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死霊術師の人型兵器研究日誌  作者: 梅上
第一章 学園編:上
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03 魔獣

 魔力溜まりの周囲で変異した獣は魔力を帯びる。その結果、元とは全く違う生き物になる事も少なくない。

 

 そうした生き物は魔獣と呼ばれ、変異の仕方によっては天災に匹敵する被害を齎すこともある。

 流石にそこまでの規模の魔獣は滅多に出る物では無く、大概は野生動物に毛が生えたような物だが、素材としての強度は段違いだ。

 魔獣化した兎の毛皮が軽くて頑丈な皮鎧の材料になるほどだ。元々頑強な皮を持つ生き物だと最早鉱石に匹敵する程の硬度を持っている。

 

 それがロックボアと一括りにまとめられている魔獣だ。元は猪だった生き物は魔力を得たことで牙は鋭くなり、毛皮は生半可な刃を弾いてしまう。猪自体の突進力はそのままに、破壊力は大きく向上した魔獣だった。

 

 主に山間部。この学院付近にある森――ヤザンの森に存在する魔力溜まり付近には元々生息していた猪が変貌した物が多い。

 

 その魔獣をカルロスは。

 

「肉だ!」


 嬉々としながら刻んでいく。彼の手にした剣は別段業物という訳ではない。街の鍛冶屋で売っていた安物だった。それがこうも容易く切れるというのはカルロス自身の能力のお蔭だ。

 

「相変わらず解法は図抜けているわね」


 クレアは後ろからそんなカルロスを目を細めて見守っていた。普段は余り印象が無いが、こうしてクレアが両手を使っても持ち上げられないような重さの剣を振るっているのを見ると男の子なんだな、と再認識する。

 

「手伝いましょうか、カス?」

「いらない!」


 一応聞くだけ聞いてみたが、案の定断りの返事が戻ってきた。明らかに狩りを楽しんでいる。休日になると今度は普通の森で兎を狩りに行く位好きだというのだから筋金入りだ。

 カルロスの剣の振り方は独特と言える。まず軽く振って相手の身体に軽く当てる。そこから滑らせるように刃を薙いで相手の毛皮ごと肉を切り裂いていくのだ。


 そんなやり方をしているのはカルロスが持つ二つの魔法を活用しているからだ。クレアが創法に長けているように、カルロスは解法と融法と言う二種の魔法に長けている。

 

 融法は自分以外の存在との同調の力だ。相手の意識、動きを察知することが出来る。それによって微かに触れた剣先から相手の次の行動を予測し、突進のタイミングを避けて一方的な攻撃を可能にしている。

 

 解法は相手の構造の解析を行う魔法である。今回カルロスは魔獣の表皮で一番柔らかな部分を探り当てていた。そこを的確に裂くことで効率よく相手を刻んでいく。

 

 ロックボアと言う魔獣は実にカルロスと相性がいいのだ。これ以上すばしっこくなるとそもそも触れることが難しくなる。これ以上大きくなるとカルロス一人では狩れない。安全な場所まで運ぶことも難しい。得られる素材はどれも応用が利く。特に、魔導機士を作ろうとする際には何かと要り物になる素材が揃っているのだ。

 

 難易度と実益。双方を兼ね備えた理想的な獲物だった。戦闘のリズムが完全に出来上がっており、テンポよく斬撃、位置取り、魔力精製を繰り返している。

 

 とは言えそれも一対一に限った話。複数に囲まれてしまうとカルロスでは危険だ。クレアは魔導炉のボタンを押し込んで魔力を生み出す。

 腕を一振りすると自分の周囲に大量の握りこぶし大の土塊が浮かび上がる。その大半は足元の地面を利用して作りだした物だ。それを撃ちだせば強烈な面制圧攻撃となる。なるのだがクレアは中々撃ちださない。

 

 額に汗を浮かべながら相手が近寄ってくるのを待ち、十分以上に引きつけたところで打ち込んだ。豪雨の様な勢いで打ち付けられる礫にロックボアは耐えきれなかった。投石とは言え馬鹿に出来る物では無い。それが断続的に頭部に何度も撃ち込まれれば尚の事。

 何発目かの礫で顔面が陥没した。突進の勢いのまま横倒しになって滑っていくロックボアの姿を横目で眺めながらクレアはカルロスに視線を戻す。

 

 カルロスもロックボアを仕留めるところだった。失血で動きの鈍ったロックボアの首筋に一際深い傷を刻んだ。しばらく痙攣した後、動かなくなる。懐から取り出したタオルで返り血を拭いながらカルロスがクレアの元に戻ってくる。

 

「今日は大漁だな!」


 実に良い笑顔であった。本命である魔導炉の研究が進んでいない鬱憤をここで晴らしている様だ。

 

「私の心配とか無いのかしらカス」

「どちらかっていうとボアが原型留めているかのが心配だな。クレア射法は大雑把だし」

「わ、私は創法が本来専門なの。カスが一緒に来て欲しいっていうから――」


 一生懸命覚えたのに、と云う言葉は飲み込まれた。自分が誰かの為に何かをしたと宣言するのは恥ずかしさを覚える性格だった。

 実際、クレアの射法――即ち魔力などを打ち出す魔法は本当に使えるだけである。精度も射程も甘い。クレアの場合並はずれた創法と併用してカバーしているだけで射法単体では使えるなどと言ったら鼻で笑われる。ギリギリ第一段階として認められると言った所か。

 

「悪かった悪かった。取りあえずさっさと運んじまおう。血の匂いを嗅いで大物にでも来られたら面倒だ」


 既に二人にとっては繰り返されたやり取りだったのだろう。雑な謝罪と共にカルロスは次の行動を促す。実際、他の魔獣が来たら折角仕留めた二頭を諦めないといけなくなる。

 

「そうね。それじゃあカス。お願い」


 二人は軽装だ。獲物を運ぶ用の荷車も用意していない。ならばどうやって運ぶつもりなのか。

 

「はいよ」


 カルロスが軽く答えて魔導炉の釦を押し込む。一度、二度、三度。腰に差していた小さなナイフを取り出して指先を切りつける。自分の血液を一滴ずつ垂らす。

 

 大きく深呼吸。血の匂いを肺一杯に吸い込む。そうする事で自分の意識を学院に入る前の状態にずらしていく。

 釦を更に三度押す。生み出された魔力が真っ赤な色に染まる。それを振りかける様に手の平を振るう。その光がロックボアの死骸に浸透していく。

 

 赤い光に包まれ、発光現象が収まる。光が集約して目があった位置に灯火の様に小さな光が宿った。死骸が動き出す。ぎくしゃくとした動きだが確かに立ち上がり、カルロスの側に寄ってきた。死体が動き出す。そのグロテスクな光景に二人は特段の驚きを見せない。

 

「上手くいったわね」

「二体同時何て久しぶりだからちょっと不安だったけどな」


 と言いつつもカルロスの表情にその色は見えず、謙遜とみるべきだろう。死体を動かす。学院で学んでいる人間でもそんな魔法があると知る者が果たしてどれだけいるか。


 クレアは創法を駆使した錬金術を主体とした魔法使いだ。

 ならばカルロスは? その答えがこれである。解法と融法。更にクレアには劣るものの世間からすれば高い創法の三つを基軸とした死体を操る理。死霊術士。そう呼ばれる存在だった。

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