第三戦 決着
第三戦を控えて、食事をした。
干した果実と麦粥を少しだけ食べる。腹を大きくしてしまうと満足に動けなくなるから、腹を温めたというのが正しい。
身体は重いが、まだ動く。
世話をしてくれるウドは、何も言わない。今は余計な言葉など欲しくなかった。
リリーは革の水筒から水を飲む。
毒殺を恐れて、水筒には手ずから汲んだ水が入っている。飲みすぎるのはよくない。少しずつ、飲む。
「そろそろ時間ですよ」
なんでもないことのようにウドが言った。
「では、行くか」
リリーもまたなんでもないように返して、控室を出ていく。
闘技場は熱狂の渦にあり、ここは中心か。台風と同じく、中心であるここは静かだ。
入場すると、リリーが先であった。まだ相手は出ていない。
さて、次は誰だろう。
知らないヤツなら気が楽だ。
大声の魔法で何事か叫んでいる進行役の芸人が観客を盛り上げる。
リリーが姿を見せただけで、観客たちは歓声を上げていた。
ただ勝つだけで、これか。
人間の命を使った見世物とはこんなものか。
気配を感じて、相手方の入場口を見る。
心臓を鷲掴みにされるような、驚きがあった。
その立ち姿を忘れようはずもない。
ゆったりとした歩き方も、記憶にあるものと寸分変わらない。
何か言おうとしたが、口からは低い唸りだけが出る。
音は何も耳に入らなかった。
鎧無しの華美な騎士装束が、よく似合う。旅姿の簡素な衣服しか見たことがなかったから、それはとても新鮮に見えた。
軽い足取りであった。
いつどんなところからでも剣を抜ける。あんなに軽やかに歩いているというのに、それができる。
余人には歳のいった女騎士に見えるだろう。
観客の落胆の気配が伝わる。公家に続き近衛大将、そして、ただの女騎士。前二つほどの驚きは無いようだ。
リリーの足は動かない。
ただ、それを見ている内に、対面していた。
「久しいね、リリー」
確かに同じで、何かが違う。影武者ということはあり得ない。
「どうして、あなたが」
言いたいことがあった。
もっと、たくさんの言いたいことがあった。
死を覆すなど、この旅でも見たことだ。こんなことだってあるというのに、どうしてかその考えには至らなかった。
亡骸を埋めたことまではっきりと思い出せる。
屍は重い。生きていた時よりも格段に重くなる。その忘れられない重みもまだ、手の中にあった。それなのに、師は目の前にいる。
「前任者殿と同じだよ。あの山で骨となっていたのを、起こされたのさ」
優しい目をしていた。
あの日から何も変わらない、リリーの知る目だ。
「齊天后殿に命じられたのですか」
そんなことを言いたいのではない。
「良き主だよ。我が君の臣下としてここにいる。リリー、お前はどっちだ?」
カリラは佩いた騎士剣の柄をぽんと叩いて笑む。
「わたしは、わたしのために、ここにいます」
リリーもまた、笑んだ。
泣き笑いにならないように、口角を吊り上げる。
「ドゥルジ・キイリはどうした?」
「死神殿の墓標としました」
「そうか、それも善かろう。それにしても、大きくなったな。もう大人だ」
あれからまだ数年。
この年頃の数年は、大きく人を変える。
「師匠は、お元気そうです」
記憶にある師よりも頬がふっくらとしている。血色も良い。
「一度死んだ後だ。病魔と老い、名前も黄泉に捨ててきた。今はカリラと名乗っている」
リリーの知るいつよりも、カリラの身体は研ぎ澄まされている。
「カリラ、ですか。前の名は」
カリラは微笑む。それは、彼女を知らないと分からないくらいの、昔と変わらない薄い笑みだ。
「よしてくれ。弟子とはいえ、今からやり合うんだ」
「やりたく、ありません」
無理と分かっているから、リリーは冗談めかしてそう言った。
「つもる話もあるが、それはあの世でやればいい。まずは、やろうか」
あまりにも唐突に始まった。
抜剣はほぼ同時。いや、先のカリラにリリーが追い付いた。
蛇のごとき呼吸音と同時にカリラは横凪ぎに剣を振る。まさに神速であった。
対するリリーは後ろに下がる。
目の前に迫った刃を紙一重で避ける。そして、前に出たリリーがカリラの爪先を踏み抜くべく蹴りを放つ。それを分かっていたかのように、カリラは距離を取ることで避けた。
危なかった。
互いに、あと一歩踏み込ませることで臓腑を貫く必殺の間合いにあり、引いたのは偶然だ。師弟共に、考えずに勘で退いていた。
「息吹は、やめたか」
カリラは息を吸いながら言う。
「もう、遣え、なくなりました」
リリーもまた、息を吸いながら答えた。
両者共に驚いていた。
カリラにとって、リリーの剣は知らない剣である。教え込んだ息吹秘剣はすでに崩れ去り、全く違うリリーだけの術理としてそこにある。
リリーも同じく、カリラ最盛期の剣を初めて知った。
初めて、いや、あの日である。カリラに救われた幼きあの日にだけ見た。
病魔と毒に侵される以前、リリーの師となる前にあった恐るべき理外の剣である。
「随分と、荒々しい」
呼吸を整えるため、リリーは無理に言葉を発した。のってくれないと、困る。
「はははは、こっちが本道だよ。リリーよ、お前は可愛い弟子だ。だがな、我が君のため、その首とらせてもらう」
つくづく甘い。
カリラは自嘲した。
一気呵成に攻め立て、疲れさせるのが勝機であるというのに、待ってしまった。しかし、それがよかったようにも思える。
カリラという武人が見ても、今のリリーは妖しく怖い。
隙だらけの立ち姿だというのに、打ち込もうとすると悪寒が走る。勝機にはやれば、どこか抉られていたに違いない。
あれほど一方的に勝てと教えたというのに、真逆の剣に至るとは。天邪鬼め。
互いに見つめ合いながら、じりじりと距離をつめる。
リリーは剣を地摺りに構え、カリラは上段に変えて前に出る。
カリラの持つ騎士剣は、黄泉帰った際に用意された業物である。幾多の血を吸った曰く付きであり、無暗に肉を断とうと駄々をこねる厭な剣だ。
リリーの剣は、雷神が走った痕が刻まれた魔国で作られた剣である。かつては黄金騎士のものであったが、巡礼の旅を経てリリーの剣となった。
神具ではないが、いずれも血と闘志の染みた魔剣である。
互いに戦いを楽しむなどという心は無い。
痛いことなどごめんだ。
人の身体というものは、少し斬っただけで死に至る。怪物のような不死性を持たないが故に。
カリラが先に動いた。
「いぃぃぃゃああああ」
カリラの放った獣のごとき気合。上段からの振り下ろしがリリーの足元を狙う。
一対一の戦いでは実に有効だ。足が使えなくなれば、的でしかない。
カリラのそれは、負け犬の剣であった。
幾度となく士官を夢見たが、この泥臭さにより叶わなかったと彼女は気づいていない。
剣の腕を見せるための試しで、相手の爪先を潰してから頭を割るなどという剣を披露するなど野良犬の所業である。
武辺者が尊ばれた戦乱の世であればまだしも、太平の世に泥臭い殺し業など評価されようがない。
それ故に、なりふりなど拘っていられない今この時に限れば理に適う。
リリーは爪先を引いた。上段振り下ろしからの爪先狙いであれば、それこそアヤメやウド、さらには死神、そして、名も無き刺客共の得意とするありふれた外道の一手であった。
人の身体には急所がいくつもある。
爪先が潰れたら、動けなくなって終わりだ。
地摺りから剣を跳ね上げようとした手が止まる。
リリーがそれに気づいたのは本能的なものであった。
見えぬはずの片目の死角、反射的に首を固めて左手を入れることができた。次の瞬間、したたかに手を打ち据えられている。
カリラの裏拳であった。
振り下ろしは囮。
肉薄し、顎を打ち据える気であったのだろう。
「ぐっ」
リリーは反射的に右手だけで剣を振り回した。
地摺りの体勢であったことが功を奏し、素早く振れた。ただ、それは人を斬れるようなものではない。それでも、刃は刃。カリラもまた身に染みた癖が先に出て、剣で受けていた。
瞬時にカリラは鍔迫り合いに持ち込むが、リリーも身体ごとぶつかるように剣を押す。
鍔競り合いの体勢はリリーに不利だ。先ほどの裏拳を防いだ手はひどく痛んでいる。
目が合った。
殺意に満ちた顔と顔。
記憶も愛もそこに逡巡する余裕はない。刃を合わせて命を奪い合う者同士、他に何があろうか。
以前のリリーであれば、ここに何かを見出していただろう。だが、今は無い。
どれほどに愛していても、今この時には修羅同士の殺意のみ。
リリーの口角が歪に吊り上がる。
力がゆるみ鍔競りに負けつつある時、リリーは喉より音を発した。
弦楽器にも似た低い音である。
人の喉から出るとは到底思えない。ギとヴィという低く歪みのある、どこか心地よさのある音だ。
カリラの手が微細に下がる。それは意図したものではなかったのだろう。
顔を歪めたカリラは、力任せにリリーを突き放すようにしてから後ろに距離を取った。
よかった、効いてくれた。と、安堵するリリー。
呼気を落ち着けようと、犬のような呼吸でリリーは息を吸う。
「ダ・ツタンに伝わる口蓋の邪術か」
カリラが声に出して問うた。
リリーが数多く会得している邪術の一つで、奇怪にも弦楽器のような音を喉から絞り出し、耳を狂わせ平衡感覚を奪う術である。
これを教えてくれた闇狩りは、妖術や魔術の類いではなく、身体の理に則った術であると言っていた。
カリラと生き別れた後、師の強さに追いつくべく会得した邪術邪剣であった。
「妙な小技を覚えたか」
それを求めた心など、剣に愛されたカリラには分かりようも無い。
「はっはっはっ」
笑い声ではなくリリーの息を吸う音。息吹呼吸ではだめだ。人間相手には、溜が長すぎる。
生き残るための戦いで、いつしか秘剣と秘技を捨て去っていた。
リリーの目は、手負いの獣のようである。
殺意に充ち満ちた瞳。
まるで、野犬か熊のように曇り無い。死なぬがために相手を喰らう。人間の芯とはまさしく獣である。
人を喰らうまでに飢えでもせねば、表に出ない芯である。
師弟でありながら、真逆の剣であった。
カリラの剣とは、我が身の栄達と世界への憎悪を芯とする人間そのもの。
リリーの剣とは、薄甘い人間性をかなぐり捨てた剥き身の獣性そのもの。
リリーは剣を上段に構えてカリラに襲い掛かった。
先ほどのカリラの問いは時間稼ぎだ。足元の感覚が、まだ戻っていない。グラグラだ。
リリーの打ち据えられた右手はまだ痛むが、無理に剣を振り回した。
手負いの人と獣。泥臭い打ち合いになる。
リリーは焦っていた。
師の全盛期、自らを救い出す前の強さとはどれほどのものか。それが、目の前にある。そして、その差はあまりに大きい。
逃げ腰の師へ放った剣はことごとくいなされる。最初は防戦という様子であったが、三合目からは手応えが明らかに変化していた。
見切られつつある。
見た目には打ち合いだが、その実カリラは休みながら剣を見ていた。まただ、横凪ぎの一撃は力を逃されている。
奇怪な呼気の音。
西の荒野に潜む毒蛇の息遣いに似た呼吸音だ。リリーは使えなくなった息吹呼吸。
カリラの腰が落ちた。
上段からの振り下ろしが神速で放たれる。受けるに容易いが、あれは不味い。受けようものなら剣ごと頭を叩き割られる。
リリーは後ろに跳んでそれをかわす。
「よくぞ、見た。あの時よりも成長したな、リリー」
リリーは答えずに、自らの呼吸を聞いていた。息が切れている。空気を求めて心臓が跳ねていた。
「先だっては驚いたが、もう分かった。苦しまずに逝かせてやろう」
その言葉に嘘はあるまい。
リリーは感情に呑まれない。今はそんな場では無い。
カリラは穏やかな目をしていた。
カリラ自身、全く気付いていないことだが、彼女は理屈を抜きにして自らのためだけに剣を振ったことは少ない。
路銀のため、魔物を倒すため、武名のため、全てに理由があった。
餓狼の生き方であったが、自らの衝動だけで人を斬り捨てたことが無い。いや、一度だけだろう。リリーを救った時だ。
人の上に立つことが無いカリラの剣は、他者のために振るわれる。
自分自身のために、それはリリーを救った時だけではなかろうか。
半歩が先をいく。
かつて、カリラは闇狩りに人体の仕組みを聞いたことがある。
耳の奥には蝸牛が住んでいるとか。
身体の均衡を司る蝸牛だ。音や震えで蝸牛は身体の感覚をおかしくする。耳を潰されるとまともに立てないのは、蝸牛が傷つけられるせいだという。
リリーの邪術により、耳の奥に住む蝸牛を狂わされたというのに、それは成っていた。逃げる足は、自らの意思よりも半歩先にある。
カリラにはリリーの焦りが分かった。そして、今の状況を彼女自身が驚いている。
これほどに鋭いリリーの剣を死に体で避けられるなど、想像もしていなかった。
逃げながらリリーの動きを見ている内に、足元の感覚が戻る。そして、心も澄んでいった。
上から、今度は下から。
抜け目なく爪先を踏もうとしてくるから、下がる。
だいたい分かった。
ここに至れば、リリーの剣など踊りと変わらない。
見切るとは、そういうことだ。
最早、カリラにとってこれは戦いではい。
見えた勝負に負けは無く、あとは命を奪うのみ。
今この時に至り、ようやく自身が真の達人であると実感できた。
息吹秘剣を捨て去り、自らの剣と術理を持ち得たリリー。
カリラをもってして、これほどに手こずった相手はいないと感じさせるほどに、たった一人の愛弟子は強くなった。
リリーを拐かしたあの日、カリラは夜叉であった。
胎の奥にあった蛇は、カリラの母性に他ならない。
子を産めぬ石女であるカリラは、リリーを独占するためだけに夜叉へ生成した。
死期を悟り、愛娘によってその生に幕を閉じた。あの時、胎の蛇は死に絶えた。
黄泉帰り、人に立ち返る。そして、忠義を尽くし主のために武威を示す。
今のカリラは神域にあった。
カリラにとって、現世こそが地獄。
カリラが感じた幸せは、夜叉となり果てその命が燃え尽きる一瞬の中にだけあった。
餓狼から夜叉へと至り、死を経て菩薩へと変生する。
カリラの剣はリリーを追いながら、上段に振りあげられた。
未知の半歩が先にある。
この振り下ろしで、愛弟子にして愛娘の首は落ちるだろう。
だが、それでよい。
痛みも無く逝かせてやれる。
それこそが愛弟子への手向けであり、勝者による慈悲とカリラは自負する。
これこそが真剣勝負。
放たれた剣閃がリリーの首に吸い込まれる。
カリラにとっては知れ切った半歩先の未来。
肉を断つ感触は得られなかった。
剣先が空を通り過ぎて剣の勢いに体が振り回される懐かしい感覚。
振り損ねた剣に体を引っ張られるなど、どれほど久しいことか。
「あっ」
それは、カリラが子供のころ、剣を振り損ねた時にも出してしまった声だ。
修行時代、振り損ねると手ひどく打擲された。
息吹の師は、剣の背で打ち据るのを仕置きとする。打擲されるのが手のこともあれば、顔のこともあった。
寒々しい記憶に残るあの痛みが不意に蘇る。
胸の真ん中が熱い。
「あれ?」
目の前には、鬼の形相のリリーがいる。
心の臓を一突きに。
リリーの手には使い込まれた短剣があり、それはカリラの胸に埋まっていた。
余人には奇妙で呆気ない幕切れに見えただろう。
カリラの首を狙った大振りの一撃は、確かにリリーの視界から外れた死角より放たれていた。
リリーはそれを見もせずにかわして、重たい剣を捨てて抜き放った短剣をカリラの胸に突き刺したのである。
技も何も無い、それこそ痴情のもつれからなる女の刃傷沙汰のような刺し方であった。
リリーはカリラのことを何も知らない。
大好きな師匠は理想の剣士である。そこにあった苦しみを何も知らない。知りようが無い。
思い出にある師匠の姿は、カリラが演じきったあり得ない理想の達人でしか無いからだ。
憧憬と親愛の虚像。
理解からは程遠い。
カリラという人間の素顔を知らないリリーにだけは、師の剣が手に取るように分かる。
天下無双の剣。
心技体、全てが遥か高みにある達人。
理想とする師、母のように慕った師、そんなカリラが、愛弟子であるわたしを苦しめるはずがない。
きっと、首を一太刀に。
全てはリリーが考えたその通りになった。
繰り出される剣のあまりの鋭さに歯が立たぬとなったその時、リリーは真っ先に騙すことを選んだ。
危険な賭けだが、これ以上の鋭さともなればそれこそ何をしても死を待つだけとなる。
だから、わざと首をさらけ出した。
師が小さく息を吸い込む音は思い描いた通りで、勘でかわしてみれば上手くいってしまった。まさに、奇跡だ。
後は、技も何もなくぶつかるしかない。それが、本能的に剣を捨ててまで短剣を選んだ理由である。
リリーの見上げる先には、カリラの驚いた顔。
子供の頃、いたずらが上手くいった時にしていた顔だ。
雪玉をぶつけた時のことを思い出す。
驚いた時、達人然としたいつもの姿から、ただの女に変わる。そんな様子が好きだった。
リリーの手にある短剣は深く埋まっていて、騎士服に血が染み出している。刃は骨に当たることなく、確かに心の臓を貫いた。
「リ、リー」
カリラは続けて何か言おうとしたが、喉にせり上がる血でそれ以上は言葉にならなかった。
リリーに覆いかぶさるように、崩れ折れる。
のしかかってくる身体の重さを、リリーは受け止めようとした。しかし、それはほんの一瞬のこと。
重さは雲散霧消し、からりと軽いものが落ちる音がした。
薄汚れたされこうべが転がり、残るのはカリラの剣と騎士装束だけである。
リリーは声にならない呻きを発した。
口を突く言葉は無い。ただ、呻くことだけができた。
たまさかの再会も、露と消えた。
なぜ殺させたのか、あの日の恨み言をぶつけたかった。
それに、もっとたくさんのことも。
どれだけ悲しかったか。あれから何をしたか、学園のこと、友達のこと。
言葉にしたかったというのに、できたのは剣をぶつけて命を奪うことだけ。
されこうべを拾いあげれば、ごく軽い。
死なば腐り、骨となる。最後は土に還るのみ。
何が天下無双か。
こんなもの、殺し合うことのどこに正義がある。何も無いではないか。最後の重みすら無かったではないか。
転がったされこうべを拾い、胸に抱く。
奥歯を噛み締めすぎて、妙な音が耳に響いた。
短剣を納めた後、投げ捨てた剣を片手で拾う。
奥歯が割れんばかりに歯を食いしばり、目を見開いたリリーは、されこうべを宙に放り投げた。
「きぃぃぃええぇぇぇ」
裂帛の気合と共に振り下ろされたリリーの剣が、されこうべを叩き割る。
斬るのではなく叩くといった有様の、技も何も無い振り下ろしはカリラのされこうべを割り散らした。
リリーの手には、何か別のものを斬った手応えがある。これは、魔人の術を斬った時と同じ、そこにある理外の何かを斬り捨てた感触だ。
これで、神具の力を用いたとしても二度と黄泉帰ることはあるまい。
聖女アメントリルが、自らの遺骸を鉄に溶かしてでも消し去りたかったのはこういうことか。
観客にとっては、人食い姫がやる勝利の雄叫びとでも映っただろう。派手な見世物である。
狂気に充ち満ちた人食い姫が、猛り狂い死者を冒涜したものとでも見えているのか。
リリーの世界に音が戻れば、歓声と罵倒ともつかない熱狂の声が割れんばかりに響き渡っている。
熱狂の声は、退路を断つ壁のようであった。
背中がいやに重い。
のしかかっているのは、世の無常。
残るはあと、ふたり。
続きは近い内に




