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死霊術師の人型兵器研究日誌  作者: 梅上
第九章 第一次機人大戦:急
360/419

30 墓守作戦:2

 触媒を己の炉心にくべていく。薪を燃やす様に。花を燃やす様に。ただ一度の奇跡を成し遂げるために全てを投げ捨てる。

 

 悔いなど無い。躊躇いなど無い。ここであの男を殺さなければ大陸に、クレアに安寧の日々は来ないと知っているから。

 

 連合王都ユニゾニアは文字通りのハルス連合王国の中心だ。それは政治、行政だけでは無い。経済、人の旅路。そうした物でも中心ではあるが、同時に地脈の中心地でもある。ハルスを流れる多くの地脈がここで一度集合し、再度流れていく。その流れを活用できれば、魔導機士以上の規模の魔法を使用する事も出来るだろう――その代償として術者は脳を焼き切られて死ぬことになるだろうが。魔法道具では地脈の干渉による揺らぎを現状補正できないので人間にしか出来ない奥の手だ。

 

 カルロスはそれを使う。元より己の肉体など既に死んでいる。今更残った脳が焼切れようが関係が無い。むしろ、今ここで残った自分の肉体を触媒として全て燃やし尽くす覚悟だった。

 

 過去を呼び出す死霊術に、代替品を作り出す模倣の大罪を重ねる。本質的な所で、この二つは相性がいい。カルロスとしても納得できる話だった。自分に宿った大罪が偶々の一致であったとは考えてはいない。

 

 ここはハルスの中心だ。即ち、ハルスの歩んできた時代と言う物の中心でもある。微かに染み付いた600年間の人々の想念。その全てを味方に付ける。ここに契約は成立した。相手の同意が有って、反則に反則を重ねて。カルロスはここに歴史を顕現させる。

 

「『大罪・模倣(グラン・テルミナス)』――虚城よ、甦れ!」


 打ち破られ、無残な穴を晒す第一城壁と第二城壁。それを取り囲むように地面から壁が生える。否、それは壁と呼んでいい物なのかどうか。その材料は白骨であった。人の成れの果てが絡み合い、先を競って天を目指し、巨大な壁を作り上げる。それはこの地で落命して行った人たちの集合体。六百年の歴史を刻んだ都市が抱えて来た人々の思い出とでも呼ぶべき物。彼らは無法にも祖国を滅ぼす為に来た侵略者相手に容赦はしない。魔獣相手ならば小一時間も持たないであろう壁は、対アルバトロスに置いては決して貫けぬ無敵の壁となる。

 

「死霊術……」


 レグルスが呟くと同時、更に地面から追加で現れる存在。それらは嘗てこの地で果てた魔獣。太古の地層より蘇りし、龍が生きていた頃の魔獣たちである。群れを成せば龍族にも抵抗できる程の個体が二十数匹。明らかに生命の尽きた魔獣の群れ。それを認めてレグルスは一つの魔法道具を放り投げる。

 

 球状のそれが弾ける。それだけで今しがた現れたばかりの死霊魔獣の群れは動きを止めて崩れ落ちる。

 

「ふむ。フィリウスの対抗策とやらは有効の様だな」

「……ちっ。父さんの魔法か」


 死霊術師として、フィリウス・アルニカはカルロス・アルニカのほぼ上位互換と言える。そもそも、カルロスは当初アルニカ家を継ぐ予定など無かったのだ。継承予定の長男、予備の次男。そして長女のミネルバ、三男カルロスの四人。必然、カルロスは死霊術について基礎しか学んでいない。ミネルバに至っては皆無だ。フィリウスも長男と次男には己の全てを叩き込もうとしていた為、必然カルロスはその深奥に触れていない。

 だがアルニカ領で発生した魔獣騒動によって長男と次男が落命。長女にも消えぬ傷跡を残して、三男はそこで己の進むべき道を見出した。アルニカ家にとってはあらゆる意味で転機となった事件である。

 

 そこで漸くカルロスは次期継承者となったのだが、その時にはもう彼は魔導機士に傾倒していた。黴臭く辛気臭い。死体ばかりでグロテスクな作業が多い。そんな死霊術よりも人々からも尊敬の目を集め、何よりも自分たちを救ってくれた魔導機士の方にカルロスは走ったのだ。結果として、カルロスはとうとう死霊術の神髄には触れていないのだ。

 

 故に、二人の間には大きな差がある。それこそ、カルロスの作り出したリビングデッドなど軽く捻る様に消し去ってしまう程の。フィリウスがレグルスに持たせた魔法道具はまさにそれである。リビングデッドの人工精神体を消し去る魔法。多量の兵力を失ったカルロスだが、落胆は少ない。元々その可能性は考えていた。帝都であれだけの群れを見せた以上、無策でレグルスが来るとは思っていなかった。これはその無策で来てくれたら良いという当たったら儲け物くらいの考えで準備した物だ。そして同時に、一つの確証を得るための物でもある。

 

「む……? 壁は消えていない……死霊術ではないのか?」

「よしっ! 予想通りだ!」


 望んでいた光景が飛び込んできてカルロスは快哉を叫んだ。王都を囲む白骨の壁。それは健在であった。それは即ち、フィリウスの手を以てしても突き破れなかったと言う事。転じて――カルロスが得た魂その物に干渉する死霊術はフィリウスであっても知らない未知であると言う事だ。あの白骨はこの地に眠る魂をブラッドネスエーテライトにして動かしている物。むしろ白骨は『大罪・模倣(グラン・テルミナス)』で生み出した偽物だ。殆ど拡散して人格らしい人格など残っていない魂たちであっても、ハルスの民草である。国を守るためには立ち上がる。

 

 そして、ブラッドネスエーテライトへの干渉が無い。それはカルロスにとって己の存在を保証する物。魔法一つで消し去られる可能性が無い事がほぼ確実になったと言う事である。

 

「さて、まさかこんな最前線でまた会うとは思っていなかったぞカルロス・アルニカ。貴様は集団を育て上げる事については間違いなく最高峰の人材だろうが……果たして戦士としてもそうかな?」

 

 故に、もうこれ以上は隠れ潜む必要が無い。レグルスの言葉にカルロスは操縦席の中で反論する。

 

「ああ。そうだな。確かに俺は戦士としては二流止まりだろうさ」


 ならば、超一流の道具を用意すればいい。そうして人間はここまで繁栄して来たのだから。そして、己にはその才が有るのだから。

 

「さあ行くぞ、エフェメロプテラ・セカンド!」


 その声と同時。地面から真っ白な腕が突き出した。それはまるで、墓穴から姿を見せる白骨の様な色。そして異形が姿を現す。

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