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死霊術師の人型兵器研究日誌  作者: 梅上
第五章 逃亡編
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16 捕虜

 ハッチの開いた微かな振動。それに反応してアリッサが小さく呻いた。それを見てカルロスは表情には出さない物の内心で顔を歪めた。生きている。そこに付随していた感情は彼にも判別が付かなかった。

 

 どこか呆とした表情でアリッサが背後を振り向いたカルロスと視線が合う。――いや、合ってはいない。どこか焦点がずれたままの視線。

 

「あ……先輩……?」


 そう呟くと微かに口元に柔らかな笑みを浮かべる。そこで意識が明瞭になったのか、視線が漸く絡み合う。その時にはもう笑みの残滓も残っていなかった。険しい表情で改めてアリッサはカルロスを呼んだ。

 

「先輩がこうして見下ろしているという事は、私は負けたという事ですね」

「ああ。お前の負けだ」


 勝者と敗者。上と下。光の当たる場所と当らぬ場所。それらの境は明瞭に二人の関係を別っていた。隣り合って一つの魔法道具を作っていた時間にはもう戻る事が出来ない。

 

「ここで殺しますか、先輩?」

「……いや。お前はこのまま捕える。王党派の捕虜として帝国との取引材料に成って貰う」


 仮にも第三親衛隊の隊長と言う立場だった人間だ。交渉材料にはなる。少なくともこの場で殺す、という選択を取るよりは遥かに多くの利益をもたらしてくれるだろう。

 理性ではそれが正しいと告げている。だが、カルロスの感情はその行為を否定する。ここで命を奪っておきたいと。

 経緯を考えればそれは間違いなく復讐。だというのにカルロスが抱いているのは憐み、だった。

 

 第三親衛隊は反逆者狩りで功績を挙げて来たと聞いている。それはつまり、王党派への弾圧。アリッサはラズル達の直接的な仇である可能性が高い。そんな彼女が捕虜となったらどうなるか。愉快な想像は出来そうにない。つまりはそういう事だ。これから訪れるであろう苦難を与えるくらいならばいっそここで、と思ってしまった。

 

 どうしても。どうしても頭から先輩と慕っていた頃のアリッサの笑顔が消えてくれない。顔の見えない魔導機士越しならばきっと討てると思っていた。だがこうして顔を見てしまうと、そして先ほどの邪気のない笑みを見てしまうと。後輩だったころのアリッサを思い出してしまう。

 

 嘗てアリッサは融法を使ってカルロスが気遣いが本物であることを知った。それと同様に、カルロスもアリッサがあの時間を心から楽しんでいる事を知っていたのだ。

 脅す様に突きつけた剣先が震えている。その事にカルロス自身が気付いてしまった。

 

「分かりました。敗者は勝者に従います」


 唯々諾々と。アリッサはカルロスの言葉に頷いた。彼女に抵抗する気が無いのは幸いだったのかどうか。カルロスは余計な手間を挟むことなくアリッサを拘束する。

 

「そっちも終わったか。アルニカ」


 兜の面を開けて、ラズルが帰還したカルロスを迎える。その後方にはガル・フューザリオンが苦労しながらラーマリオンを引き摺っているのが見えた。そして、氷の上にロープで繋がれているのは――。

 

「マリンカ?」

「あっ、カール! あんたこんなところで何やってんのさ!」

「……知り合いか?」

「一時期欺瞞工作として紅の鷹団に所属していた」


 なるほど。と頷いたラズルは腕を組んで唸った。

 

「さて、問題はこいつらをどうするかだが……」


 遠方に控えている……と言うよりも氷上で座礁しているアルバトロスの船も含めて、この捕えた人間たちをどうするか。その扱いにラズルは難儀している様だった。

 ここで解放しては王党派の情報が持ち帰られてしまう。かといって全員始末するというのも後味が悪い。そうなると連れていくしかない。問題は反乱予備軍を長期間の船旅で抱えている事のリスク。そうした諸々を勘案しているのだろう。

 

「ふっふふ。ここは私に任せてくれたまえ、ノーランド君」

「レギン? 何か策でも?」

「いんや、ノープラン」

 

 ライラのその人を食ったような解答にラズルは頬を引くつかせる。それをガランが緩い笑みを浮かべながら宥める。

 

「まあまあ、あいつはああいうやつだから気にすんなってラズル」

「グレイ、先輩」

「待て。お前今何で先輩を付ける前にちょっとためらった」

「いえ、深い意味は……」


 完全に後輩に絡んでいる先輩の図になっていたが、意外とガランとラズルは仲が良いらしい。話が弾んでいるのが遠目にも分かる。

 

「無事で何よりだアルニカ。二機の魔導機士が再利用可能な状態で鹵獲。戦力に乏しい我々には有難い話だな」


 鎮座した二機の魔導機士を見てアレックスは幾度か頷く。そうしてカルロスが捕えてきた人物に視線を向ける。

 

「それで、そっちは……」

「あら、何度も殺し合った仲だというのに分からないなんて悲しいわね。アレックス・ブラン」


 カルロスが口を開くよりも先。挑発的にアリッサが言葉を投げつけた。口元には先ほど見た笑みとは違う、悪意の満ちた弧が描かれている。

 

「第三親衛隊隊長の私がこんな敗残者どもに捕えられるなんてヤキが回ったとしか言いようがないわね」

「第三親衛隊だと……? まさか貴様が」

「はっ。敵の顔も知らずに戦っていたのね。この間抜け。そうよ。私がアリッサ・カルマ。貴方達王党派を僭称する叛徒共を狩るレグルス殿下の猟犬よ」


 案の定と言うべきか。カルロスが危惧した通りに周囲が殺気立つ。何故、とカルロスは思う。わざわざこんな挑発的な発言を繰り返すのか。こんな事をすればこれまでの恨みは全てアリッサに向いてしまう。

 そこでカルロスははたと気付いた。まさかそれが狙いなのだろうか。どうも見る限り、傭兵が主体の様だが少数はアルバトロスの正規軍の様だった。彼らをこの場の悪意から守る為に自分に矛先を向けようとしているのだろうか。

 

「てめえ……!」


 アリッサの暴言に耐えかねた一人が彼女に殴りかかろうとする。それを咄嗟にカルロスは止めた。

 

「待て」

「止めんじゃねえ。新入り!」


 剣呑な視線がカルロスを射抜く。カルロス自身、何故止めてしまったのか分からなかった。アリッサに思考誘導を受けていたという方が納得がいく位だ。だがそれは無いと知っている。

 慎重に言葉を選ぶ。下手な事を言えばカルロス自身の立場も悪くなる。

 

「アンタが一発殴るなら、俺も一発殴りたい。だが希望者全員が殴ってたらこいつは死ぬ。それじゃあ何の為に捕虜にしたのか分からない」

「……アルニカの言うとおりだ。余も恨みを晴らしたいところだがそれよりもこいつを使ってアルバトロスから何かを引き出す方が有益だろう」


 カルロスの言葉に構わないと言いかけていた男も、自分たちの指導者であるラズルの言葉に面と向かって反発する事は無かった。

 

「すまねえ。熱くなってた」

「いや……」


 カルロスは曖昧に返事をしてその謝罪を受け流す。むしろ彼の様に暴発するのが煮え湯を飲まされた者としては正常な反応だとも思う。

 定まらないアリッサへの感情を、カルロス自身が持て余していた。

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