28 模擬戦中盤
「厄介だな」
ガランは試作一号機と比べるといくらか快適になった試作二号機の操縦席の中でそう呟いた。
試作一号機で追加された操縦席環境を維持するための魔法道具――冷風や逆の温風、馬車酔い快復の類は後付だったため、ただでさえ狭い操縦席を圧迫していた。試作二号機では設計段階でそれらを内蔵したため、レイアウト的にも洗練されている。
他にも同じような例は数多く存在する。試験段階で試作一号機に追加された機能は大概が後付で、全体のバランスを崩していた。試作二号機はそう言った問題点を殆ど解決している。例外は遠距離用の魔法道具、『土の槍』のバランス問題位だ。
動力系である魔導炉は暴走させたいのでなければ試作二号機のエーテライト再変換機能が付いている方が高出力だし、駆動系も整備性と言う点に目を瞑ればストリング式の方が戦闘には優れている。操縦系も機体の動きを人とは違う駆動特性を反映したものになって機体自体の速度もパワーも向上している。
総合的に見れば試作二号機は試作一号機よりも高性能だった。
だというのに互角。それはつまるところ――
「操縦者の腕の差、か」
カルロスからは融法の魔法道具で動かしている以上、融法が使える者ならば魔法道具の反応が早くなるという話を聞いてはいた。実際、創法の魔法道具を使用する際に創法の位階が高い人間が使うと効力が上がるというのは論文としても纏められている事実だ。
トーマスには融法の才能があった。それは微々たるものではあるが、その微々たる差がここに至って響いている。そして差はそこだけではない。
試作二号機が盾を前に押し出す。一種の目隠しであり、一号機への牽制だ。質量のあるシールドによる叩きつけで相手が体勢を崩せば御の字、といったところの一撃。
チェーン式の試作一号機ならばその機体のパワーで受け止めることも出来るだろう。だがあろうことかサイドステップで避けて反撃を加えてくるというのはガランにとっては想定外。
鋭い突き。刃先を潰した模擬専用の剣とは言え、その質量は本物だ。魔導機士によって人の数倍の速度で突き出された一撃は装甲を断ち切るまでは行かずとも歪ませるまでは行くだろう。対抗手段も無く受け止めるわけには行かない。
恐るべきはその精度。動きに一切のブレが無い。
カルロスの作りだした魔導機士の操縦系には一つ弱点がある。
操縦者のイメージから最適なモーションを割り出して機体を動かす。それが大前提。
ならば、そのイメージが曖昧な物だったならばどうだろう。
一つの明確な行動では無く、幾つか対策を考えたとする。相手がこうしたらこうする。或いはこうする。そうした思索は一瞬で決断され、最終的には一つになる。
だが、魔導機士を動かす際にはそれですまない。一つになるまでの思考の枝葉。そう言った物も操縦系の魔法道具は拾ってしまうのだ。それはカルロスが突き詰めすぎたが故の欠点だった。
行動に対しての予備動作。その始動は機体操縦者のイメージが確定する前から動き出している。そうした動きの結果が本来の行動とはずれてしまい、結果としてブレになってしまうのだ。
それは明確な欠点。新式の魔導機士では精密動作に向いていないのだ。
対してトーマスの駆る試作一号機の動きはどうか。
あらゆる行動が恐ろしいまでに精密だ。機体に余計な動きが無い。最適かつ最短を、最速で駆け抜けてくる。
トーマスは常に一つの行動しか考えていない。それは生身で動く時もそうだったが、己の肉体を動かす際に別の動きをさせようとすることは無い。
その思考は新式の魔導機士を操縦する際にこの上ない才能だった。
思考をダイレクトに反映し、己の肉体よりも早く反応する機体。
カルロスが新式の魔導機士を開発しなければ発掘されることの無かった才能。
トーマス・スレイは事新式の魔導機士に関してならば頂きに至れるほどの才があった。今はまだ無自覚な原石だが、鍛錬と言う研磨を施せば至上の宝玉となる。
ガランにはその才は無い。あくまで極々平凡な操縦者の枠に収まっている。
突きを必死でいなす。正確に肩関節を狙ってきた動きは、魔導機士の最も脆弱な個所を突いてきた。
関節に装甲は施せない。ストリング式でもチェーン式でも駆動系の魔法道具は構造上関節部にある。そこを破壊されれば腕が丸ごとデッドウェイトとなる。
それだけではない。水銀循環式魔導伝達路の構造上、関節部を破壊されたらそこから水銀が漏れる。各所で損傷時のバイパス経路などは用意されているが、機体内を流れる水銀の量が減る。それは魔力の伝達に多少の阻害を引き起こす。
攻撃の正確さもさることながら、その構造も熟知していないと出来ない行動だった。
ガランは知っている。トーマスが技師とも良く話を聞いて魔導機士の構造を理解しようとしていた事を。
知っている。第三十二分隊の騎士科の中で、最も実力が劣るのはトーマスだった。それに鬱屈した物を抱えていた事を。ここ一番で臆病な自分の性格を恥じている事も。その一方で負けたくないと思い続けていた事も。
ガランの観察眼はトーマスが自覚していない事まで把握していた。新たな地平でトーマスはそれらを解決できるだけの自信を得る事が出来た。
魔導機士の操縦者としてトーマスはこれからの伸び続ける。今はまだ一時その上昇曲線がガランと交わっているだけだ。だからこそ。
「悪いんだが、まだ負けてやるつもりはないんだよ!」
何れ後方に置いて行かれる定めだとしても。
今はまだ一歩前に立っていたい。
兄貴面してきたのだ。ギリギリまで壁として立ち塞がりたいと思っても良いだろう、とガランは思う。
機体を屈ませながら突きを回避する。一度伸びきった左腕を引き戻し、再度のシールドチャージの構え。と見せかけてのシールドの投擲。重量物が唸りを上げて飛ぶ。今度は試作一号機は避け切れなかった。盾の端が機体を掠めた。一歩、機体の足がバランスを支えようと地面に突き刺さる。
動きが、止まった。
ガランは操縦桿に取り付けられたボタンを押し込む。魔導炉から供給される魔力に一つの命令が乗る。左腕に仕込まれた『土の槍』が遂にその軛から解き放たれる。
射撃などと言う悠長なことはしない。今のトーマスならば、この至近距離からでも見てから避けるかもしれない。
ならば絶対に避けられない位置から撃つ。
試作二号機が拳を握りしめた。本来ならば絶対に避けるべきである魔導機士による徒手格闘戦。それを敢行しようとしていた。狙いは一つ。密着状態からの『土の槍』による必殺の一撃だった。




