27 生体魔導機士
その呼び声に応える様に。ロズルカの近郊から歪みが移動を始める。その歪みはまるで人型の陽炎だった。何もない様に見えて、そこには明確に何かがあるという事を示している。
その歪みが、ロズルカの開け放たれている城門を潜り抜け、建物を崩しながらカルロスの元へと走る。
そうしてカルロスの元に辿り着いた歪みはその偽装を全て剥ぎ取り去る。
ジャイアントカメレオンと言う魔獣がいる。原種であるカメレオンの背景との同化能力を更に強化されたその魔獣は、静止状態に於いて発見が非常に困難で厄介な小型魔獣の一種に数えられていた。
カルロスは、その魔獣の表皮をこの機体の表面に創法で合成したのだ。本来の色に戻ったそれは、今陽光の下で姿を晒す。
昆虫めいた右複眼。左頭部はまるで仮面を付けるかのように何かの魔獣の骨を削って作りだした物を装着して下にあると思しきエーテライトアイを保護している。そして異質な口――魔獣と誤認する様なギミックだ。
細身の脚部。昆虫の甲殻めいた装甲は最低限に。魔獣としての偽装を排除したそこからは一部内部フレームが露出している。駆動系さえも外部に見せる大胆な構成。その駆動系はストリング式ともチェーン式とも違う、どこか生々しさのある未知の方式だった。
上半身も装甲は最低限だ。やはり内部フレームが露出している箇所があるし、最重要箇所であるはずの魔導炉の一部さえ露出していた。背中には都合二本の尾らしき物と、その先端に取り付けられた鋏が見える。
全体的に細身な胴体に反して、両腕は異彩を放っている。左腕は延長しているのか、右腕よりも長い。金色に輝く巨大な爪は間違ってもひ弱さを覚えさせるものではない。
右腕。加工した地竜の革を隈なく巻きつけ、その下が一切露出しないようにしている。或いはそれは包帯の様でもあり――封印の様でもあった。
異形。嫌悪感を抱くほどの生物らしさがありながら、どこまでも人工物だった。多数の魔獣素材がそんな二律背反の印象を抱かせる。
これこそがカルロスが二年かけて用意した力。新式の技術を流用しながらも独自の深化を遂げた生体魔導機士が一つ。
かつて彼の思い人が名付けた銘は、エフェメロプテラ。
エフェメロプテラは流れるような動きでカルロスを左手の爪先で掴むと大きく開けた口から飲み込む。見ていた者達を唖然とさせながら――カルロスはエフェメロプテラの操縦席にその身を潜り込ませる。口は魔獣への偽装兼、操縦席への直通通路だ。余り利用したい物では無いし、カルロスとしてもこんな緊急時以外使う気は無かった。頭上でバルブが閉じて操縦席を閉鎖する。
「てめえ……ミズハの森の」
そう、エフェメロプテラの現在の形状。それはこれまでに何度も目撃されていた人型魔獣の物。魔獣と誤認させるための偽装を全て捨て去ってもその特徴的なシルエットは見間違え様が無い。
鉄の巨人団の頭領――ワズの言葉を無視してカルロスはエフェメロプテラを街の外へ向かわせる。こうすればあの考えなしに付き合ってロズルカでの魔導機士戦闘などと言う狂気の沙汰に付き合う必要は無くなる。
別にロズルカという街が滅んだとしても探す場所が減った程度の感想しか抱かないがそこに自分の血縁が巻き込まれるとなれば話は別だ。許せることではない。
案の定鈍い動きでアイアンジャイアントが追いかけてくる。アルバトロスの基地からは多数のアイゼントルーパー。それは鉄の巨人団の物も、アルバトロス帝国軍の物も、そして紅の鷹団の物もある。特徴的なクレイフィッシュが出てくるのを認めたカルロスは諦めの溜息を吐く。
こうなってはカールとして紅の鷹団に戻る事は出来ない。あの空間は四年前に奪われてしまった第三十二分隊の雰囲気を思い出させてくれて心地の良い場所だった。使い捨てるつもりだったのにそれが揺らぐほどには。
きっと――。
きっとそんな甘さが現状を招いた。カルロスはそう断ずる。
まだ余分があった。あの日土の味を知った日。敵対者を斬る覚悟を決めた。
だがまだ足りない。余分な物を全てそぎ落として。無駄を無くして。たった一つの機能に自分を特化させなければ、クレアには届かないとカルロスは悟った。
アルバトロスの魔導機士総数は現在500を超えている。
ここにいる総数は高々20機程度。その程度を乗り越えられない様で、どうして国を相手に喧嘩を出来よう。そこに一時寝食を共にした人物がいるとしてももう関係は無い。
ただ一つの目的の為に、それ以外のあらゆるものと決別するべきだ。そう思いながらもまだ決めきれないカルロスは八つ当たりするかのように目の前の敵を睨み付けた。
◆ ◆ ◆
「ったく……カールがいない時に魔導機士で出ろだなんてついてないね」
マリンカは溜息を吐く。アルバトロスからの緊急出撃が命じられたのはつい一時間前の事だ。魔導機士を使うテロリストがロズルカに入り込んだという情報を得たと言うので魔導機士で待機しろと言う話だった。
実に胡散臭い話である。魔導機士自体が貴重である事を考えれば、そのテロリストとやらは元ログニスの人間だろうという事は容易に想像が付く。
――もしも、紅の鷹団が最初にアルバトロス軍と接触した際に投降していなければテロリスト扱いされていた事は容易に想像が付く。
はっきりと言ってしまえば今のアルバトロスに反抗的な相手はテロリストのレッテルを張ってそのまま殲滅してしまおうという意図が見えていた。
そしてあっさりと紅の鷹団の面々を集めたアルバトロス軍――それは常に監視下にあった事を意味していた――がカールもといカルロスだけは見つけられなかったというのもマリンカには不審の種だ。見つけられなかったのではなく、探していなかったのではないかと邪推したくなる。
「クレイフィッシュを操るのが二番目に上手かったのはイラだね」
「……俺か」
「ちゃんとやんな」
「分かってるよ」
今一覇気の無いイラがのそのそとクレイフィッシュに乗り込む。それを眺めながら髭がマリンカに耳打ちした。
「姐御。俺と禿の二人でちょっと調べて見ます。何だかこれは様子が変だ」
「頼むよ。無理はしなくていいからね」
「ええ。俺らみんな姐御の花嫁姿を見るまで死ねないって決めてるんで」
「何勝手に決めてんだい!」
小声で怒鳴るという器用な事をしながらマリンカはそっと髭の背を押す。
「こっちで見張りの連中の目を引きつける。うまくやんな」
そう言いながら洗浄用の水の入ったバケツでも被って濡れ透けにでもなってやろうかとしたマリンカを周囲の悲鳴が止めた。
「ま、魔獣が街の中に侵入した!」
「何だって!?」
俄かに騒がしくなった格納庫から二人がそっと抜け出すのを見ながらマリンカは殊更に騒ぎ立てる。
「一体何があったっていうんだい。説明しな!」
「ま、まだ我々にも正確な情報は――」
「正確な情報が無いところにあたしの部下を放り込めっていうのかい! 確かにあたしらは傭兵だけど使い捨ての盾じゃないんだよ!」
「じ、実戦経験豊富な傭兵団の方たちに対してその様な事は決して……! 出撃は我々と同時になります!」
「へえ、鉄の巨人団は先行したみたいだけどね」
「それは彼らが勝手に!」
「ならあたしらも精々勝手に出撃しない様に気を付けるとしようかね……」
これ以上ここで騒いでも抜け出した二人の援護にはならないと分かったマリンカは会話を切り上げる。そうして街の方を見ていると――見覚えのある姿が飛び出してくるのが見えた。
「あれは……」
ミズハの森で追跡していた人型魔獣。あの特徴的な姿を見間違えるわけがない。だが何故ここに? という疑問がマリンカの頭を埋める。
「一体何が起きているっていうんだい」
マリンカの想像以上に状況は混沌としている様だった。




