第三話.変動した人生
柔らかな光に包まれて座っていた国王グレアムは、優雅にルーガたちを迎える。
「卑賤の身たる私どもをこのような神聖なところへお招きいただき……」
「あ〜、堅苦しいことは良い。」
全員が膝をつき、ヴィルハが正式な礼を述べようとしたところを国王が止める。
「早速だがお前を特命守護員に任命する。」
ルーガをまっすぐに見て、国王はそう言った。
「特命守護員、ですか? 父上には話の後に任命すると伺っていたのですが……」
いきなりの任命に驚きを隠せないバルドは思わず声に出してしまっていた。ヴィルハの無礼を咎める視線にバルドは首をすくめる。
「そのつもりだったのだが、事情が変わった。」
国王はそこまで言うと、扉の方を振り返る。三人ともつられて振り返るのと同時に、礼拝堂の扉がゆっくりと開いた。
「アースレイト将軍!!」
ヴィルハとバルドは入ってきた人物に対して敬礼をする。その人物は軍服に身を包んだ白髪の老人で、国王を前にしても堂々としていた。
「将軍サーガ・アースレイト、ただいま推参いたしました。」
敬礼をしながら腹の底から出された声が礼拝堂の中に響く。
「堅苦しいことはするなと言っただろう。」
少し呆れたような国王の言葉を受けてヴィルハとバルド、そしてサーガが敬礼をしていた手をおろした。
「サーガ、お前の娘と共にこのクローウィン家の次男を行かせる。異論はないな?」
「はい。」
国王とサーガの間で何かの確認を行っているが、クローウィン家の三人に何のことか分からない。
「特命守護員に任務を与えよう。エルウェード中の悪の“存在”たち及び、その加護を受けた者共を殲滅せよ。」
ルーガに向き直った国王は厳かに言い放つ。突然の任命に加え、通常ならばあり得ない任務を与えられたルーガは呆然とする。
「陛下、魔法も使えないルーガにそのような任務をこなせるはずがありません!」
この無茶な任務に、反対しないはずのヴィルハもさすがに言い返す。
「私の養女が悪の“存在”たちの力を無効にする破魔の力を持つことが分かったのだ。剣の腕にも秀でているから心配はない。魔法を使えなくても共に行かせる意味は分かるだろう?」
破魔師は自然魔法を無効にする力を持ち、個人によって無効にできる属性が異なる。基本的に無効にできる属性はひとつだが、稀に悪の“存在”たちの力を無効にできる破魔師が現れることがある。そして、破魔の力を持つ者は魔法師の天敵として敬遠されている。
「悪の“存在”たちを他国より多く始末しておけば、我がハールプリング王国はエルウェードにおいて大きな力を持つことができる。どれだけ時間がかかっても構わないが、ハールプリング王国軍の者だと気付かれるな。」
顔色ひとつ変えずに淡々と言うサーガの言葉に、国王が頷く。
「サーガの娘は明日ハーリンクに到着する。二人の準備が整い次第、すぐに出発してもらう。旅の装備にかかる費用はこちらで用意しよう。」
それから国王は、サーガを伴い去って行った。
◆◆◆
国王グレアム・グラン・ハールプリングと謁見した日の午後、ルーガは巨大なハーリンク城から見下ろせる王都ハーリンクの中央広場に近い酒場にいた。
「ルーガ!」
ルーガの名前を呼んだ、聞き慣れた声の幼馴染のユスト・ラシルに会うためだ。
「大変なことになったなぁ、お前。地方の文官にでもさせられるのだと思っていたけど、まさか悪の“存在”たち退治とは……」
魔法貴族に生まれながら魔法を使えないルーガを差別せず、対等に接するユストは王国軍の騎士団に所属している。
「ようするに、体の良い厄介払いだ。俺は魔法を使えないから魔法団に入団出来ないが、魔法貴族のクローウィン家の次男であるからにはいつまでも遊ばせておくわけにもいかない。」
通常であれば、貴族は15歳で成人したら王国軍に所属するものである。貴族ではない一般人が軍に所属する場合も、15歳から入軍試験の受験資格が与えるられている。
「アースレイト将軍の養女は破魔の力でなるべく国内においておきたくないが、養子とはいえ将軍アースレイトの娘。」
自然魔法を無効にできる破魔師は魔法師の天敵である。
「非役だと将軍への反対の声が高まる。しかし、自分の右腕である将軍の立場が悪くなるのは国王とっても都合が悪い。」
ルーガがそこまで一気に話すと、それにユストが続ける。
「適当な理由をつけて国外に出したいが、一人で行かせると他国につくかもしれない。」
「中途半端な俺を監視につけて一石二鳥というところだろう。まぁ、俺なんかじゃ監視にならないだろうけどな。」
ルーガ最後の台詞にユストはため息をつく。
「ルーガ。お前、いつか不敬罪で捕まるぞ。」
家族でさえ、母親しか自分を心配してくれる人がいないルーガは、仕事に戻るという優しい幼馴染を見送った。
「しばらくは会えないな。元気にしてろよ。」
夕日は、一人の人生が大きく変動したことなど知らずに街を照らし続けていた。