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死霊術師の人型兵器研究日誌  作者: 梅上
第二章 学園編:下
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03 逆同調

 全身を他人の魔力が這い回る。その異物感にカルロスは吐き気がこみあげてくるのを感じた。

 慌てて身体を起こそうとするが、動かない。

 

(! 身体の制御を乗っ取られた!?)


 驚きの声を漏らすことも出来なかった。今、カルロスの肉体はカルロスの意思で動かすことが許されていない。何者かが融法による完全な同調を果たしている。

 慌ててカルロスは意識を集中させる。自分自身の身体への解法。他人の魔力を感じる。そこに同調。相手の接続経路を辿っていく。焦らず、慎重に。身体が動かせない以上、魔導炉の操作が行えない。つまりは魔力の追加は出来ない。無駄なく最短の手順で解決する必要があった。

 

 融法による肉体機能の同調。理論上は可能だとカルロスも知っていた。だがそれが行えるほどの位階の人間にはお目にかかった事が無い。

 カルロスの6と言う数字でさえ非常に稀なのだ。そしてそのカルロスにさえ気づかれない程あっさりと同調を行った相手はどれほどの位階なのか。

 

 魔力の流れを探る。直接触れられていない以上、射法で遠隔からカルロスに融法を掛けている可能性が高かった。そうなるとカルロスに出来るのは受け身の抵抗だけだ。カルロスに射法の才は無い。仮に一メートル後ろにいるのだとしてもどうしようもない。

 

 だが探っていくとどうも違う。直接接触による肉体同調。その起点は、カルロス自身が解法で解析を行う為に触れたコントロールスフィア。そして、カルロス自身の解法が経路となって肉体に同調していた。それに気付いたカルロスは自身の解法を止める。

 

 だが既に相手の魔力はカルロスの解法に関係なく接続されている。

 残りわずかな魔力で何が出来るか考え、強硬手段を選ぶ。創法で自分の前に空気を圧縮し、開放する。吹き飛ばされるように魔導機士の操縦席からカルロスの身体が転がり出る。

 

 途端、自由になる身体。ハッチから落下しそうになる身体をどうにか押し留めて、安堵の息を吐く。このまま転がったら怪我をするところだった。

 肉体的な安全が確保されると今まで感じていた違和感を思い出して身震いする。

 

「何だ、これ」


 心臓の鼓動が常の倍近い速度になっている。一瞬前まで自分の身体が自分の手から離れていたという事に溜まらない恐怖を覚えた。

 

「一体誰が、こんなことを」


 誰が、と問いを口にしたがカルロスにはもう正体が大凡掴めている。ただそれを認めたくないだけだった。

 

「魔導機士には、意思があるのか……?」


 より正確にはコアユニットに意思があるというべきか。少なくとも以前に筐体を解析した時にこんな現象は起きなかった。

 コアユニットへの解析が進まなかった理由はその意思が妨害してきたと考えればおかしくは無い。

 

 問題は、そんな事を今の今まで誰も気付かなかったのかという事だ。

 或いは、同調された結果全員気付かなかった事にされたのか。

 

 理由は定かではないが兎も角。

 

「危険、だな」


 あのまま放置していたらどうなっていたのか。単に認識を弄られて、解法に失敗した。もうやらないで置こうとなるのだったら良い方だ。肉体を奪われていた以上、自傷行為に及ばれていても止めようがなかった。少なくとも対策を練らないと解析は行えない。

 或いは解析そのものがトリガーとなっているのかもしれない。少なくとも魔導機士に触れていたら突然自殺したなどと言う話は――御伽噺以外では――聞いたことが無い。

 

「図書館に行ってみるか……」


 王立魔法学院の図書館は、王都にある王立図書館に比べると一歩譲るがかなりの蔵書量を誇る。その中には古代魔法文明時代に記されたとされる書物の写本もある。その辺りは許可が無いと閲覧も出来ないので、許可を得るところからになる。

 

「魔導機士についての本は最近のしか読んでなかったからな……」


 そもそもが最新の物以外は気軽に触れられる場所に無いというのが理由だったが、本格的に魔導機士の本体部分にも手を出していくとなるとより深い――特にコアユニットに関する知識が必要になるという実感を得た。

 

「禁書クラス……は流石に無理だろうな」


 封印されている様な書物は無理にしても、手続きを踏めば読める物ならば全て目を通すべきだろう。

 その前に。

 

「イーサ義兄さん」

「ん? どうした。さっきも偉い勢いで飛び出してきたが」

「ちょっとびっくりしちゃって……。イーサ義兄さんは魔導機士に乗っている時にこう、変な感じになったことある?」

「変な感じって何だ、変な感じって」


 そう笑って腕を組んで考え込む。

 

「うーん。そう言われても特に思い当るような物は出てこないな」

「そっか」

「何かあったのか?」

「いや、別に。解析が上手く行かなくて」


 その会話を聞いていたのか。腹部のハッチから中に頭を潜り込ませていたクレアが鼻先を油で汚しながら顔を出した。――ウィンバーニ公爵本人やその細君が見たら嘆きそうな格好だなとカルロスは思う。

 

「カスの解法が失敗するなんて珍しいわね」

「ちょっと知識不足かもしれないから図書館で調べてくるよ」

「そう。私は私で魔導炉の制御について調べてみるわ。どうも、大型炉の制御とは違って機械式だけじゃなく、魔法道具も併用したより複雑で効率的な運用方法を――」


 長くなりそうだと察したカルロスは片手を上げてそれを断ち切る。

 

「その話はまた今度ゆっくりと聞く。俺は図書館の使用申請をしてくる」

「ああ。カルロス。図書館使うならこれ持って行け」


 そう言い残して駆け足で街まで戻ろうとしたカルロスに、イーサが四角いカード状の物を手渡した。

 

「これは?」

「うちの隊長殿が用意してくれた、推薦状だ。これがあれば図書館の利用申請もスムーズだろう」


 それはカルロスには有難い話だった。どれだけの効力があるかは分からないが、少しでもあの煩雑な手続きを減らせるに越したことはない。

 

「今日は多分こっちに戻ってこないから、イーサ義兄さん。クレアの事よろしく!」

「おー任せておけ」


 走りながらカルロスは愚痴る。

 

「こういう時活法で身体強化が出来れば楽なんだけどな……」


 悲しい事に人間の運動能力を超える事は出来ないので息も絶え絶え、汗まみれになりながらカルロスはエルロンドに戻り、王立魔法学院の敷地に入る。そのまま管理棟へ向かい図書館の利用申請を行う。

 

「閲覧制限書架の使用も申請したいんですけど……」

「閲覧許可証は?」


 冷たく事務員に言われてカルロスは心が折れそうになりながらも、先ほど渡されたばかりの推薦状を書類の上に添えた。これ自体が一つの魔法道具で、署名者本人が認めたという証になる。偽装は早々出来る物では無く、一番確実な証明方法だった。

 その名前はアレックス・ブラン。王都守備隊第一大隊と言えばエリートだ。隊長ともなれば並みの貴族よりも権力を持っている。

 

 意外な名前が出てきたことで事務員は頬を引き攣らせながらも渋々と閲覧制限許可の使用許可証を発行するのだった。

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