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感情

尻餅をついている秋の顔は、目を精一杯吊り上げ眉間にしわを寄せて咲を睨んでいた。しかし口元は僅かだが震えていた。

「おい秋大丈夫か?とりあえずソファーで座ってろ。氷あったかな?」

俺は秋をソファーに座らせると、アイスを冷凍庫に投げ入れ氷の作りおきがないか探した。

「清司これはどういうこと?」

氷がなかったので仕方がなく、タオルを濡らし力一杯絞り秋の頬にあてがった。

「マシになると思うから少しの間当ててろ、口のなかは切れてないか?」

「大丈夫よ」

「いいから口開けてみろ」

秋はしぶしぶ口を少し開けた、血が滲んでる様子もなかったので一安心した。

「ちょっと二人とも人の話し聞いてるの!?無視しないで」

咲は自分がそこにいない様な扱いをされて苛立っていた。

「清司聞いてるの?」

咲が部屋に入って来て俺の肩に手を乗せた。

「お前の言い訳を聞くつもりはない、しかし状況は把握しなくちゃいけないから後で話しを聞く」

俺は淡々と込み上げてくる苛立ちを抑えながら背中ごしに喋った。

「言い訳って、それは私が聞きたいことなんだけど」

「いいから黙って部屋から出ていけ!とりあえずアパートの下で待ってろ」

今にも突き飛ばしそうになった手をどうにかなだめた。しかし俺のその時の表情は怒りで溢れていなのだろう。咲の顔が怯えきった子供のような表情をしていた。後退りしたながら部屋を後にしたのを確認して秋の顔をのぞきこんだ。

「何があったか話せるか?」

未だに吊り上がった目とは裏腹に、口元はさっきより震えが大きくなっていた。

「訳がわからなかった、急に玄関が開いたからお兄ちゃんだと思ったらあの女の人が立ってて。『どちら様ですか?何かご用でしょうか?』って尋ねたら急に突き飛ばしてきて、『あんたが清司さんをたらしこんだのね』って言ってきてぶってきたの。突然だったから何が起こったのかその時わからなかったけど『何すんだババァ』って言ったのは覚えてる」

秋の目は少しずつ緩んできた。

「それで?」

「その後すぐお兄ちゃんが帰ってきたの、あれがお兄ちゃんの彼女?」

「元カノかな、今日会社で別れたつもりだったんだがまさか家に来るなんて。すまん、俺のごたごたに巻き込んで」

「いいよ、まぁでも流石の私でも今日はお冠だからね」

秋はプィッと顔を背けた、出来るだけ俺に罪悪感を感じさせないように少しだけふざけた態度をとってくれるのもありがたかった。

「とりあえずあの人どうにかしてきたら?」

「ホントはほっといていいんだけどな、また騒がれたら面倒だしちょっとだけ行って追い返してくるから」

そう言って玄関を出るとき何気なく振り返ると、秋はニコッと笑顔で手をふっていた。まったく、ホント俺には勿体ない妹だな。

つくづく痛感し、咲が待っているアパートの下に向かった。

咲は俺を見つけると少しビクッと体を強張らせた。

「で?何の用で家まで来たんだ?」

「何の用って、そりゃもちろん退職することについてじゃない。会社では全然話せなかったし、二人で居るときにも全く話してくれなかったからこうやって直接聞きに来たんでしょ」

「何でそんなことする必要がある?俺とお前は別れたんだ、説明する必要も義務なんてない。まして話したところでお前には関係のないことだ」

「別れたって!?いつ別れたのよ?」

「今日会社で言ったろ、特別な感情なんてないって」

「そんな気持ちってあの時だけでしょ?やり直しも出来るし会社にだって」

「俺はお前にも会社にも未練はないんだ、むしろお前が一方的に恋愛ごっこを楽しんでただけだ」

「何それ?だから本命がいて私は遊びぐらいだったってこと?」

「何の話だ?」

「さっきの女よ、どうせ私より若い女に骨抜きにされてるから会社にも遅刻したり休みばっかりだったんでしょ。ばっかみたい」

「会社のことはもぉ関係ないからどうでもいいし、何か勘違いしてるみたいだが秋に関してもお前には関係のないことだからな」

「言い訳もしないつもり?最低ね」

「あぁだからもぉ帰ってくれ」

「言われなくてもそうするわ、二股かけるような男と付き合ってた」

「お兄ちゃん、もぉそんな人ほっといて晩御飯作るから」

咲が捨て台詞を吐き捨てるより早く、秋が部屋から出てきていた。

「わかった、だけど今日は出前にしとこう。何がいいか考えとけ」

振り返って秋にヒラヒラと手をふった。

「お兄ちゃんって・・・」

咲は面食らった様子で俺と妹を見ていた。

「だから、お前には関係のないことだ。わかったら帰ってくれ」

「ごめんなさい、知らなくて。ちゃんと謝らせて」

「謝る必要なんかない、結果は何一つ変わらないんだからな」

そう言って俺は秋が待つ部屋に戻った。後ろでは咲が何か泣きながら呼び止める声が聞こえるが、気にもとめなかった。

ふと考えた、まがりなりにも身体の関係を持った相手にここまで未練もなく、冷たくなる自分に感情と言うものは本当に存在してるのだろうか?少なからず、さっき怒りに近い感情はあったのはわかった。しかし、誰かを本気で愛することはどうだらうか?元カノより妹を優先した自分に問いかけた。

もしかして妹に特別な感情があるのか?

いやそれは何か、秋に対する気持ちは兄というより保護者のそれと同じようなものだろう。そう考えている自分が馬鹿馬鹿しく情けなくなった。人を愛せなくても、満足は出来る。ならそれだけでいいじゃないか、特別なものを求めるということは特別なことを与えなくてはならない。そんな面倒くさいことは自分が嫌いな事だとよくわかっている。

部屋に戻ると先程のことが、自分に起きたこととはまるで関係なかったかのような笑みでチラシを持ってる秋がいた。

「ピザ食べたい、ハーフのを2枚ね」

「そんなに食べれるのか?」

「少しずつ食べるし残った分はお兄ちゃんが食べてくれるから大丈夫だよ」

「じゃあどれにするか?」

「あ!もぉ頼んだから、トマトコーンとハムオニオンのハーフにサラミとシーチキンのハーフ。20分位だって」

「おいおい、俺トマトは食べれないって」

「その年で好き嫌いがあるなんて恥ずかしいじゃない、この機会に克服しなさい」

やってる事はいつまでも子供だが、説教の仕方はまるで一児の母みたいだ。

「はぁ」

自分の決めた事に対する行動力はまさしく兄妹だと痛感した。こんなのが恋人じゃなくて本当に良かったと心の中で密かにホッとした。

ただ、まだ少し赤い頬を見ると胸の辺りがズキズキしていた。

これからはこんな毎日が続くのか、それともまだましな毎日になるのか不安を感じた。

なんだ、不安って感情もあるじゃないか。

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