異世界召喚!
鏡に写された未来。
それはこの街の未来だった。
城壁にいた男性、組合にいたキルケ。
この街の住民のほとんどが鏡のなかでは死んでいた。
たまたま、この街によくと言うほどではないがたまに訪れていたので分かったのだ。
あとは、いつそれが起こるか。
鏡の仲から感じた限りではそう遠く離れた未来ではなかった。
キルケのはなしによれば魔物の数も徐々に増えてきているらしい。
それほど楽観している時間もないはずだ。
この街のみんなを避難させる。
しかし、浮かんだその案を即座に否定する。
事は悪魔が関わっているのだ。
恐らく被害はこの街だけの話ではないはずだ。
それにそもそもどうやって彼らに信じてもらうというのか。
クラは自分が魔術師であることを秘密にしている。
知っているのは組合のキルケをいれてほんの数人だけだ。
ただの魔術師ならば、珍しいとは言われるだろうがそれだけですむのだが...
クラは自身の境遇を思い、ため息をつく。
とりあえずの確認を終え、街を出ることにする。
キルケのことに加え、ある程度の発見はあった。
「あとは、魔物については自分で直接見てみましょうかな」
帰り道、あえて陸路を進んで途中の魔物を見てみることとする。
☆☆☆
大学からの帰り道、コンビニによるとレジのとなりに募金箱がおかれていたのでお金をいれる。
「...あまり、いい気はしないな」
行動としてはお金をいれただけ。
確かにそのお金で助かる人もいれば、命を救われるものもいるだろう。
しかし、毎日食べ物や物を大量に捨てるこの国でお金を送る。
それもどこか忌避感と矛盾をかんじてしまう。
「こういう時は気分転換とかした方がいいんだろうな」
思い立ったが吉日と言わんばかりに自転車のハンドルを、家の方向とは逆方向に切る。
自転車で約10分。
近くの河川敷に就く。
まだ日は暮れ始めたばかりといったところで、子供たちが土手で野球をやっているのが見えた。
「なんか、こういうの、いいな」
いつか自分も通った道。
無邪気に遊ぶ子供たちの笑顔を見ていると、先ほどまでの言葉にあらわせないいやな気持というのもなくなっていく。
「すみませーん。ボールとってくださーい!!」
見れば少し降りたところに白いボールが転がっている。
「よっしゃ、いっくぞー!」
子供の声に負けず、声を張り上げる。
そして大きく振りかぶってボールを投げる。
ありがとうございますー!
そういって少年はボールを待ち構える。が、投げたボールはそのグローブを大きく超えて行ってしまった。
「ご、ごめんーっ!!」
謝るが少年も笑顔のままボールを追いかけていく。
あぁ、こんな日もあったなぁ。
ふと、思い浮かぶのはかつて友達と走り回った運動場だ。
あのころは、何もかもが面白かった、そう思えた。
小難しいことも考えず、ただその日、その時を全力で生きる。
まだ子供に毛が生えたぐらいの年齢だが、もうあのころを懐かしく思ってしまう。
ッふぁ。
心がリラックスした証拠か。
だんだんと眠くなる。
10分だけ。
そう思いゆっくりと目を閉じた。
☆☆☆
街からの帰り道。
何度か魔物と遭遇するが、危なげもなく退治する。
途中で喉が渇いたので近くの川に立ち寄った。
「そういえば、この川が、あの川なのよね…」
鏡に映った光景。
そのひとかけら。
多くの人が流れてきた川が目の前にあった。
もちろん今の川の色は透き通っていて、覗き込めばそこには魚が泳いでるのが見える。
ザッ
「ッだれ!?」
突然、気配も何もなかった背後から足音が聞こえた。
開けたところだからと言って気を許していたわけではない。
クラはあわてて後ろを振り返り、戦闘隊形をとる。
『おや、こんなところにメスの人間がいるとは珍しいな』
はたしてそこにいたのは黒い体に二本の角、大きな蝙蝠のような羽と尻尾をもった何かだった。
「あ、悪魔…!?」
『ほう、私見て気を失わないとはこれまた珍しい』
「ど、どうしてこんなところに悪魔がいるの!?」
『これは異なことを。それはこちらのセリフですよ御嬢さん。
女の子が一人、こんなところに居ては危ないですよ?』
悪魔に魔物。両者ともひとくくりに言えば魔族なのだが、その二つには大きな違いがあった。
まず一つ目に、知性を有するか否か。
魔物の中にもごくわずかだが、知性を宿すものもいる。
時にそれらは神の使いとも取られることもある。
魔物はどちらかといえば動物に近い生物だ。
しかし、悪魔は違う。
悪魔の知性は軽くそれを超えるし、性格もすべからく人を見下す。
二つ目にその能力、そして魔力。
いうなれば、戦闘力、と言えるが、それが桁違いなのだ。
どの悪魔もとても好戦的で、だがそれゆえに大昔に滅ぼされたはずだった。
悪魔は、口上ではとても紳士的だが、顔を見ればとてもげひた笑いを浮かべていた。
『仕方ありません。私が近くまで送って差し上げましょう』
「ッ結構。ご遠慮するわ!」
『なんと、せっかくの私の好意をむげにするとは…。これはいただけませんね』
全く残念そうな顔も浮かべず、さらに頬の輪郭が上がる。
「…なによ。やるつもり?」
そういってクラはいっそう強く杖を握る。
『ふふふ。それもいいですが、お前程度で相手になるかな?』
「あら、これでも結構やるのよ。あなたこそ、私を満足させられるのかしら?」
『クククッ。これは愉快だ。せいぜい楽しませろニンゲン!!』
とたん、悪魔の体の中心からどす黒い何かがあふれ出す。
「あら、口が汚くなっていてよ?」
クラも負けていない。
はじめこそ、悪魔の登場に驚いたが今は落ち着きを取り戻している。
クラからあふれ出した魔力はとても透り、量も悪魔に負けていない。
一瞬悪魔が驚いたように瞬きをするが、すぐにまた赤い口の中をさらす。
『へらず口をたたく!』
とたん悪魔の姿が消え去る。
それに合わせ、クラの口から言霊が紡がれる。
「母なる大地よ、わが願いを聞き届けたまえ。
この身に母なる恩寵を。あなたのぬくもりを。
一切の魔から我を守りたまえ!」
とたん目に見えない壁がクラを包み込む。
『チィッ、めんどくさいもの出しやがったな!』
クラの目の前に悪魔が現れ、そのこぶしを繰り出す。
が、それはクラの目の前でぴたりと動きを停める。
『は、なかなかの強度じゃねえか!』
「悪魔に褒められてもうれしくないわね!」
その隙にクラは新しい呪文を唱え始め、悪魔はまた姿を消した。
『まあ、その盾がいつまでもつかも見ものだな?』
「安心しなさい、私もあなたがこれ程度壊せないなんて思ってないから」
『抜かせっ!』
とたんクラの周りでガラスが砕けるような大きな音がした。
「…やるわね」
『これで、あんたの防御はなくなったわけだ』
次はどうする?
まるでそういわんばかりに悪魔はわざとクラから距離を取った。
クラとしても、いつまでも持ちこたえられるとは思ってなかったがこうもたやすく破られるとは想像していなかった。
「引かれ天井の門!求めしは力、欲しは従属する騎士よ!我が声に応えて眼前の脅威を、敵を滅ぼすものよ現れたまえ!」
『ほう、今度は召喚魔法か。いったい何が出てくるやら』
クラの頭上。そこに紫色の円が広がる。
はじめに銀色の足、胴、頭。
出てきたのは白い輝きをもった騎士だ。
『白騎士か。それもなかなかのようだが…、一匹では相手にならんぞ?』
「っもちろん、これだけじゃないわよ!」
白騎士がでた召喚門、そこにクラは続けて魔力を注ぎ込む。
「乙女に一輪のバラを、戦場には一振りの剣を!
ガーディアン、あなたには花を守る盾を与える。
どうかその盾で私を守って!」
すると今度は大きな盾を抱えた蒼い騎士が現れる。
『つまらんな。話にならん』
しかし、悪魔にとってそれは全くの驚異なり得なかった。
一瞬、消えたかと思うと再び現れ、その腕には二つの首が握られていた。
『やはり、この程度か。その魔力量、もう少しやると思ったのだがな』
「そ、そんな!?」
さらさらと砂のように崩れ去っていく二色の騎士。
本来、首をとられた程度で崩れるはずもないのだが、先ほどの間に致命傷を与えられていたらしい。
『ほれ、命乞いをしてみろ!』
いつのまにか、悪魔の腕はクラの首をつかみあげていた。
クラそのものにはたいした戦闘力はない。
そんな彼女に抵抗するすべなどなく、地面から離れた足をばたつかせることしかできなかった。
「だ、だれがあんたなんかに!」
『あはは、この状況でこうも強く意思を保てるとはなぁ!』
クラが強がれば強がるほど悪魔のげびた笑いは増すばかりだ。
と、しかし、悪魔がクラの目をのぞきこむと驚いた声をあげる。
『ほう、これはなんとも愉快な。きさま、我らの同胞であったか!』
クラの顔が驚きに染まる。
「ど、うして、その事を!?」
首を押さえながらも必死に振り絞る。
クラの顔はすでに白を通り越し、青くさえ見え始めていた。
『気付かぬわけがなかろう!その目の奥に潜む闇、それこそ我らの同胞であることの証明よ!』
クラが周囲に自分が魔術師であることを隠していた理由、それは自分の出血を隠すためであった。
...クラの母親、ラムナールはその昔、悪魔に囲われクラをみごもった。
当時彼女の母親はそのまた両親に儀式の悪魔に生け贄として捧げられたのだ。
彼らのいた村はいわゆる秘境地にあり、人の往来もなかったため独自の宗教がなりたっていた。
それをたまたま通りかかった悪魔がクラの母親を受け取ったのだ。
クラの母親は程なく身篭った。
その子こそ、クラだった。
クラは成長し、そこから命からがら逃げ出したのだが、その後森のなかで半死の状態だったのを見つけたのがキルケだった。
『それに、見ればなかなかの魔力も備えている。
始めから出していればそこそこ戦えただろうに。
おおかた、血の暴走を恐れたのだろう』
クラのような境遇の子供、消して多くはないが他にも何人かいた。
しかしその全員が悪魔の血に飲まれ、砕けていったのだ。
その目で、身を崩壊させるかを悪魔の膝下で見てきた。
『余興だ。その血、俺が目覚めさせてやろう!
はてさて、何が出るかな!?』
悪魔と人間のハーフ。
悪魔にとってそれはおもちゃ箱なのだ。
ときに、悪魔さえ予想もしなかった能力の発露を見せる子供がいる。
それを見るための、おもちゃ箱。
「や、やめ。...あ、あー!あーー!!!」
悪魔がひとにらみするとクラの目の奥、そこから紋章が現れた。
『ほう、これまた見たことのない扉だな...』
ひとめ見ただけでは消して扉とは思えないような形。
それは大きな瞳の形をして、血の涙を流していた。
☆☆☆
目が覚めるとそこは異世界だった。
何て事はもちろんなく、ただ眠りすぎて周りが夜になっていただけだったのだが。
しかし、どこか胸騒ぎがする。
キョロキョロと周りを見渡すと、先ほどの少年たちが野球をしていた場所、その付近で何かの影が浮かんでいた。
「なんだ、ありゃ?」
それはちょうど円と円をずらして重ねたときの重なった部分の形をしていて、少し中に浮かんでいた。
君子危うしに近寄らず、といいながら普通なら見て見ぬふりをするのだが、先ほどの胸騒ぎがまたぶり返す。
行ってはいけないような気もするしいかないといけない気もする。
「...とりあえず近づいてみるか」
結局は近づくことにした。
そろりそろーりとゆっくり足音を忍ばせながらちかづく。
しかし、明らかに音が出ているのにそれに全く反応を示す気配のない謎の物体。
途中で自分の隠密行動のバカらしさを覚えて普通に歩き出す。
「なんだこれ、趣味悪いな~」
それは、人の目玉のようなものだった。
近くによっても反応しないためもっとよく眺めてみる。
片目だけくりだして横にひっくり返したような感じだ。
よくよく見ればなんと血の涙さえ流していた。
「しっかしなんなんだろうな、これ」
ピトッ、そう何の気なしに触れてみた瞬間のことだ。
突然その目玉が赤黒く輝き始めた。
手を離そうとしても、何かしらの力が働いているのだろうか、全く離れる気配がない。
「な、なんなんだよ、これ!?」
軽くパニック状態になる。
目玉はその間にも徐々に輝きを増していく。
その眩しさが目を開けられないほどになると急にその目玉は発光をやめた。
スルリ。
手も普通に外れた。
「なんだったんだ、いまの...」
かなりの気味悪さを覚えて離れようとした瞬間。
突然まぶたに当たる部分とその反対の部分が伸びてきた。
しばらくしてそこにはなにも残っていなかった。
ただ、よく目を凝らせば人に踏まれたのであろう折れた草があるだけだった。
誰もそこで人が一人消えたと言われても信じないだろう。
☆☆☆
突然目玉のようなものに襲われて。
気がつけばそこは、明るい空のしただった。
「...?」
違和感を覚える。
違和感を覚えるのだか...その正体がわからない。
明らかになにかがおかしいのだが。
周りを見渡す。
すると、薄気味悪い男に首を絞められている少女の姿が目に飛び込んできた。
「な、なにやってんだ!?」
思わず怒声をあげる。
少女の顔はすでに青みがかっており、何やら目の辺りに浮かんでいるものがある。
そして、その男と言えば、全身をクロタイツのようなものでつつみ、角をはやし、あまつさえ尻尾すらつけていた。
『ほう、これはまた面白い。猫がしゃべったぞ』
「あ?ねこ、なんだそりゃ?
いいからその手どけろよ変態!」
突然目の前で光が弾けた。
そのまま光はクロタイツの男の方へ進み、男を包み込んだ。
『な、なんだと!?』
クロタイツの変態が思わず少女から手を離す。
するとその瞬間、クロタイツを包んだまま光はどこかに飛び去ってしまった。