第05話 美少女な姫と美幼女な娘と
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何人が分かるネタなのでしょうか?
フェ二キス防衛戦からはや二日、勝利の余韻に浸る一日も終わり、フェ二キス城内にある演習場では開戦にともなって多くの兵士が通常よりも厳しい訓練を行っている。
周りは若い者から厳つい壮年の者までもれなく兵士である中、演習場の隅には白髪白髭の老人とうら若き
美少女という奇特な組み合わせがあった。兵士のそれとは違ういかにも魔法使いとでも言うべきローブを纏ったその二人は、明らかに兵士たちの目を引いている。
ミランとフィーネである。彼らはカナメを探して演習場に足を運んでいた。
というのもフィーネとミランは、カナメを連れて王都に向かわなければならなかったからである。その出発の時間が近づいていた。
昨日王都から、というよりフィーネの父親であるフローレンス王国現国王であるゼブロンよりフィーネに王都に帰還せよとの通信があった。
フィーネに対してゼブロンから帰還しろという通信が来るのはこれが初めてではない。
実はフィーネはとある目的のため魔法の修業をする必要があり、王都から父親の制止も聞かず、半ば家出同然にフェ二キスにいるミランに、弟子入りするために出てきているのだ。
王族であるフィーネが王都にいない理由はこのためであった。
だが今回の帰還命令は、その内容がいささか違っていた。
いわく「フェ二キスに勝利をもたらした勇者カナメを連れて、王都へ帰還せよ」。
父親の思惑がどうにも読み取れず、フィーネは困惑していた。
先日の戦闘により本格的に戦争が始まり、王族としてこれ以上フェ二キスに留まることは難しいため、王都への帰還は仕方ない。
それにしても、
「カナメを連れてですか…。お父様はいったい何を?」
問題はそこなのだ。
普通に考えれば強大な力を持つカナメを軍事利用するためであろう。
しかし此処は平和の国フローレンス。まして現国王のゼブロンは平和政策を推し進め、亜人との共存を提案するような平和の国の王に相応しい人物であった。
ならば、なぜカナメを呼び寄せるのか。
フェ二キスを救った勇者を国を挙げて歓迎するためか?
フィーネを守ったことに国王として礼を言うためか?
それともやはり戦争に参加させるためか?
カナメは現在、微妙な立場に在る。
カナメがフィーネによって召喚されたことはこのフェ二キスでは周知の事実であり、8000もの軍勢を一人で退けフェ二キスを守ったカナメは英雄である。
民衆にもその話はすぐに伝播し、カナメを英雄と褒め称える者が多い。兵士たちもカナメには敬意を払い、憧れを一身に受けている。
だがカナメは召喚されたことにより、こちらの世界では出身も不明で公的な所属もない。加えて後ろ盾は王女とはいえフィーネしかいない。後援にどこかの貴族が付いているというわけでもない。
つまりある程度地位のある者は、甘い汁を吸おうとカナメに取り入ろうと、カナメを取り入れようと狙っているのだ。
フェ二キス防衛戦終了後の勝利の宴では、カナメに媚を売り、近づこうとする者たちの醜い争いが繰り広げられていた。その様子は醜悪の一言に尽きた。
どの者の目にも目先の利益という欲が見え隠れし、とても見ていられるものではなかった。
そんな欲望に満ちて次々とカナメの元を訪れる人たちにそつなく対応していたカナメを、フィーネは素直にすごいと思った。
王女というだけあってフィーネもよくそのような悪意ある視線にさらされるが、いつまで経っても慣れることはない。
もっともカナメは意識誘導の魔法を使い、フィーネの可愛さをただひたすら説いていただけなので、むしろ楽しんでいたのだが、フィーネの知る由もないことである。可愛いは正義なのだ!
ともかく、カナメの立場は微妙なのである。
「本当にどうしましょう…。お父様が胡散臭すぎます」
父親であるゼブロンは行動派で知られている。亜人との交流もそうであるし、なにより家族でもあるフィーネは父の行動力を知っている。その暴走を止めるのは、いつも家族であるフィーネや母親たちなのである。
「絶対に何か企んでますよ…」
「そうは言っても帰らぬわけにもいかないじゃろう」
「それもそうなんですけど…」
「悩んでもしょうがないじゃろう。それよりもカナメ殿を探さねばなるまい」
「…それもそうですね。まったくもうすぐ出発なのにカナメはどこにいるんでしょうね」
今朝カナメに与えられた部屋を覗いた時にはすでにいなかった。
それから城中を探し回るも、見つからないまま今に至る。
(まったくもう!私に何も言わずカナメはどこに行ったのですが!?)
頬を膨らませてぷりぷりと怒るフィーネの姿はとても愛らしい。頬を膨らませてぷりぷりと怒るフィーネの姿はとても愛らしい。
大事なことなので二回言った。
「もう!カナメはいったいどこにいるんですか!?」
「もしかしたら街に行ったのかもしれないのう。そこで迷ってしまったのなら出発の時間間近になっても姿が見えぬのも頷ける」
「カナメーッ!!どこですかーッ!!出てきてくださーい!!」
「姫さま、それはないじゃろ…」
ですよねー、とがっくりとうなだれるフィーネだが、
「呼んだ?」
「きゃっ」「うおぅ!」
唐突にフィーネの前にカナメは現れた。それはもう何の前振りもなく突然だったため、フィーネは思わず尻もちをつきそうになるが、すでにカナメには散々恥ずかしいところを見られているため、これ以上は見せられないとここはプライドにかけて耐えた。
「い、いきなり現れないでくださいよ、もう!」
「ごめん、それ無理」
そう笑顔で言い放つカナメに、フィーネは内心安堵していた。
もしかしたら何か事件に巻き込まれたのではないかと心配していたのだが、カナメの様子を見る限りその心配は杞憂だったようだ。
だが新たな疑問が生まれた。
「カナメ、さっきいきなり現れたのは何なんですか?」
「ああ、ただの瞬間移動だよ」
瞬間、こともなげに言ったカナメの言葉にフィーネとミランは硬直した。
瞬間移動とは時空間移動魔法であり、この世界では不可能とされている。
昨日王都からあった通信も、大規模通信術式を用いた大魔法であり、使用する際膨大な魔力を消費することもあり、気軽に使うことすら叶わない。
このことから時空間移動魔法のその難しさが分かるだろう。それをカナメはこともなげにやってのけたのだ。
「はあ…。ますます規格外過ぎます」
フィーネはもう驚くのは止めようと決意した。カナメにはどうやら驚くだけ無駄のようだ。二日前の戦闘にしても、カナメの力は常識外にも程がある。もはや想像していたおとぎ話の勇者なんて霞んでしまっていた。
「それで、カナメはいったいどこに行ってたんですか?もう出発ですよ」
「あぁ、それは…。フィーネ、俺は君に謝らなければならない」
突然カナメはフィーネに向かって頭を下げた。
頭を下げられたフィーネは何のことかわからず困惑する。
「あ、頭を上げてくださいカナメ!いったいどうしたんですか?」
「俺は自分の欲望に負けてしまった…。これは決して許されないことだ」
カナメの声に抑揚はなく、感情を押し殺し、心で泣いているようにも見える。
「許されない」それはとても悲しい言葉だった。
否応無しにそれはフィーネの心に響く。
頭を下げているため表情こそ見えないが、カナメはまるで親を見失ってしまった迷子のような雰囲気を感じる。
「許されない」その言葉に込められた意味は分からないが、一つだけフィーネにも分かることがある。
カナメは今にも押しつぶされそうなんだと。「許されない」というその重圧に。
自然とフィーネの口から言葉がこぼれる。
「許されないことなんてありませんよ」
フィーネはカナメに救われた。彼女の大切なものたちを守ってくれた。
それなら今度はフィーネがカナメを支える番だ。
支えてあげたい、カナメを。
「もしあなたが許せないというのなら、私が一緒に背負います。だから」
カナメには笑顔でいてもらいたい。
「頭を上げてください」
場にわずかな間沈黙が下りるが、
「ありがとう」
懸命に喉から絞り出したような声色で、カナメは礼を言った。
フィーネは、自分の目が熱くなっていくのを自覚する。
(こんなんだからカナメに泣き虫なんて言われてしまうんですよね)
それでもフィーネは心があたたくなるのを感じていた。
ミランも何か思うところがあるのか、優しげな目で二人を見ていた。
その場はあたたかな雰囲気に包まれ、まるで映画の感動のクライマックスのようにも見えた。
そして、
「いやー良かった!たぶんこの街のカジノ全部潰れちゃうと思うけどあとよろしく!」
「「は?」」
「今日王都に向かうから旅の準備をしろって、昨日フィーネが言ったろ?でも荷物もないし、旅の支度を整える金もないしで、昨晩からずっとカジノにいってたんだよ」
「あ、あのカナメはそんなこと言ってもらえたら全部準備しましたのに。そもそもカナメはカジノに行くお金も持ってないはずでは…」
「ああ、行く途中に金貨を拾ってそれで延々と増やした」
「カナメ殿、増やしたと言ったが…一晩中とはいったいいくら儲けたのじゃ…?」
「んー、ワカンネ」
「わからないとはいったい…?」
「いやこの世界の貨幣価値が分かんないからさー。とりあえず搾り取るだけ搾り取ってきた」
「えっと、それはつまりカジノ一軒から搾り取るだけ搾り取ったということかの?」
「いんや、三軒。見つけたカジノ全てから巻きあげてやった!」
ぽかん。これこそぽかんという表情の見本だ、とでも言うくらいに見事にぽかんとした表情をしている。
「大・勝・利!!」
「えぇぇぇぇええええええーーーーーっ!!」「はぁぁぁぁあああああーーーーーっ!!」
キラッ☆とでも言いたげな笑顔のカナメに対し、フィーネとミランはあらん限りの驚愕の声を上げた。
† † †
カジノで儲けてどことなくホクホクとした顔のカナメは、現在王族専用の馬車に乗って王都に向かって移動していた。
サーヴァントの直感と黄金律のスキルを持つカナメに、カジノでの負けはない。むしろカジノなんぞしなくとも、いつの間にか大量の財貨が目の前に積まれていくのが黄金律のスキルである。一生お金に困ることはないそのスキルに対して、カナメはギルさんに殺されまくったけど頑張って倒して良かったと、しみじみと思っていた。
馬車の搭乗者はフィーネにカナメ、お付きのメイドが4人であり、残りのミランや近衛隊の面々は王族専用の馬車の後ろから付いてくる普通の馬車(といっても王族の護衛のためのものなので一般の場所と比べるととてつもなく豪華である)にいた。
すでに勇者と認知されているカナメが王族用の馬車に同乗することに反対する者はなく、どこかから聞こえた「姫さまーーーっ!?」というどこかのお姫様の近衛隊隊長の声が聞こえた気もするが、空耳だ。
そんな近衛隊隊長のアリシアは、気持ち落ち込んだ様子で部下数名とともに馬車の周りを馬に乗って警戒の任にあたっていた。
さて本来、王族の移動と言うのは多くの資金と人員が必要になるものだ。
通常であれば馬車が2台のみ、また護衛が少数の近衛隊のみ、メイドもわずか4人だけなんてことはありえない。
だがメイドを友達と言ったり、家出同然に王都から飛び出すような娘であるフィーネは贅沢を好まず、あまり華美なのを避けたのだ。
さすがに馬車こそ王族専用のものではあるが。
そんな只でさえ大きく室内も広い王族専用の馬車が、世話役の人員も少ないためより広く感じる室内で、フィーネは絶賛不機嫌中であった。
理由は言わずもがな、カナメである。
アースガルドの軍勢を一人で討ち倒したカナメは、まさに皆のあこがれの勇者であった。
メイドたちの尊敬するようなキラキラとした視線を受け、だらしのない笑顔を浮かべているカナメを見ると無性にむかむかするのだ。
でもそれ以上に不機嫌なのは、
「いったい何なんですか!?その小さいカナメにまとわりついているのは!?」
フィーネの向かいに座って、こともあろうにフィーネの目の前で見たこともない小さな妖精?といちゃいちゃするカナメの姿が原因であった。
その妖精?は約30cmほどの体躯で、桃色のふわふわな髪を持つとても可愛らしい―――忌々しいことに、そうなぜかとても忌々しく思うが―――姿をしていた。
「それは妖精なんですか?妖精だとしてもなんでカナメといちゃちゅいているんですか!?」
「噛んでる噛んでる」
噛みましたー。
「つーか落ち着けフィーネ。ちなみに妖精ではない」
「そうよ!ステラをたかが妖精なんかと一緒にしないで!」
憤慨するその姿もまるで妖精のように可愛らしいが、本人であるステラ?が言うには違うらしい。
「この子の名前はステラ。ユニゾンデバイスという、いわば…精霊みたいなものだ」
正確には電子精霊とでも言うべきなのだが、電子なんて言っても見た感じ中世ヨーロッパ程度であるこの世界では理解なんてされるわけないだろうと、カナメは簡単に説明することにした。
「ステラは俺の作った人工精霊だよ。フィーネが見たように俺の力は強大だが、身に余る力過ぎて使いこなせないものも多いんだ。それで力を使いこなすためにサポートにステラがいる」
そう、実はカナメの力は強大過ぎて、カナメ一人では力を十全に使いこなせないものも多い。
たとえば超能力。
特に学園都市が誇るLEVEL5から簒奪した能力は、原作の登場人物たちの最高峰の頭脳による演算が能力使用には必須となる。
しかし、いくらカナメが膨大な魔力を持ち、数々の異能を手に入れたとしても、頭脳はまた別である。カナメの脳では演算を処理しきれないのだ。
そのためステラのサポートが必要となる。
ステラは管理局の悪魔のお友達のたぬきが使っていたようなユニゾンデバイスである。ユニゾンデバイスとは、所有者と融合を果たすことによって驚異的な能力向上を果たす機能を有するものでる。。
八神はやてより夜天の力を簒奪した際、そのままリインフォースⅡがカナメのユニゾンデバイスとなると思っていたのだが、ユニゾンデバイスは所有者にも融合に適した素養が求められ、素養も無く融合する(或いは融合に失敗する)と「融合事故」を起こし、最悪の場合周囲を巻き込んで破滅する可能性もある。
つまりカナメにはリインフォースⅡとの融合に適した素養が無かったのだ。
しかしユニゾンデバイスの補助機能が欲しかったカナメとしては諦めるわけにもいかず、カナメの持つ様々な能力を駆使し再構築することで、カナメに適したユニゾンデバイスと成った。案外何とかなるものである。もっともその際に容姿も大幅に変更してしまったが。
「そんなわけでパパはすごいんですよ!ステラを一人で作ってくれたんです!」
「パパぁ!?」
「パパはパパだよ?ステラを作ってくれたんだから当たり前でしょ?パパとはずぅーーっと一緒にいたんだからもう家族だもんねーパパ」
そう言ってステラはパパ―――カナメの頭の上ににこにこしながらちょこんと座った。
「そうだな、大切な家族だ」
「ねー、パパぁ。パパはステラのこと好き?」
「ああ、大好きだぞ。ずっと一緒にいる家族だし当たり前じゃないか」
「ステラもパパのこと大好きだよ!パパ大好きー!」
「あはは。ステラったら照れるじゃないか」
「だって本当のことだも―ん」
そう言ってまたいちゃいちゃし始めるカナメとステラ。
フィーネの肩が怒りのためか、ぴくぴくと震えてるのは気のせいではない。
「それにぃー」
さすがカナメのパートナーであるステラはカナメから影響を受けたかのように、にやにやとしたいやらしい笑みをフィーネに向けた。見事な挑発ぶりで、特大の爆弾を落とす。
「一昨日であったばかりのどっかの誰かさんと違って、あたしはずーと、ずーーーとパパと一緒だったんだもんねー」
フィーネはステラの目の中に確かにそれを見た。
―――恋する乙女の情欲の炎を。
そしてステラの瞳はフィーネに言っていた。
―――カナメは私のもの。雌豚は引っ込んでいなさい。
ステラはキレた。それはもう見事に。
「いーから離れなさぁーいっ!!」
フィーネは猛然と目の前にいる雌猫につかみかかるも、ひらりと簡単に避けた。
その隙にステラはカナメの隣に座り、腕を掴んでステラに向けて「ふしゃー!」と威嚇した。
キャラ崩壊も甚だしいが、それもこれもカナメの影響だ。仕方ない。
「パパから離れなさい!この雌豚!」
「王女として命令します!カナメから離れなさい雌猫!」
もうお姫様の使う言葉遣いではないが、そばに控えているメイドさんたちはにこにことして二人?の様子を見守っているだけだ。
たぶん彼女たちもわかっているんだろう。
フィーネのその姿は、好きな人を恋敵に取られまいと必死になる恋する乙女のようだと。
馬車は進む。騒がしく、楽しく、進んでゆく。
まだ王都への旅は始まったばかりである。
今はまだ異世界召喚もののテンプレのようなストーリーですが、徐々にオリジナルの趣味全開の話にしていく予定です。
趣味全開は最初からですが。