13 アリッサとカルロス
「先輩ここ、教えて下さい!」
「先輩、これでどうでしょうか」
「先輩先輩、見てくださいこれ!」
「先輩!」
ある時は試作一号機の中で。ある時は図面の前で。またある時は自分の成果物を持って。
兎に角アリッサはカルロスの側にいた。クレアが魔導炉の関係で自分のチーム(気が付いたらそうなっていた)と付きっ切りで確認と調査を行っている間ずっとである。
融法が使えるのが二人だけなのだから、そうなるのもおかしくは無い。だがそうした作業上の絡みを超えてもアリッサはカルロスにくっついていた。
「んーあれは俺の見立てだと惚れてるね」
「……お前の場合、自分は兎も角他人への好意を見分けるのは図抜けているからな。そうなんだろうな」
ガランの言葉にケビンが控えめに同意した。ケビンから見てもそう思えるのだ。ケビン自身鋭い方ではないという自覚がある。余程鈍い者を除けば気付けてしまう程明け透けな好意。
今は交代して魔導機士に乗っているトーマスと、何やらライラとカルラ、テトラの三人にこき使われているグラムの二人は気付くかどうか怪しいところだが。
特にガランは他人の色恋沙汰に敏感だ。同じ空間に惚れている相手がいる時、眼を見ればすぐに分かると豪語している。尚、他人限定だ。自分へ向けられていると勘違いした事は数知れないので、あんまり本人的には役立っていない。
「どうする?」
とガランが問いかければケビンがどうでもいい様に言った。
「どうもしない。別に彼女はうちの隊員じゃないからな。隊内恋愛禁止、何て規則があったとしても何の意味も無い」
「冷たいな。クレアちゃんの為に一肌脱ごうとは思わんのか?」
「思わん。完全に私情を排除して考えれば、カルロスの家格的にまだつり合いが取れるのはアリッサの方だ」
男爵家と公爵家。男爵家と村の名主の娘。正妻として迎え入れるには厳しいが、側室としてならば十分考慮に入る差だった。
その事を私情抜きにしないと考えられない辺り、ケビンも内心では付き合いの長いクレアに肩入れしているのだろう。ただ、彼は平等である事を心掛けている。その為どちらかに加担するという事を良しと出来なかった。
対照的にガランは情が深いタイプだ。素直に付き合いの長い方を応援することにしたらしい。
「と言うか、クレアちゃんが許容してくれればアリッサちゃんを側室に……ってのが今いる人間の中ではみんなハッピーなんだよなあ」
「俺たちの中だけならば、な。それを許さない連中何て外に出ればいくらでもいる」
「だよなあ……」
学院の外に出たら、クレアちゃんなどと呼んだ瞬間に首を撥ねられてもおかしくは無い。それだけ公爵家と言うのは重い。
「ま、アリッサちゃんには悪いけど、ここはこのガランさんが一肌脱ぐとしますかね」
そう嘯きながらガランは何時もの様にカルロスを質問攻めにしているアリッサの元へと向かう。
「やあ、アリッサちゃん。チョーッと悪いんだけどカルロスを借りても良いかな?」
「スレイ先輩……はい。どうぞ」
ちょっと不満そうに、だが時計を見て諦めたようにアリッサは一歩引いた。
「すみません、先輩方。私この後用事があるので今日はこれで失礼します。また明日!」
一礼して二人の前を辞す。とてもうれしそうにまた明日と言いながら。
「皆さんもお疲れ様でした!」
と工房内の面々にも元気よく挨拶してアリッサは帰って行った。その姿を見送ってからガランは軽いジャブから行くことにした。
「素直ないい子だよな。アリッサちゃん」
「ん? まあそうだな。俺の言う事をしっかりと聞いて学ぼうとしてくれてる。正直、今まで融法の話なんて他の人としたことが無かったから結構新鮮で俺も楽しいよ」
ほう、とガランは口の中で呟いた。存外、カルロスの中の好感度も高いらしい。てっきり無謀でも何でもクレア一筋だと思っていたガランにとっては意外だった。
「同郷の子だっけか?」
「そうだよ。昔会った事がある……なあガラン」
「うん?」
「お前が女好きなのは知っているけど、アリッサに手を出すならそれなりの覚悟を持ってもらわないと俺は怒るぞ?」
「ちげえよ!」
まさかの勘違いにガランは全力で突っ込んだ。聞き耳を立てていた幾人かが額に手を当てて天を仰いでいた。本気かよ、と言う声も聞こえてくる。
「いやいや、カルロスちゃんよ。もっと他に言う事無いのかよ!?」
「え……うーん。彼女が欲しければ俺を倒して行け、とか?」
「ちげえよ! そうじゃねえよ! マジボケかお前!」
二度目の全力突っ込みだった。そしてこのやり取りでガランは分かってしまった。
カルロスは純粋にアリッサに対して兄か父親目線で接している。そこに恋愛感情が挟まる余地は無い。
アリッサちゃんも可哀想に……とガランは今ここにはいない少女に同情した。
◆ ◆ ◆
「……はい。かなりの段階まで実用化されています」
エルロンドの裏街。学院がある事から学生だらけの街と思われがちだが、実際にはそれほどでもない。比率が多いのは事実だが、極々普通の街と変わらない。大通りがあって賑やかな表側の街がある様に、掃き溜めの様な暗がりに存在する裏側の街もある。
「既に一機が動作テスト中です。伝聞になりますが、噂話を集めた限りでは更にそれ以前の試作機で大型魔獣を撃退したとの情報も入っています」
その中には格安の、野宿よりはマシと言う程度の宿もあれば逆に表側では出せない用途の宿――所謂連れ込み宿やら売春宿と呼ばれる類の宿が存在していた。
その一室でまだ幼さの残る若い女性の声が淡々と報告をしていた。
「はい……はい。そうです。私見ですが量産が可能だと思われます。本物――と言うのが正しいかわかりませんが、従来の魔導機士よりは性能は劣ります。が、量産が可能と言う一点でカバーが可能かと」
相手の声は聞こえてこない。その声の主は喉元に一つの魔法道具を押し当てていた。そして同じような物を耳にも。彼女が声を発するたびに魔法道具に埋め込まれたエーテライトが光、時折耳の魔法道具のエーテライトが同じように光る。
遠隔地との会話が出来る魔法道具。刻まれている魔法式が複雑すぎて、現代では複製が不可能な古代魔法文明時代から遺された希少な魔法道具である。融法と射法の組み合わせ。喉元の振動を拾って耳元で同じように振動して音を出す。構造はシンプルだが実現には気の遠くなるような現代からは隔絶した理論が使われていた。
「開発の中心人物は――クレア・ウィンバーニです。彼女は非常に高い位階の創法の使い手です。彼女抜きでは中型魔導炉の開発は成し得なかったでしょう。その他にも量産型魔導機士では不可欠の技術を開発しています。彼女を押さえれば他は不要かと」
順調に進んでいる魔導機士開発。
彼らとは無関係な所で暗雲が立ち込めていた。




