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死霊術師の人型兵器研究日誌  作者: 梅上
第八章 第一次機人大戦:破
291/419

01 陥落の日:1

 4月25日。


 これだけの傷を負ったのは何時振りだろうか。レヴィルハイドは混濁し始めた意識でそう考える。

 

「ホーガン卿! 気を確かに! 私の声が聞こえていますか!」


 そもそも、最後に敗北したのは何時だっただろうか。ゴールデンマキシマムと名付けた大罪機を飼い馴らして以降、負けるなどと言う単語とは無縁だった気がする。当然と言えば当然だろう。自分は既に致命的なまでの敗北者。既に負けてどうしようも無くなった後も尚、フィールドに留まって一人でゲームを続ける生きる屍の様な物。そんな人間が敗北など重ねようがない。そう自嘲げな笑みを浮かべた。

 

「……心配をかけたのねん」


 諧謔的な事を考えていたせいか、遠ざかりかけた意識が引き戻された。レヴィルハイドは身体を起こす。上半身に掛けられていただけの布が落ちて逞しい胸筋が露わになる。

 

「あらん、恥ずかしい」


 そう恍けたように言って、何時もの様に布を引き上げようとしたところで気付いた。

 

「……そうだったわねん」


 既に失われた己の右腕では無く、左腕で布を拾い上げた。そんなレヴィルハイドを救護兵が押し留めた。

 

「動かないで下さい! 右腕を失って出血も多量……活法の使い手が総がかりでどうにか命を繋いでいる様な状態なんです!」


 どうやら自分の状態は思った以上に悪いらしい。だが今寝ている訳にもいかないだろう。レヴィルハイドがこの傷を負った原因。それの安否を確かめなければいけない。

 

「奴がどうなったのか、教えて欲しいのねん」


 ◆ ◆ ◆

 

 発端は、開戦五日目の敗北だ。四日目に二箇所の戦場で行われた無謀な突撃。策の無い相手に両戦線の指揮官が油断していたのは否めない。だがそれ以上に相手の行動が想定外に過ぎた。

 

 ますイブリス平原。こちらも何時も通りに平原での野戦となった。昨日と少し違ったのはエルヴァートが再び盾を捨て、クロスボウを手にした機動戦を仕掛けてきた事。そして何時もよりもやや及び腰で――緩やかに下がりながらも明確な撤退をしない事だった。

 それを好機と考え、いつも以上に前に出てしまった。ここで相手の兵力を削ろうと色気を出してしまったのだ。そうして昨日、エルヴァート部隊がギリギリまで進出し、盾を放棄して撤退した地点に近づいた所で奇襲を受けた。彼らが盾だと考えていた物。それが光学偽装の魔法道具で潜伏していたエルヴァートにすり替わっていた事に気付けなかったのだ。

 

 ハルスの人間もログニス経由でエルヴァートの光学迷彩の情報は得ていた。しかし、ログニスに残っていたエルヴァリオンは最終出撃時の海上用の偽装。水しぶきを上げているというのは現物を目にしても実感の沸かない物だったらしい。まさかここまで実物との区別が付けられない代物だとは思わなかったのだろう。

 平原にいきなり木が生えたり、魔導機士サイズの岩が散らばったら違和感を覚えられる。だが前日に投げ捨てられた盾ならばどうだろうか。その数が多少増減したところでそこまで違和感は覚えない。昨日の敗走は今日奇襲を決めるための布石。それに気付いた時には既に側面からと、翻って戦線を押し上げてきた正面部隊によってハルス軍は半包囲状態に持ち込まれていた。

 

 ハルス軍はむしろその状態から奮戦したと言える。素早く方陣を組み、三方から迫る敵機を打ち落として行ったのだ。結果として被害は五分五分。ハルス軍も大破30という大損害だったが、アルバトロス軍も20機を超えるエルヴァートを失った。数の上ではアルバトロス軍の勝ちではあるが、今回の策は一度きりの奇襲だ。同じ手は使えない。むしろ奇襲を仕掛けた側からすればこの損害は敗北と言える。

 ただ問題は、アルバトロス軍の後方支援体制だった。これまでの戦闘では多少の損害は無かったかのように次の日には同じ数を揃えて来ていた。今回の損失も即座に埋められては流石にハルス側も士気が低下してしまう。ハルス側の増援は既に国内各所に要請している。そう遠くない内に援軍が来るだろう。そうなれば士気も盛り返す。そこまでを如何に兵たちを鼓舞するかがイブリス平原側の指揮官の悩みだった。

 

 彼がそんな風に悩んでいる時。既にベルヤンガ渓谷は突破されていた。

 

 ベルヤンガ渓谷ではやはり同じように盾に偽装したエルヴァートが潜んでいた。イブリス平原もこちらも、夜間に闇に紛れて入れ替わったのだった。ただこちらの指揮官はイブリス平原側よりも少しだけ慎重だった。転写の魔法道具、カルロス達がエルロンドでの試作機開発時に資料作成時に使用したあれを使い、前日の夕暮れ前の光景を保存していたのだ。それほど広さの無いベルヤンガ渓谷だから出来た対策と言えよう。そうして前日と微妙な差のある場所を予め潰し――その中で潜んでいたエルヴァートは炙り出せた――攻撃を開始したのだ。

 前日の仕込みも見破られ、本来ならばベルヤンガ渓谷のアルバトロス軍はこの日に壊滅的な打撃を受けてもおかしくは無かった。それを覆したのは約二十機の魔導機士。渓谷に入り込み、アルバトロスのエルヴァートと交戦していたハルス軍の背後を塞いだベルゼヴァートの部隊だった。

 

 ベルヤンガ渓谷が要所とされていたのは、高く脆い崖によって谷間に出来た回廊からしか侵攻できなかったからである。ベルゼヴァートの部隊はそれを覆した。魔導機士での侵攻は不可能だと思われていた崖の上を通り、ハルス軍の背後に躍り出たのだ。その技は最早機体性能では無く天才的な操縦の冴えによる物。逃げ場の無い狭い渓谷での挟み撃ち。ケルベイン部隊の指揮官は一点突破で少数の背面を抜くことを選択した。その結果は既に示されたとおりである。

 

 四機。半分以下の相手に挑み、生き残ったケルベインの数である。挟撃されたという不利な要素はあった。だがそれ以上に、幼子の投げた球を避けるかの如き容易さでケルベインの銃撃の中を掻い潜り、草を刈るかのような作業感で一機、また一機と撃破されていったのだ。生き延びた四機は技量が優れていた訳では無い。その倍する数の同胞たちが捨て身となってベルゼヴァートの壁に穴を開けたのだ。そこから更にばらけて別々の方向へ逃げたのが八機。その内の半分が追いつかれ撃破され――そうした形振り構わぬ逃亡でどうにか四機が逃げ延びたというのが正しい。

 

 そのままベルヤンガ渓谷の部隊は夜通し進軍を続け、翌日の朝にはイブリス平原に布陣するアルバトロス軍の背を捉える地点にまでたどり着く予定だった。そこに間一髪間に合ったのがレヴィルハイド率いる直属の部隊だった。

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