27 神剣使い二人
「少々手厳しいのでは?」
カルロス達が辞した後の円卓の間。そこでネリンはグランツに苦言を呈した。
「何がだ?」
「後輩様に関してです。殆ど何も明かしていないに等しいと思いますけど」
しらばっくれようとするグランツにネリンははっきりと告げる。
「大体の事情はレグルス・アルバトロスから聞いているだろう」
「彼らはそれを真実か決めあぐねている。私にだってそのくらいの事は分かりましたよ」
言外に、グランツも分かっていなかったはずがないだろうと彼女は非難していた。ネリンの考えとしては、こちらの情報を明かし、その上で協力を求める事だった。
だがグランツは明らかに情報を伏せている。現段階でも同じ神剣使い相手にも秘密主義を貫いている男だ。未だ同胞とは言えない相手に全てを明かさないのは納得が出来る。だが、最低限の情報すらも与えないというのはネリンからすると。
「彼らに決断を迫る側としてフェアではないかと」
「公平さか」
グランツの視線がネリンを捉える。年齢不詳の男の視線。ネリンは正直に言うとグランツと言う男と目を合わせるのが怖い。普段は感じない底知れ無さを突き付けてくるように感じるのだ。
「仮に、俺が全て正直に話したとしても奴らは信じないだろうよ。誰かから与えられた者に満足する気質では無い。己の手で掴み取ろうとするタイプだ」
「それは、そうかもしれませんが」
「俺に出来るのは奴らが結論を出した時に取れる手段を用意してやる事くらいだ」
むしろ誰かの言葉に唯々諾々と従う様な輩は必要ないとさえグランツは言い切る。己の手で自分の道を切り開く。その程度の気概無くしてどうして神々の闘争に足を踏み入れる事が出来ようか。
逆に、嫌々と入ってこられても邪魔だ。そう言う意味ではグランツはカルロスを然程重要視していなかった。
「欠けた神権を埋める事が出来るのなら上々だが、必須という訳では無い。奴らがこちらを信用できないというのならそれはそれで構わない」
「またそんな強がりを……」
だがネリンからすればそんな言葉は噴飯物だった。
「他の方々に後輩様の危険性の無さを説いて回っていたお方の言葉とも思えませんね」
本来ならば、大罪機持ちと言う時点でカルロスはオルクスに入った時点で狙われてもおかしくなかった。そうはならなかったのは一足先に帰国したグランツが他の神剣使いを説得して回ったからだ。
「未だ大罪としては覚醒しておらず、失われた共存の断片を持っている。私が責任を持つから奴には手を出すな。グランツ様がそこまで仰る相手とは一体どんな人なのかと思って私ここにいるのですよ?」
「物好きな事だな」
「ねえ教えて下さいません? 一体グランツ様は彼らの何をそこまで評価したのか。別に右腕さえあれば良いのではありませんか?」
比較的カルロス達には好意的だったネリンだが、私情を一切挟まず神の僕として考えるならばそれが最適解だと分かっている。そうしなかったのはネリンの私情を挟んだ判断の結果なのだが、グランツは一体どんな私情を挟んでそうしたのか。それが気になった。己をシステムの一部として割り切っている男が正常動作から外れた動きをした。気にならない筈がない。
「…………奴の在り方と、アルニカの名に少しな」
好奇心に満ちたネリンの瞳を胡乱げに眺めていたグランツだったが、観念したようにそう言葉を吐き出した。一度発してしまえば後は止める物は無く滑らかに続く。
「クレア・ウィンバーニとカルロス・アルニカの関係を知っているか?」
「グランツ様、私共の得ている情報は貴方から聞いた話だけです。グランツ様が話されていない内容は知りませんよ」
そしてその中に彼らに関する個人的な情報は含まれていない。グランツが話したのはカルロスの乗る機体、神権機と大罪機両方の性質を持つ特異機体の事だけだ。
「まあ聞かずとも見ればわかります。どう見ても恋仲でしょう」
厳密に言えば、カルロスもクレアもそうだと自分たちの関係性を認めた事は無いのだが、周囲の人間に聞けば辟易とした表情でネリンの言葉を肯定してくれるだろう。
「カルロス・アルニカはクレア・ウィンバーニを取り戻すために単身アルバトロスの帝都に襲撃を掛けた。誰かの為に必死になれる人間を俺はどうしても嫌いになれん」
これが単なる大罪機だというのならば、そんな個人的な感情は切り捨てられた。だが抜け道があるのなら。それを擦り抜けさせたくなってしまったのだ。
「もう一つのアルニカの名と言うのは?」
「以前に、同じアルニカの姓を持つ者に有った事がある。やはり奴と同じ、死霊術師だった。少々世話になってな。その時に俺は奴に約束したのだ。お前か、お前の子孫が窮地に陥った際に手を貸すとな」
「ああ、約定なら致し方ありませんね」
ある意味で神権と言うのも神との約定だ。それ故に神剣使いは約束と言う物を重視する。破る事は無いし、他者にもそれを守らせようとする。そうした理由があればグランツも重い腰を上げたのだろうとネリンは納得した。
「大罪機と神権機の本質は同じ物だ。上手くすれば大罪機を塗り潰す形で神権機を建造できるかもしれない。そんな打算が有った事も認めよう」
「正直それは望み薄だと思いますけどね……何しろ過去に例が無い話ですし」
そこでネリンは困ったように頬に手を当てて溜息を吐いた。
「でも少し残念ですね」
「何がだ」
「グランツ様がもっと心を込めて後輩様を説得してくだされば、神剣使いに私と同年代の方が入る事になるかと思いましたのに」
ネリンも今回の交渉でカルロスが加入する見込みは低いと悟っていたのだろう。溜息と共にそんな事を呟いた。
外見年齢ならば、ネリンと同じかそれよりも幼い神剣使いもいるのだが、中身は一番年下でも四十超えだ。年代が違い過ぎて話題が合わない。ネリンが期待していたのはそれだけでは無く。
「私、出来ればこの終わりの見えない争いを共に過ごす伴侶が欲しいのですよ」
「……そう言うのはあの大神官辺りで我慢しておけ」
「グランツ様は汚物に慕情を覚える変態でして?」
ネリンにとって、あの大神官は汚物という事らしい。好きになれる人間ではないが、ここまで言われると流石にあの大神官が哀れだった。
「グランツ様。心当たりは有りませんの? うちの国以外で寿命を延ばしている殿方の存在に」
「……俺は結婚斡旋所の人間では無いぞ」
「切実なのです。相談に乗ってくださいまし」
「……長耳族の連中が寿命が長い。それ以外となると……カルロス・アルニカしか知らんな」
「はあ、残念ですわ。お相手が居ないのでしたら少しお茶位したかった物ですが」
だが二人にも分かっていた。カルロスが今現在この国に残る事は無いだろうと。




