31 死霊術と人型兵器
リビングデッド化。一度死んだ者を生者の都合でもう一度使い潰す外法。
まだ、魔獣で良かったと思いながらカルロスはグレイウルフの死骸を改造していく。傷ついたグレイウルフの身体そのままでは地竜には勝てない。
そもそも中型魔獣と大型魔獣と言う時点で圧倒的に不利なのだ。元々時間稼ぎしか期待していないが、それでも限度と言う物はある。その為には能力の底上げが必要だった。
「頼むぜ……」
背後から迫ってくる地竜の気配を感じる。付近で大きな魔力の動きを察知してそれを排除しようとしているのだろう。
にじり寄ってくる死に冷や汗を流しながらもカルロスはミスを犯さないように作業を進める。そして――。
「行けっ!」
間に合った。リビングデッドとして仮初の生を得たグレイウルフは、あちこちから骨を露出させながらも果敢に地竜へと挑みかかっていく。
地竜の姿も様変わりしていた。
周囲には砂嵐を纏って外敵を近づけないようにしている。羽毛で覆われていた身体は、今は硬質化した土に覆われて鎧の様になっている。防御力の大幅な向上。それを見てカルロスは安堵の息を吐いた。
「良かった……ギリギリまで詰め込んでおいて」
グレイウルフが前足を振るう。残っていた爪に沿って砂嵐が裂けた。その隙間から中に入り込み、地竜の背に機敏に駆け上がって噛み付く。硬いはずの鎧を容易く噛み砕いて再度の出血を齎された事に地竜は苦悶の叫びを上げた。
種としてはそう難しい物でもない。蘇生のついでに、グレイウルフの死骸を一種の魔法道具にしたのだ。『分解』の魔法を牙と爪に仕込んだ。オンオフも何もない常時発動型の魔法の為、作業は楽だった。その分、死骸に込めた魔力は早く消耗する。そして魔力がゼロになったら再び虚無へと帰るのだ。今度は骸さえ残らない完全なる終わりである。
だが逆にそれまでは完全に身体が破壊されない限りは動き続ける。
地竜もリビングデッド・グレイウルフが危険な存在だと理解した。それ故に周囲の小さな生き物は無視して唯一の難敵に意識を集中しだした。
その隙こそがカルロスが最も求めていた物だ。
「よし!」
縺れ合う二匹の脇を抜けて再び走り出す。向かう先はエルロンドの街。――彼が使っている街外れの倉庫だ。
ちらりとリビングデッド・グレイウルフの戦う姿をもう一度見る。
「ごめんな」
その謝罪は誰に向けた物か。本人にしか分からないつぶやきを漏らしてカルロスは今度こそ振り返らずに目的地へと向かう。
全力疾走したまま、飛び込み奥へと向かう。そこに鎮座するのはカルロスがこれまで作ってきた魔導機士だ。
まだ未完成もいいところである。動くかどうかも分からない。だが中型魔獣への対処でこれ以上人を割けず、作戦が失敗した以上無茶でも何でもやるしかない。
文字通り、万策尽きたのだから縋れるものはこれしかなかった。
「まだ操縦系も、動力系も未完成なのに一人で動かすつもり?」
その言葉にカルロスは驚きながら振り向いた。そこにはいるはずの無い人間がいた。
「クレア、どうして」
「どうしてじゃないわ。カス。一人でいきなり持ち場を離れてこんなところで無茶をしようとして」
改めて、他者から無茶と言われると変な笑いがこみあげてきそうになる。全く以て無茶である。
「だけどもうこれくらいしか手が無いだろう」
「ええ。そうね。でもね、カス。さっきも言ったでしょう? 操縦系も動力系も未完成なのよ。未完成部分を操縦者で肩代わりしたって一人じゃ動かせっこない。……だから」
胸を張ってクレアが言う。
「私も手伝うわ」
「……は? いやいやいや。無理だって。これ一人乗りだぜ?」
「そうね。本来は一人乗り……でも今は操縦系の魔法道具を積むためのスペースが空いているでしょう? 丁度ひとり分くらいのスペースが」
クレアの言葉にカルロスは頬を引き攣らせた。確かに、可能である。乗り心地の一切を無視すれば二人乗れる。
「……危険だぞ?」
「だったら尚の事よ。カスを一人で危険な所に行かせるわけには行かないわ」
クレアが自分の意思を曲げるつもりが無い事を理解したカルロスはどうしようかと考えて、諦めた。こうなったクレアの意見を翻意させられた試しがない。
「動力系頼む」
手短に。要望だけを伝える。それはクレアの動向を認めた言葉だ。笑みを浮かべたクレアが頷く。
「任せて。まだ大分我儘な子だけど今だけでもしっかりと躾けてみせるわ」
せめて身体だけでも固定させておこうと予備のシートを突貫工事で取り付ける。創法で強引に溶接した。
カルロスは融法で機体の中枢部、本来ならば操縦系として搭乗者の操作と意思を読み取って各関節の魔法道具を動かす箇所の代理を務める。魔法道具を介さずに、自分の意思で全ての関節の魔法道具を操作するのだ。直接制御とでも言うべき方式だが当然欠点も多い。
多数の魔法道具を的確に操作しなければ魔導機士は立ち上がる事すらままならないのだ。そこをカルロスは力技でクリアする。解法で機体の状態を把握し、どの関節を何度曲げれば頭の中でイメージしている状態になるのか常時演算する。それだけで頭がおかしくなりそうなほどに忙しい。
そして何より悲しい事に、人間の頭はそこまで回転が速くない。恐らくは本来想定していた動きよりも鈍い。
クレアの言うとおり、動力系の調整になど手が回らない。
クレアは魔導炉の出力を手動で調整する。既に彼女は魔法行使限界に近いが基本的に魔導炉は安定状態の方が長い。時折発生する揺らぎを抑え込めばいいので消耗は少なく済む。
求められるのは反射能力。即時に余分な魔力を放出するなり使用するなりしないとこの機体も何時ぞやの実験の様に爆発の末路を辿る可能性が高い。
「準備は良いか、クレア?」
「ええ。何時でも」
そして第一歩を踏み出そうとしたところでカルロスがふとつぶやいた。
「こいつの名前は?」
「……それ今話すべき事かしら、カス」
「大事だ。魔法を扱う際の自己のイメージとして名前の有無で俺の中の難易度が変わる」
そう言われてしまうとクレアも少し考えて、そんなにパッと良い名前が浮かんでくるわけでもなく。
「エフェメロプテラ……」
「あ? どういう意味だそれ」
「べ、別に意味なんて無いわよ。ただパッと浮かんだだけ」
カルロスは知っている魔導機士の名前を幾つか思い浮かべるが、良く考えたらどれも何を意味しているのかも分からないような名前ばかりだった。
「オッケー。それじゃあエフェメロプテラ出すぞ」
倉庫の屋根を吹き飛ばしながら。
数百年ぶりに生まれた新たな魔導機士が産声を上げた。




