17 試験二日目の修羅場
初日の試験を終えて、明けて二日目。
その日は夜明け前の朝から戦場だった。
「股関節の換装終わったか!?」
「終わってます! 水銀の循環も確認!」
「ガラン! 疲れてるところ悪いが慣らし頼む!」
「分かった。敷地内の演習場の予約は?」
「ライラが取ってきてくれた!」
「分かった!」
初日午後の試験。跳躍試験時に、搭乗していたガランが上手く着地が出来なかった。試験行程は完走したのだが、帰還後の検査で股関節部の音響検査で異常を確認。その為超突貫での部品交換作業が夜通し行われていたのだ。
当然付けたばかりの部品ではまだ周囲になじんでいない。噛み合わせ等々の問題がある。その為慣らし運転が必要だったのだが、今日試験をやるトーマスとケビンを疲弊させるわけにもいかない。
その為、当人も機体を壊した責任を取ると言ってガランが仮眠を取りながら修理完了を工房で待ち続け、完了直後から歩兵用の演習場へ向かった。
魔導機士が飛んだり跳ねたり走ったりをするには狭すぎる空間だが、機体を軽く動かして動作を確認するには問題が無い。試作一号機が演習場へ向かったのを見てほんの少し緩んだ空気をカルロスが喝を入れた。
「まだだ! 今日の試験準備が何も出来ていない! 残り二時間で全て用意するぞ!」
後四時間で試験開始予定時刻となる。ヤザンの森も無期限の封鎖が行えるわけではないのだ。無駄に出来る時間は無かった。幸いと言って良いのか。ここにいる面々はカルロスを除いて計測班には入っていない人員だ。試験が始まってしまえばその間休めるだろう。
今日の試験は上半身の運動性能の検査。昨日の試験行程に剣を使った攻撃と、遠距離からの攻撃を防ぐという項目が追加される。検査のために用意した魔導機士用の剣と盾に問題が無いかの確認。的の設置。やるべきことはまだまだあった。
尚攻撃役のグラムとテトラは殺る気満々だった。グラムは口にはしないがその目が己の全てをぶつけると燃えていた。テトラに至っては「壊しちゃったらごめんね?」と自信満々の様子だった。どうして普段はいがみ合っているくせにこういう所は似ているのだろうか。
「一班は使用武装のチェック。ガランが戻ってきたら装備状態での慣らしと調整を行う。二班三班、馬車を用意してある。攻撃用の的を予備含めて持って行ってくれ。設置個所はここだ」
矢継ぎ早にカルロスが指示を出すと半数以上が慌てて用意されていた的を運び出し始める。的にも幾つか種類があって、木製の物から歩兵が使う様な金属鎧と同じ物、魔獣の毛皮を重ねた物、そして魔導機士に使われている装甲と同じ物等々だ。
一撃でそれらにどれだけの損傷を与えられるかと言うのも試験内容だった。
魔獣の中には超大型と呼ばれるような規格外の物もいる。そう言った魔獣の外皮や甲殻の硬度は魔導機士の装甲をも上回るという。そう言った存在を相手にする際には量産できる魔導機士は大きな力になるだろう。五十年に一度現れるかどうかと言う頻度でしか出てこない存在だが備えは必要だった。
「親分! 武装の準備が出来やしたぜ。スレイの奴を呼び戻しますよ!?」
「ああ。頼む! そこの魔法道具を使え!」
「ありがとうございます!」
拡声の魔法道具を手に取って技師の一人が駆けて行く。少し待つとそのまま試作一号機が工房内に戻ってきた。操縦席のハッチが開いて中からガランが顔を覗かせた。そこに向けてカルロスは大声で指示を出す。
「ガラン。そのままそこの剣と盾を装備してまた慣らしを頼む」
「あいよ」
「もうちょいだから頑張ってくれ」
「だいじょぶだいじょぶ。むしろカルロスちゃんの顔色やばくね? 少しでいいから横になった方が良いと思うぜ」
「開始前に少し休ませてもらうつもりだから大丈夫だよ。そっちこそこれ終わったら寝て良いからな」
「そうさせてもらうわ……活法で肉体活性化させてるけどそろそろ限界……」
活法はやはり徹夜の友かと思いながら再び操縦席へと戻っていくガランを見送る。三徹四天王はちょっと頭おかしいという変な感嘆を覚えた。それから一時間後に第一班は作業を終了。ガランを始めとした面々は午後まで休みに入った。そして遅れて的の設置が完了した二班と三班も休みに入る。それを見送ってカルロスも休もうとし、いやな事に気付いてしまった。
「うわ、マジかよ……転写の魔法道具のエーテライト交換してねえ」
一度使うとエーテライトの交換が必要な位に消費の激しい魔法道具なのだ。普及しない理由の一つだった。
気付いてしまったからには仕方がない。恐らくこの数の交換となると一人では皆が来るギリギリになるだろう。試験スケジュールはギチギチに詰め込まれている。余計な手間を取らせるわけには行かない。
「まあ今更二時間寝た程度じゃ大差ないし……」
そんな強がりを言いながらエーテライトの交換作業を行っていく。地道な作業を誰もいない工房で一人。長椅子に座って。余りの静かさに少し怖くなってくる。初めて来たときからずっと賑やかな喧騒と共にあった空間だからこそ余計に。
一個交換するのに三分ほどかかる。全部で三十五個。チマチマと続けて約半分が終わった辺りで。
「呆れたわ。まさかまだ作業しているなんて。その顔を見ると早起きしたって訳じゃなさそうね」
「……クレア?」
「全く。睡眠時間を削るなんて作業効率の面で非合理にも程があるわ。これだからカスは」
「何でこんな早くに……」
「どこかのカスが起きてたら寝かしつけようと思ってきたのよ」
行動が読まれていた。言い訳をするようにカルロスは呟く。
「いや、俺もちゃんと寝るつもりだったし……」
「でも寝ていないじゃない」
ぐうの音も出なかった。またクレアは溜息を一つ。長椅子の隣に座ってカルロスと同じように魔法道具を手に取る。
「貸しなさい。私が手伝えば少しは早く終わるでしょう。それで終わったら少しでいいから寝るのよ……責任者がそんな死にそうな顔していたらみんな気になって集中できないんだから」
「悪い……」
「お礼を言うなら言葉だけじゃなくて……ああそうだわ。ハンカチ、買って貰ってないわ」
「うっ、すまん忘れてた」
「忙しかったから許してあげるわ。この試験が終わって一段落したら一緒に買いに行くわよ。良いわね?」
「ああうん。喜んで……」
カルロスは半分寝ながら返事をする。その様子を見てクレアは聞こえがしに溜息を吐いた。
「全く。さっきから全然進んでないじゃないの。良いから残りも私に寄越しなさい。そしてそんなふらふらしている人は早く寝ちゃいなさい」
「すまん……」
仮眠室に向かう元気も無い。そのまま長椅子で眠りに就こうとしたカルロスをクレアが叱責した。
「ちゃんと横にならないとダメよ」
「…………」
もう既にカルロスの意識は飛んでいた。ふらふらと上体を揺らしてクレアにもたれかかる。
それにクレアは溜息を再度一つ。それだけして押し返すことも、起こすこともせずに黙々と――なるべく音をたてないように静かに。交換作業を続ける。
そんな静かな時間は約一時間後、アリッサが元気な声であいさつをしながら工房に突入して来るまで続けられた。




