23 伸ばされる手
「ふん、これは失敗だったかな」
「我々の策が結果として裏目に出たのは否定できません」
アルバトロス帝国、帝城の一室。そこでレグルス・アルバトロスはログニス王国に潜伏させている部下からの報告を受け取っていた。聞く度に渋面を作っていく。
「エルロンドでの迷宮発生。そこで個人的に作っていた魔導機士で大型魔獣を撃退。それがきっかけでログニス王国の支援を受けて量産型魔導機士が建造中……全く、性質の悪い冗談だな!」
特に個人的に作っていた、の辺りが最悪だった。どうやって予測すればいいのかとレグルスは投げやり気味に考える。
「何より驚異的なのはその速度だ。僅か三か月程度で一機目が実働試験を開始している。二機目も建造中との事じゃないか」
「報告ではクレア・ウィンバーニが主導している様です。中型魔導炉の建造は彼女の理論が元になっていると」
「全く、こんな費用で良く成し遂げた物だ……見ろ、うちの研究費の1割にも満たないぞ!」
第二皇子の手元にはかなり詳細な――或いはカルロスらが王都へ挙げている報告以上の内容が届けられていた。そこには費用の流れなども含まれている。そして建造された魔導機士の試験データさえ存在している。
「二機目は一機目のネガを潰した改善型、か」
「その様です。そちらの試験データを下回る事は無いかと」
「……頃合いだな。詳細なデータ……特に製造法等を秘匿の為にエルロンドに留めているのは我々にとっては幸運だった」
「はい。ログニスに情報を残す事無く独占できます」
その返事にレグルスは満足げに笑みを浮かべた。
「カグヤ。エルロンドから量産型魔導機士を奪取する。この作戦がログニス侵攻の第一歩となると心得よ」
「例の部隊を動かすことになりますが、よろしいのでしょうか」
「我々の切り札の一つだが、この場で切る価値は十二分にあると考える」
「承知いたしました」
一礼して、退室した副官――カグヤの背を見送ってレグルスは誰もいなくなった部屋で呟く。
「酷い話だ。国内は余と第一皇子の起こした内乱で未だガタガタ。エーテライトの鉱脈は既に枯渇が始まり、今年はいよいよ人口の減少が始まった。今でこそ国力ではログニスを上回っているが、果たしてその優位は後何年持つか……」
エーテライトの枯渇と言うのが致命的だった。エーテライトはあらゆる魔法道具の根幹だ。多少ならば他国から輸入すれば賄えるだろうが、国内の鉱脈が全て枯れてしまえばそれは他国に自国の命を握られるに等しい。そしてそうなってからではどんな逆転も不可能になる。
今しかなかった。今動かなければ十年後にアルバトロス帝国は滅亡する。
ログニスが魔導機士を量産し始めたらもう手遅れなのだ。仮に技術を奪えたとして、それを手にログニスに攻め込んだとしてもほぼ互角の国力では戦争が長引く。アルバトロス帝国に長期の戦争に耐えられる体力は無い。
一撃必殺。超短期戦こそが望ましい。
その為には圧倒的な優位を奪う必要がある。それこそ自国には魔導機士があり、相手には無い。そんな状態を。それを手にログニス全土を平定する。ログニス王国には南部に未だ手付かずの砂漠地帯が、そこに埋蔵されている多量のエーテライトが存在する。それを手に出来ればアルバトロス帝国のエーテライト枯渇の危機は凌げる。
「クレア・ウィンバーニ……そしてその元にいる第三十二工房の諸君。許してくれとは言わんよ」
大陸全土の地図を眺める。
「この地図を一色に染め上げれば。他の色が存在していた事も忘れさせられたら……戦争なんて無くなる筈だ」
嘗て掲げた理想。戦争を無くすと誓い合った仲間達との日々。それらを無駄にしないためにも。
「ログニスを落とす。次はメルエス、ハルス、大和……オルクス。大陸を統一すれば、俺は……」
地図を見つめて、レグルスは唇を引き結んだ。
◆ ◆ ◆
試作二号機の建造が始まってから二週間が経過した。既に一度似たような経験を積んだだけあって、作業は非常にスムーズだ。試行錯誤していた検査も滞りなく進んでいる。
「試作二号機、現在の不具合検出数は607件。何れも軽微。修正済み、か。順調だな」
「一号機の試験と同内容による比較試験の準備も進んでいるわ。順調ね。ちょっと怖い位」
そう言いながらカルロスとクレアは二人してコーヒーカップを口元に運ぶ。
今二人がいるのは第三十二工房が間借りしているエルロンドの魔導機士格納庫ではない。王立魔法学院内の錬金棟、十階にある『魔力加工研究室』だ。久しぶりに研究室を訪れた二人は窓を開けて中の空気を入れ替えている。掃除が一段落して久しぶりに二人でのんびりとコーヒーを楽しんでいるのだった。
相変わらず、カルロスにはその良さが分からないが。
「その試験が完了したらどうなるのかしら」
「一号機と二号機での模擬戦とかかな。一通りの試験が終わったら一号機を二号機と同仕様にアップデートも考えているけど、そこまで言ったら王都の方から何かしらアクションがありそうな気がするけど」
「そうね……。そうなったらいよいよ完成かしら」
「どうなるんだろうな。その辺り。設計図とか諸々渡して量産体制を整えて貰うとかかな……? 今度義兄さんに手紙出して聞いて見ようか」
作る事に夢中になっていたが、その後も問題だった。作って終わりではないのだ。量産が可能となれば普及させる必要があった。
「図面だけでも相当な量になる物ね。木箱五つ分だったかしら」
「この前増えて今は六つ目だ。ちょっと届けるって訳には行かないよなあ」
実機ごと王都に運ぶことになるのだろうか。そうなったら。そうなったらどうなるのか。
きっと、量産はされるという確信がカルロスにはある。それだけの物を仕上げた自負も。自分一人で作り上げた訳ではないからこそ余計に自信がある。
そうなれば各地の魔獣被害は減る。カルロスが幼き日に夢見た物が現実となる。それだけの功績があれば――。
「量産はされるでしょうね。対魔獣としても優秀だし」
そこでクレアは言葉を切った。コーヒーカップを置いてカルロスの目を真っ直ぐに見る。
「対人でもその威力を発揮する」
カルロスの思考が止まった。




