬう。仕方ないのじゃ。」
しぶしぶと言う感じで頷くエルフの少女。なにか、酷くご不満なご様子。
これ以上はあげられないよ。これ以上取られたら、私の分が無くなってしまうじゃないか。また催促が始まる前に食ってしまうことにしよう。
残りをペロリとたいらげる。
美味かったけど…少々物足りない。端的に言うと量が少なかった。もう少し欲しかったな。白い飯でもあれば良かったんだが…まあ、無い物は無いのだ。我儘は言うまい。
「どうでした?。」
一息ついて、シェーラの方を向いて感想を聞いてみる。
「大変美味しかったのじゃ。あり合わせの物であれ程の物を作るとは…お主は凄い料理人なのじゃ。」
料理人だって??。
うんうんと頷きながら、素っ頓狂なことを言うエルフの少女。
「いやいやいや。違いますけど…。ただ魚を切って、焼いただけなんですけど…この程度では料理人は名乗れませんよ。」
右手を顔の前でブンブン振って、正直に答える。
「嘘は駄目なのじゃ。隠さなくてもいいのじゃ。儂には解るのじゃ。こんな美味しい物を作れるのは凄腕の料理人か、もしくは異世界から来た凄腕の料理人だけなのじゃ。…そういえば、そろそろ異世界から移民に来る時期なのじゃ…。」
凄腕の料理人は確定なのか…。それと…移民は定期的に来てるのか? 気になるワードが飛び出たな。
「だから、私はその移民ですよ。料理人では無いですけど。私の元の世界では、誰だってこのぐらいは出来るのですよ。」
できない人も大勢いるけどな。洗剤で米を洗って炊いたりトカナ…テレビでやってるのを見たが、さすがにあれはやらせか?。
「…なにゅ? 異邦人とな? 異邦人がなんでこんな所にいるのじゃ?。」
「ですから………。」
と、これまでの経緯を身振り手振りを交えて、シェーラに話す。
「わはははは。それでこんな森の奥地にな、成程なのじゃ。いきなり人の気配がする様になったから、おかしいと思って見に来てみたら、そういう事だったのじゃ。納得なのじゃ。しかし、あれだけ作れるお主が一般人だとは…凄い世界なのじゃ。」
素直に信じてもらえたのは嬉しいが、嘘を言ってるとは思わないのだろうか?
「ん~ふふふ。その顔は、嘘を疑わないのかって顔なのじゃ。ふっふっふ。問題なしなのじゃ。儂ぐらいになると魔力の流れを見れば、嘘を言ってるかどうかぐらいは解るものなのじゃ。」
と、どや顔のエルフの少女。
じゃあ、あの時じっと見られてたのは、魔力の流れを見ていたって事なのかな。
「さて。それじゃあ。美味しい物も食べた事だし、村へ案内するのじゃ。こっちなのじゃ。」
と、スタスタと歩き出そうとする、エルフの少女。
「ちょっと、待って下さいよ。手ぐらい洗わせて下さいよ。」
「それもそうなのじゃ。手がべたべたするのじゃ。」
二人で手を洗いに水場まで行く。
「改めて出発なのじゃ。」
と、二人でエルフの村に向かって歩き出した。
食っただけで終わりました。
おっさんが言っているのはあくまで個人的な感想です。