38 打ち上げ
「それでは、我らの勝利を祝って」
「本日八回目のかんぱーい!」
『乾杯!』
エルロンド近郊で発生した迷宮攻略と、その間の対魔獣防衛戦が終わって四日目。
諸々の後始末が完了した第三十二分隊は念願の打ち上げを行っていた。
ログニス王国では十五歳からの飲酒が認められている。とは言え、彼らは学生。普段から酒浸りでは問題があるという事で学院の規則では原則として禁じられているのだ。
だが、流石にこんな時くらいは例外だ。学院側が正式に許可を出した訳ではないが、黙認している。
そんな訳で彼らは数か月ぶりのアルコールを楽しんでいた。エルロンドの中にある、そこそこ値段の張る酒場の個室で九人、グラスを打ち合わせる。
「なあガラン。話が違うじゃんかよお。女の子全然来ないじゃんかよお」
「んー? あー。悪い悪い。良く考えたら綺麗所揃っている所に態々近付いてくるのもいないわな」
あっははは、とグラスを傾けながらガランがビールを呷る。トーマスは尚も話が違う、とまとわりついていた。
「ぐれいとすれい、何だお前ら抱き合って。実はお前らそっち系?」
テトラが赤らんだ顔でそう冷やかすとカルラが酔い以外の要因で顔を真っ赤にする。
「そっち……? 受け、攻め……」
「おい、やべえ。うちの天使が堕天しそうだぞ」
「……待ってトーマス。それはそれでありじゃねえか?」
「はーい。かるかるにそー言う不適切な話題は聞かせないでくださーい」
卑猥な方向に行きかけた会話をライラが軌道修正する。その際にカルラの耳をしっかりと塞いでいた。
「いいか。アルニカ。僕は正直に言うと君を認めているんだ。君だけじゃない。マークスもそうだ。二人とも確かに僕とは全くタイプの違う魔法理論の組み立てをしているが、その有効性は……」
「……なあカルロス、何故グラムは衝立に向かって喋り続けているんだ?」
「ケビン。それは俺じゃない。壁だ」
グラムとケビンはもう完全に出来上がっているらしく、目の前にいるのが人間か物なのかの区別もついていない様だった。流石に壁と見間違えられたカルロスは憮然としている。
「はい、カルロス。あーん」
「…………あーん」
そしてクレアはと言うと。酒気で顔を真っ赤にしながら甲斐甲斐しくカルロスの世話を焼いていた。肩と肩が触れ合う程に寄り添いながら、つまみを匙で取ってカルロスの口元に運んでいる。
その表情は思いっきり緩んでいた。カルロスが未だ嘗て目にした事が無い程に幸せそうな顔をしていた。
「こいつ酔うとこんな風になるのか……」
カフェインは頻繁に共にしていたが、アルコールを共にしたのは初めてでカルロスも戸惑っていた。心なしか、乾杯以外の時は皆から微妙に席を離されている気がする。
「なあ、クレア……とりあえず少し離れてくれ」
と、言ってみると第三十二分隊女性陣からブーイングが飛んできた。
「アルニカ君。それは無いと思うな」
とカルラ。
「あるにか! うぃんばーにの心遣いを踏みにじる気か!」
とはテトラの談。
「今のくれくれを引き離すのはちょーっと可哀想じゃないかなー?」
そしてライラが締めた。
フルボッコだった。特にいつもにこにことしているカルラの冷たい視線はカルロスにも結構応えた。他の二人は大体何時もこんな感じで馬鹿笑いしながらからかってくるのでそこまで傷は負わない。若干キャラ被ってるよな、と言うのは禁句である。一度言ったトーマスは酷い目にあったとしか言えない目にあった。
「あーそうそう! 俺今回の勝利を祝して記念品買ってきたんだ!」
このカルロス吊し上げの空気を換えようと思ったのか、それとも単に空気を読んでいないだけなのか。トーマスがそう言って足元から包みを取り出した。
テーブルの上に並べられたのは真っ白な目元を隠す面。眼を覗かせる穴と、その周囲に描かれた文様以外に特徴の無い面だった。
「何でマスクなんだ……?」
グラムが大分酔った顔つきでそう尋ねた。衝立とカルロスの区別もつかなくなっていた様だが、仮面を認識することはできたらしい。
「いや、ここに来る途中で露店で売ってるの見かけてさ。人数分だったから丁度いいかなって!」
「ふーん」
自信満々のトーマスに対して、クレアは薄い反応を返した。と言うよりも、今のクレアはカルロスしか目に入っていないらしい。
「すれすれにしては良いアイデアだね」
「え、レギンさん的に俺はどんな評価だったんでしょう……」
「そんな残酷な事はいえないかなー」
その回答にがっくりと肩を落とすトーマスを不憫に思ったのか、カルラがフォローする。
「で、でもスレイ君が言うみたいに記念品持つっていうのは良いと思うよ! 記念になるし!」
記念品なんだから記念になるのは当たり前だろうと突っ込めるだけの思考力が残っている人間はいなかった。それでも皆カルラの言葉に同意して一人一つ手に取る。
「はい、カルロス」
「……ありがとう」
カルロスの分はクレアが取った。そして自分の分を手に取ろうとして、テーブルの上に仮面が無い事に気が付く。
「あれ?」
「ん、トーマス一個足りないぞ」
「おりょ?」
人数分買ってきたんだけどなーと言いながらトーマスは指差しながら数えていく。1から8まで数えたところで数字が止まった。その光景を見ていたガランが堪えきれずに笑い出す。
「おま、自分を数に入れないとかそんな古典的なミスを……!」
「え? うお、マジだ!」
「……お前、飲む前から酔ってたのか?」
ケビンの冷静な突っ込みが入った。そこでふと考える様に頭を押さえた。
「いや、確かトーマス。お前何時だったかも自分の分を入れないで食糧の申請を出して俺たちを飢えさせたことあったな」
「常習犯かよ」
カルロスの突っ込みも空しい。どうするか、という空気になったところでクレアが言う。
「んー私の分は良いよ。カルロスと共有で」
「その内俺が同じ様な物用意してクレアに渡しておくよ」
「すまんカルロス……頼む……」
失態を犯してしまったトーマスは可哀想な程に落ち込んでいた。確かに勢い込んで取り出した物がこれでは落ち込みもするだろう。
「あーそう言えば私も屋敷から持って来た物があったんだった」
と言いながらクレアも足元に置いていた袋から瓶を一本取りだす。
「何か高いお酒らしいんだけど皆で飲んでってうちのパパが」
クレアの父親。つまりはウィンバーニ公爵その人である。公爵が高いお酒という様なお酒……? と全員が首を捻った。
テーブルの上に置かれた酒は赤ワインらしい。胡乱げな瞳でラベルを見るが、この場に酒の善し悪しが分かる人間はいない。一人を除いて。
「えーっと、ロゼルの543年だと!?」
酒好きのガランがラベルを見て絶叫した。
「何それ?」
持って来たクレアが首を捻る。
「ええい、この酒の凄さが分からん奴らめ! 酔っ払いにも分かるように説明してやると、この年のロゼルのワインは葡萄が不作で全部で百十七本しか作られてない! 一本二千五百万ルクスが最低価格だ!」
その言葉にクレアを除く全員が咽込んだ。余裕で家が建つ金額だった。
「へー高いのね」
とクレアは言っているが、恐らく分かっていないとカルロスは思った。本質的に金持ちであるクレアの金銭感覚を当てにしてはいけない。
「とりあえずだ、飲むにしてもこんな酔っぱらっている時じゃなく、素面の時に味合わないと勿体ない。と言うか許せない」
そんなガランの懇願するような言葉で、今日この場での開封は見送られることになった。
卒業の日にでもみんなでお祝いに飲もうという方向で決まったのだった。




