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第04話 勇者は決して自重しない

みんな大好き俺TUEEEEEE、はっじまっるよー

カナメは現在フェ二キスの西にある城門を抜けた先にいた。


その理由とは、現在フェ二キスへと侵攻中のアースガルドの軍勢を迎え討つためである。


先のカナメの要求は通り、フェ二キス防衛軍への民間従軍者という立場ではなく、独自行動権を与えられた第二王女の騎士としての立場で此の場所に来ている。もっとも騎士と言うのは周囲を納得させるための一時的な立ち位置でしかなく、カナメがフィーネの勇者であるというのは変わらずである。


実はここまで来るのに軍会議で色々あったのだが、今回それは割愛しよう。


誰だって自己保身のために醜く必死な老害共の罵りあいなんて見たくないだろう。


それでも会議の様子を少し紹介すると、こうなる。


「勇者なんてそんなもの信じられるか!」

「ふざけるな!」

「姫様をたぶらかしおって!」

「8000の軍勢などどうすれば!?」

「我が軍は3000しかない!倍以上ではないか!」

「篭城して救援を待ちましょう!」

「臆病者は引っ込んでおれ!」

「我が軍が負けるはずがない!正面から迎え討てばいい!」

「手柄が欲しいだけの貴様は黙ってろ」

「フィーネ可愛いよフィーネ」


こんな感じ。


実際はもっとひどく醜い罵り合いで、汚いオッサンたちの乱れ飛ぶ唾のオプション付きだ。


何度約束された約束された勝利のエクスカリバーで吹き飛ばしてしまいたいと思ったことか。


ちなみに最後のはもちろん俺。フィーネ可愛いよフィーネ。


最終的にこの貿易都市フェニキスを捨てることもできず、また援軍も期待できないため、防衛以外の案も思い浮かばずに、アースガルド軍を迎え討つこととなった。


そこでカナメが、「ならば俺一人最前線に送っても問題あるまい。死んでもそちらの被害は無く、様子見程度には役立つだろう」と提案し、フィーネが王族権限を使ってカナメを一時的にフィーネの騎士扱いという立場を与えて強引に推し進めた結果、概ね当初の希望通りにはなった。


もっともフィーネは最後まで「カナメは正真正銘勇者です!」と主張していたが、その主張が通らなかったためいじけていた。頬を膨らませて拗ねる美少女は、大層可愛かったと言っておこう。フィーネ蕩れー。


そして冒頭に戻る。


これから起きるのは本物の戦争である。その事実にカナメは気を引き締め、千里眼にて視認した敵の軍勢を睨む。


だがその場にはなぜかフィーネやミランといった面々も(近衛隊はフィーネの護衛が任務のため言わずもがな)も着いてきているが。


(しっかし、8000もの軍勢ね)


魔法が存在するようだし、実力の程は分からないが、数だけ見ると本当に多い。


うじゃうじゃといる。まるでゴキ○リみたいだと、嫌な想像をしてしまい、必死に頭の中から追い払う。


あー汚物は消毒だーとか言ってみてぇ、とかふざけたことを思いつつも、カナメは冷静に状況を分析する。


相手の軍勢は8000に対して、こちらは3000。2倍どころか3倍に近い兵力差だ。加えて相手はアースガルドという軍事の国だ。兵士の質も向こうのが上だろう。


俺の目的はフィーネの想いを貫き通すことだ。


フェ二キスの軍3000を使えばカナメの戦いも楽になるだろう。だが戦えばこちらはまず間違いなく大きな痛手を負う。


またここで今回相手の軍を退けたとしても戦争が終わるわけではない。


これから先何度でも戦いは続くだろう。戦争は続く。


戦争を終わらすには、相手を滅ぼすというのが簡潔かつ一番の方法である。


だがそんな方法は御免被る。好きで人を殺したいわけでも、国を滅ぼしたいわけでもない。


想いを貫くために誰かを殺すこともやむを得なく、それゆえの殺人ならばカナメは自分の内で許容できる。


だが戦争を終わらすために大量殺人はしたくない。戦争とはいえ、超えてはいけない一線があるのだ。ましてカナメは軍人ではない。自ら進んで人を殺したいなんて思うはずもない。


ならば、どうすればいいか。


圧倒的な力を見せる。


誰もが逆らう気さえ起らないような最強の勇者の存在を見せ付ける。


強すぎる力は争いを呼ぶかもしれない。だがカナメが持つのは強い程度で表現できる力ではない。


言うなれば、魔人の力。


数多の英雄、最強と呼ばれる存在たちを打ち破り、簒奪してきたカナメの力はもはや人のそれではない。


だれもが抗うことのできない神にも似た、この世の頂にある力。


その力を思い知ればアースガルドもフローレンスに対して戦争を起こす気もなくなるだろう。


今後の方針は決まった。


戦いが起きればその度に俺が最前線に出向き、圧倒的な力を見せつけ、抵抗する時間さえ与えずに撃退する。


派手な技を使えば使うほど俺の存在は認知され、フローレンスは士気を挙げ、アースガルドは残酷な現実苛まれるだろう。


背には敗北も撤退もなく、あるのはただ勝利のみ。勝利以外の結果は、これから先歩んでいく道では許されない。


フィーネの想いを貫き通すその力は、彼女の大切なものを全ての災厄から守り抜く。


そんな存在になってやろうとカナメは決意した。


いつの間にかアースガルド軍勢は千里眼を使わずとも目視できる位置にまで近づいてきていた。


隣にいるフィーネもさすがに8000というアースガルドの軍勢を目の当たりにしたせいか不安を隠しきれず、後ろに控えるミランや近衛隊といった面々は目前の軍勢に顔を青くしていた。


城壁の前に待機しているフェ二キスの兵士たちなど、この戦力差にすでに敗戦後であるかのような、絶望の表情を浮かべている。




さて、そろそろ出番か。




「じゃあ、フィーネ。行ってくる」


アースガルドの軍勢に向かって歩を進めようとした時、不意に手を引っ張られた。


引っ張ったのはフィーネである。


その顔には不安が先ほどよりも色濃く表れ、泣きそうな表情をしている。


「…帰ってきてくれますよね?」


フィーネは勝てるか、とは聞かなかった。


こんな状況の中でもフィーネはカナメの勝利を信じている。


それがたまらなく嬉しかった。


それでも不安なのか、何か言葉を発さずにはいられなかった。


そして出た言葉が「…帰ってきてくれますよね?」だ。


まるでカナメの居場所はフィーネであるかのような言葉。


そう言えば俺にはもう帰る場所がなかったんだったと、カナメは自嘲する。


「俺にはもう帰る場所がない。俺はもう故郷に帰ることができない」


だからこそ、フィーネの先ほどの言葉に込められた本心を知りたいと願う。


無理やり召喚してしまった責任を感じているのか、フィーネはカナメの言葉を聞き、悲痛な表情をした。


違う。責めたいわけじゃない。


「帰ってきて、だなんて…期待するぞ?」


これから先の言葉を続けるのが怖い。


「俺の居場所はフィーネで…、俺は帰ってきてもいいのか?」


返事を聞くのが怖い。


「俺の居場所になってくれないか…?」


怖い。怖い、怖い、怖い。


拒絶されたらどうしようと、カナメはこの異世界に来て初めて不安を覚えた。


果たして彼女の返事は、



「はい!私が彼女の居場所になります!だから」



彼女の返事は満面の笑みととともに帰ってきた。見るもの全てを見惚れさせる、満面の笑顔。


まるで女神さまみたいだと思った。




「必ず帰ってきてください!」




カナメは歩を進める。アースガルドの軍勢に向けて、一歩、また一歩と。


顔が熱い。


もしかしたら自分の顔は真っ赤になっているのかもしれない。


もう迷わない。不安もない。


必ず帰ろう。


フィーネの下へと。



† † †




フィーネはこれから8000の軍勢を相手にしようと、歩み始めたカナメの背中を見つめる。


彼女の脳内には、先ほどのやり取りが思い出された。


カナメを信じてはいる。


だがそれでも8000という軍勢を目の当たりにした彼女は不安になり、つい訊いてしまたのだ。


「…帰ってきてくれますよね?」と。


その後のカナメの言葉は彼女の心に鋭く突き刺さった。彼女はカナメを無理に召喚し、故郷に帰れなくしてしまったことを、心の奥底でひどく悔んでいた。


だがそれも、彼の言葉に救われた。


「俺の居場所になってくれないか…?」


カナメはフィーネを一切責めなかった。


無理やり召喚してしまったことに本当は何か思っていたのかもしれない。怒っていたのかも知れない。


それでもカナメはフィーネを責めるようなことは一切なく、居場所になってくれと言った。


彼女は自分を恥じた。


カナメはどこまでもフィーネを信じ、フィーネの勇者でいてくれようとしていた。


信じると言ったのに、信じると言ってくれたのに、私が信じきれないでどうするっ!?


だからこそ彼女は自分が居場所になると、「必ず帰ってきてください!」と言った。


もう不安はない。


カナメは必ず自分の元へ帰ってきてくれるだろう。


例えフェ二キスの兵士も近衛隊の皆が「負ける」と絶望していても、彼女だけは信じる。


どんなにぼろぼろになったとしても、カナメは決して諦めず、その手に勝利を掴んで帰ってきてくれるだろう。


今のフィーネにできるのは祈ることだけだ。


せめてカナメが無事でありますようにと。


しかし―――。


彼女の心配も不安も、皆の絶望も杞憂でしかなかったと、すぐに思い知らされることになる。


奇跡は起こらないから奇跡なのではない。


奇跡は起こすものである。


ここに、フィーネ・フォン・フローレンスの勇者カナメの伝説の始まり、以後何度も彼が起こす奇跡の始まり―――最初の奇跡が起こる。


次の瞬間、圧倒的な魔力の奔流が辺り一帯に溢れかえった。




† † †




アースガルド軍の前に立つカナメに、その軍勢は行軍を停止した。


「そこの男。兵士でないのならばすぐに去れ!」


敵の将軍らしき男からの勧告され、逃げ道が提示される。


なるほど、確かに敵は軍として優れているようだとカナメは感じた。むやみに民間人を巻き込み蹂躙するのではなく、軍人としての矜持を持っている。これは確かに軍事の国と呼ぶに相応しい。少なくともアースガルドの王は暗君ではないようだ。もしくは軍を統べるものが優れているのか。


だがカナメは真っ向から応え宣言する。―――逃げるわけがないと。


「俺はフローレンス王国第二王女フィーネ・フォン・フローレンスの勇者カナメ!」


8000もの軍勢の計16000からなる視線をその身に受け、一切揺らぐことなく、彼は叫ぶ。


「アースガルド軍よ、フェ二キスに攻め入るというのなら俺が迎え討つ!無駄な戦いはしたくない!命が惜しいものは去れ!」


この瞬間、カナメは命の奪い合いである戦場に、足を踏み入れた。


すでに退路は絶たれた。もとよりそんな選択肢を選択するつもりもない。


「何を馬鹿なことを!貴様もフェ二キスの兵士であるというのなら粉砕するッ!前軍進めぇーッ!」


撤退の要求は拒絶された。


これから始まるのは戦争。


ファンタジーでもゲームでもない、紛れもない現実リアル


ゆえに油断も慢心もなく、最初から本気で行かせてもらう!


「宝具『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』を解除」


瞬間、カナメの体から魔力が爆発した。


爆発。


正にそう呼ぶに相応しい現象だった。


カナメの体から黒い霧状の何かが抜けていく。


その正体は円卓の騎士の一人、「湖の騎士」サー・ランスロットが宝具のひとつ。


『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』


この効果は本来は他者へ変身する宝具だが、カナメはステータスの隠蔽に用いていた。


数多の強者、英雄たちから力を簒奪し、最強の存在となったカナメの魔力は膨大だ。あまりにも膨大すぎたのだ。


普段体から垂れ流しになる魔力のみですら、魔力を持たなかった元の世界の人間は皆、体制がないためにカナメの膨大な魔力に当てられ、気絶し、動物たちは本能から恐怖を抱き、彼の住む街から一切の姿を消す。その様子はまるでゴーストタウンのようだった。そのため普段生活するために、魔力を抑える必要があったのだ。


つまり、それほどまでのカナメの魔力が『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』による抑えが無くなり、一気に溢れだした。


『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』という枷はもうない。


比べるのもおこがましいほどの、圧倒的な魔力。


荒れ狂うカナメの魔力が戦場を支配する。


それは正に一方的な暴力といってよかった。


人の身に余る膨大な魔力に当てられ、進軍を始めたアースガルド軍は怯んだ。


さすがに魔力を持った魔法の世界の住人なだけに気絶したものは極少数だったようだが、彼らが怯んだその隙を見逃してやるほどカナメは甘くない。


「『千の雷』」


カナメの手から迸るのは、超広範囲雷撃殲滅魔法『千の雷』。


「完全なる世界コズモエンテレケイア」そして「造物主ライフメーカー」らを倒し文字通り世界を救った英雄ナギ・スプリングフィールドから簒奪した魔法。


その一撃は原作のナギであっても正に反則級の威力を秘めるが、カナメの持つ魔力によってその威力は尋常ならざるほどに底上げされている。


その一撃はこの世界の魔法使いの常識すら破壊する秘儀であり、轟音と雷がアースガルドの軍勢を襲う。


あちこちから悲鳴が上がり、先行していた部隊のみならず、数多くの兵士を戦闘不能へと追い込んだ。


彼の攻撃に対し、無事だった敵の兵の何人かが魔法を放ってきた。果たしてそれは彼に見事に命中した。


敵の一部から歓声が上がるも、視線の先には無傷のカナメが先ほどと何も変わらない様子で立っていた。


彼が無傷だったその種は、彼の保有するスキル『対魔力』である。


セイバーから簒奪したそのスキルは、事実上、現代の魔術師では傷ひとつつけられない。


こちらの世界で言うならば、大規模魔法か儀式魔法級の一撃でなければ、カナメには傷ひとつつけることすら叶わない。


サーヴァントに勝利すると彼らの宝具だけでなく、スキルまで簒奪出来たのは嬉しい誤算だった。


しかもスキルの装備は自由に選択・変更可能というチートっぷりである。


よってセイバーの対魔力を装備したカナメに傷を付けたければ、接近戦で武器を使うしかない。


しかしそれに気づけるわけもない敵軍は、先ほど自分が放った『千の雷』により警戒しているのか、近づいてこない。遠方から魔法でチマチマと攻撃してくるのみである。


(さて、どうするか)


敵から放たれる魔法を当然のように無効化しつつ、カナメは考える。


このまま大技を連発すれば問題なく勝てる。しかしそれでは芸がない。


(俺の目的は派手な技による圧倒的な勝利だが、8000の軍勢をまとめて討ち倒せるほどの超広範囲殲滅魔法。『千の雷』でもさすがに一撃は無理だったし)


別に大技を連発しても派手だしいいのだが、やるなら一撃で葬れるようなものであればより彼の目的に近付く。


『王の財宝ゲート・オブ・バビロン』で一気に殲滅してもいいが、自身の存在とその強さを出来るだけ喧伝することが目的の彼には、それは難しい。


もし王の耳に入り、宝具を全て王家に献上しろだなんて言われたら、たまったものじゃない。


よって『王の財宝ゲート・オブ・バビロン』は最終手段として保留。


『天地乖離す開闢のエヌマエリシュ』と『約束された勝利のエクスカリバー』も威力は申し分ないが、効果範囲的に微妙。


(『千の雷』を遥かに超えた超超広範囲殲滅魔法か…。いや待てよ。『王の財宝ゲート・オブ・バビロン』、宝具、魔法に限らず武器でも…、あった)


あった。確かに彼の簒奪した力の中に条件に合致するものがあった。


何よりも強力で、何よりも派手で、何よりも相手を恐怖のどん底に叩き落とすほどのものが。


その攻撃範囲は四方三里(半径約12km)にも及ぶ。


カナメは虚空からそれを取り出す。


それは一本の日本刀。


刀自体は普通の刀よりも少し長い程度の、今はまだ至って普通の日本刀だ。少なくとも表面上は。


カナメはその刀の力を解放するため、その名を叫んだ。




「霜天に坐せ『氷輪丸』!」




それは護廷十三隊十番隊隊長 日番谷冬獅郎ひつがやとうしろうより簒奪した力。


ただの刀なんかでは決してない。その刀は斬魄刀と呼ばれる。死神が持ち、死神の使う刀。ゆえに斬魄刀の持つ力は普通の日本刀なんかとは一線を画す、圧倒的な力を秘めた刀である。


数ある斬魄刀の中でも、カナメが取りだしたその刀の力は化物級である


名を『氷輪丸』。


それは氷雪系最強を冠する、最強の斬魄刀の内の一振り。


カナメは『氷輪丸』の力を、その最強の力を解放した。


『氷輪丸』の解放と共に柄尻に鎖で繋がれた龍の尾のような三日月形の刃物が付き、溢れだす霊圧が触れたもの全てを凍らせる水と氷の竜を創り出す。


「天相従臨」


その力は天候を支配し、四方三里(半径約12km)に及ぶ広範囲の天候に影響を与えた。


カナメのいる戦場は少し前とは様相が一変し、氷の世界となっていく。


そこはもうカナメの支配する世界。天空より全てを凍らせる氷の竜が降り立ち、敵の軍勢を襲いゆく。


その光景はアースガルド軍にとっては悪夢そのものだったろう。


天候をも支配し、氷の世界をも作り上げたカナメと敵対した不幸を嘆くことしかできない。


だが彼らにとって何よりも不幸なのは、まだ悪夢は終わらないということだ。




卍解ばんかい!」




卍解。それは斬魄刀解放の二段階目。


戦闘能力は一般的に5倍から10倍にまで上昇し、その強大さ故に斬魄刀戦術の最終奥義とされている。


カナメは『氷輪丸』の真の力を解放するため、その名を呼ぶ。




「『大紅蓮氷輪丸だいぐれんひょうりんまる』!!」




解放と同時に、刀を持った腕から連なる巨大な翼を持つ西洋風の氷の龍、及び三つの巨大な花のような氷の結晶となる。


そしてカナメは空へと飛びあがった。己の力をより誇示し、更なる恐怖を与えるために。


「『氷天百華葬ひょうてんひゃっかそう』」


雲には穴が空き、辺り一面に雪が降りゆく。


その雪に触れた瞬間、敵の兵士たちは次々と瞬時に華のように凍りつく。


その様はまるで百輪の氷の華が咲き誇る、絶氷の世界のよう。


すでにアースガルド軍は戦意を喪失していた。ほとんどの兵士は体のどこかしらを凍らせつつ、寒さのためか、痛みのためか、それとも恐怖のためか、顔を真っ青にして飛翔したカナメを見つめる。


その心は誰しもが同様のことを考えていた。


天候すら操る神のごとき力を持つ相手にどう勝てばいいのか、と。


そしてカナメはくしくもまるで神のように空からアースガルド軍に告げる。


「この戦い俺の勝ちだ」


すでに勝敗は決していた。アースガルド軍こそ、その事実を何よりも実感していた。


カナメは告げる。さも審判を下す神のように。


「俺はこれ以上の戦闘を望まない。敗北を認め撤退するなら追撃もしないと誓おう」


実はカナメはそれほど多くの命は奪っていない。多くは手足や武器を凍らせ、強制的に武装解除しただけに留まっている。『氷輪丸』での能力もその力を見せつけることを重視していたためだ。また前にも述べたように必要がないのに積極的に人の命を奪うだなんて考えていない。


加えて狙いもあった。


「帰ってアースガルドに伝えろ!フローレンス王国第二王女フィーネ・フォン・フローレンスが勇者カナメ・ハインツは、我が最強の力を持ってお前らを討ち倒すと!」


彼の目的は、彼の最強の力を持って戦いの抑止力となること。


そのためには多くの兵に生き残ってもらい、カナメの強さを伝えてもらわなければならない。


「今回の戦闘はお前らの敗北を持って終了した。さあ、さっさと撤退してアースガルドへ帰れ!」


それを聞くと敵兵は一も二もなく、一目散に撤退を開始した。


カナメはそれを見届けると地面へと降り立ち、卍解を解除し、『氷輪丸』をしまった。氷の世界も徐々に消え去り、元の大地へと戻っていく。


戦争は―――少なくともこの戦いは終結した。一刻も絶たずに、ある一人の勇者の圧倒的な力を見せつけて。


一拍遅れて、後方のフェ二キス軍から歓声が上がった。


振り返ると、フィーネが泣きそうな表情でこちらへ駆けて来るのが見えた。


(あの泣き虫姫め)


ふとそう思い、思わず苦笑してしまう。


今ここにフェ二キス防衛戦は終了した。8000対3000、いや8000対1の戦いは、1の圧倒的勝利という結果を残した。8000の軍勢は1になすすべもなく、ただ一方的に蹂躙された。対してフェ二キスの損害は0。


それを為したのはカナメ、カナメ・ハインツ。フィーネのための勇者。フィーネのためだけの勇者。


フローレンス王国第二王女 フィーネ・フォン・フローレンスの勇者 カナメ・ハインツは奇跡を起こした。




卍解(キリッ


懐かしい黒歴史です。


台詞を言ったところを(決して叫んだわけではありません。本当です。本当なんです信じてください)通りすがりの見ず知らずのおじさんに聞かれ、恥ずかしさのあまり家に帰って布団の中に頭を突っ込んで足をバタバタさせてしまいました。

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