06 再度の決闘
「決闘だと?」
「ああ。是非とも」
ラズルの狙いが分からずカルロスは訝しむ。その意義が一切見いだせないのだ。ハルスへの脱出を練っている今、余分に使う時間など無い筈だ。
その困惑を察したのか、ラズルが言葉を継いだ。
「俺は以前、アルニカとの決闘に敗れた。反則をして、それでも届かずに。苦い記憶だ」
そう言うラズルの表情は苦渋に満ちていた。カルロスは無言で続きを促す。話を打ち切られなかった事にラズルは礼を言って続けた。
「今の俺は王党派の旗頭だ。ハルスに行けば自由は殆ど無くなる。勝手な願いと分かってはいるが……あの日の雪辱を果たしたい」
分からないでもない。一体何があったのかは知らないが、今のラズルはあの時とは別人の様だ。と言うよりも、この砦に来るまで幾度と無く別人ではないかと疑っていたがどうやら本人らしい。人間変われば変わる物だと感心してしまった。今のラズルならば公爵家子息として表に出しても恥ずかしくは無いだろう。
そんな彼にとって、あの時のリビングメイルを纏って尚反則負けしたという事実は拭い去りたい過去なのだろう。
今の王党派は王家を確保できなかった以上、ラズルと言う公爵家の血筋を縁としている。クレアもそう言う意味ではそうだが、ここ数日参入した彼女と彼では信頼が違う。
いざとなれば先陣切って戦える彼は今後も王党派の顔となるだろう。気ままに動くことは出来なくなる筈だ。
なるほど。確かに。リベンジをするならば今しか無い。とは言え。
「俺の方には受ける理由が無いな」
勝っても負けてもカルロスにとっては厄介事にしかならない。ここの実質的なリーダーであるラズルを新参が倒せば他の者は面白くないだろう。逆に負けると新参はこの程度かと侮られる。どっちに転んでもカルロスにはマイナス要素が強い。
「分かっている。だから俺には頼むしか出来ない。どうか」
真っ直ぐに頭まで下げられるといよいよカルロスも困ったことになる。何よりこんな場面を誰かに見られたらそれだけでややこしくなりそうだった。
悩むカルロスを後押ししたのはラズルと同じように朝の鍛錬をしに来たケビン達三人だった。……死人だというのにマメな事であるとカルロスは感心した。
「なあなあカルロス。これ傍から見ていると学院自体の先輩後輩関係を持ち出してここのリーダーに頭下げさせている図、に見えんだけどどう思う?」
「ちょっと自分でもそう見えないかなって思っていたんだからやめてくれないか!」
「え、カルロス。そんな酷い事してんの?」
「信じるなトーマス……今のはガランの冗談だ」
一気に人口が増えた鍛錬場所。ふと何かに気付いたケビンが地面に膝を着いて何かを探りだした。それは置いておいて、ガランが何があったのと問いかける。
「決闘? すりゃいいじゃん」
「いや、勝っても負けても面倒だろうがよ」
「え、何で? 武術やっている以上勝ち負け何て何時もの事だろう」
今更ではあるが、カルロスは魔導科――それも研究寄りの人間だった。根本的に肉体派な騎士科とはそう言う所の考え方が違う。
「なるほど。アルニカは決闘の後のもめ事を気にしていたのか。大丈夫だ。どうせみんな賭けでもして楽しむ」
「そう、なのか?」
「そう言う連中の集まりだ」
でもなあ、と渋っていると立ち上がったケビンが受けてやってくれと口にした。
「ケビン?」
「ここの地面を見ていて気が付いたのだがな。踏み固められて地面が露出している。何日も、何日も繰り返し踏込をしないとこうはならない。お前との再戦だけを目的としていた訳では無いだろうが、真摯に鍛錬に取り組んできた結果だ。それを見せる機会を与えてやってほしい」
「クローネン先輩……」
そう言えば、この二人は先輩後輩の関係だったかとカルロスは思う。騎士科という繋がりがあった。何故自分には先輩を付けないのか気になるが。
「……言っておくけど。俺生身だと滅茶苦茶弱いからな?」
腕力以外は平均的な兵士の技量しかないのだ。今のラズルの腕前は定かではないが――低くない事は一目でわかる。正直最初から勝ち目は無いのだ。
「ありがとう、アルニカ。しかし単独で帝都に殴り込みをかけるような勇者でも謙遜をするのだな」
「いや、謙遜でも何でもなく事実なんだが……」
「では僭越ながら俺が立会人になろう」
カルロスの気が変わらない内にケビンがサクサクと話を進める。外堀を埋められている感覚になるカルロスだった。
一か所に人が集まっているのを見つけて、何事かと他からも人が集まりだす。今更やっぱりやめたというのは言いにくくなってくる。そしてラズルが言った通り、賭けを始めた。――悲しい事にラズルの圧倒的優勢だ。それだけラズルの腕前が評価されているという事だろう。
「……何の騒ぎなのかしら。これは」
微かに困惑を浮かべたクレア達もここに現れる。ざわついた空気が気になるのか。周囲を落ち着きなく見渡していた。……四年間の軟禁生活の結果人見知りするようになってしまったらしい。しばらくリハビリが必要だろう。
「決闘だってさ」
「決闘……? 誰と誰の」
「カルロスとラズル」
「またあ?」
呆れたように言うのも仕方のない事だろう。四年前にも一度やっている。それもクレアを巡っての決闘だ。彼女の記憶にも刻み込まれていた。
「カルロス。お前の木剣だ」
「ああ、ありがとう」
手にして軽く振るう。流石に今、お互いに怪我をする訳には行かない。いつぞやの様に真剣を振り回すなど以ての外だ。ラズルも同様に木剣を構えた。何時かの様に、リビングメイルは身に付けない。純粋に己の肉体のみで勝負をしようとしていた。
立会人を務めるケビンが右腕を挙げた。そしてそれを一気に振り下ろす。
「始め!」
決着は一瞬で着いた。木剣同士が打ち合わされると同時、カルロスの手からは弾き飛ばされた。そのまま木剣が首筋に添えられる。
「花を持たせてくれたのか?」
「だから俺は生身だと大したことないんだって」
「だが……以前に決闘した時はもっと」
不思議そうに言い募るラズルにケビンが肩に手を置いて制止した。
「それだけあの時のお前が未熟で、今のお前が立派になったという事だ」
「クローネン先輩」
「……なあなあ。何でケビンは先輩で俺は呼び捨てなの?」
「ふん。恋敵に敬称など付けていられるか」
「ああ。はいはい……恋敵?」
聞き捨てならない一言があって眉を吊り上げたカルロスを無視してラズルはクレアの前に跪く。
「アルニカに勝てたらもう一度伝えようと思っていました……ウィンバーニ嬢。これからのログニス再建の為の戦い。貴女には俺の隣で支えて欲しい。我が妻として」
衆人環視の中でのプロポーズに周囲がざわめく。まさかこの決闘の勝敗にそんな物を託しているとは知らなかったカルロスは面食らう。だからと言って今更カルロスに出来る事は何もないのだが。胃の痛い思いをしながら彼はクレアを見守る。
「貴方が最初から今位に立派だったら、そう言う未来があったかもしれないわね」
クレアのその言葉は遠まわしな拒絶だった。ラズルは苦笑しながら立ち上がる。どこか晴れ晴れとした表情だ。
「ええ。そう言うだろうと思っていた」
カルロスとクレアに一礼して、ラズルはその場を立ち去った。長年胸に抱えていた物を解放することが出来、重荷の取れた足取りで。




