第01話 そしてプロローグは始まる
さあ、諸君!今日は年に365回の可愛いヒロイン記念日だ!
フローレンス王国第二王女フィーネ・フォン・フローレンスは王都から離れた貿易都市であるフェ二キスの城内の壮大な儀式場にいた。床には大きな円といくつもの複雑な幾何学模様が描かれており、高いドーム型の天井にも同様の文様が刻まれている。
見る者に威圧感を与え、異様な雰囲気を醸し出すその部屋の中央で、フィーネは緊張していた。
「姫様、緊張せずともあなたなら大丈夫です」
フィーネの後方、部屋の隅から一人の老人がフィーネに声をかけた。
白い髪と同じく白い髭、深く刻まれた皺、優しい表情ながらも威厳を感じさせる風体。そして何よりもその手に持つ魔法使いが使うかのような大きな杖が、彼の存在を際立たせていた。
「そうは言っても緊張しますよ。なんといってもこの国を守るために最低でも精霊は召喚したいんですからミラン師匠」
そう、フィーネはこのフローレンス王国のために召喚の儀をしようとしている。
今ここアーク大陸では、フローレンス王国とアースガルド帝国の間で、戦争が起きようとしていた。
アーク大陸には4つの大国が存在する。
軍事の国 アースガルド。
技術の国 レイナーク。
魔法の国 アルトネイオス。
そしてこの国。
平和の国 フローレンス。
あとには大陸各地にぽつぽつと小国やどの国にも属さない多くの村が存在していた。
アースガルドは軍事の国と呼ばれるように、大陸一の強国であり、最大の軍事国家であった。
しかし軍事の国であるがゆえに平和とはなかなか呼べず、近隣諸国や土地を吸収しようとするあまり争いが絶えず、つい最近まで国内は荒れていた。
そう荒れていた、それはもはや過去の話である。ここ数年でアースガルドは国内の反乱を治め、突如軍備を増強し始めた。
当初は4大国も、どの周辺諸国も帝国内の基礎固めと捉えていたが、その予想は早期に裏切られた。
アースガルドからフローレンスに向けて軍が送られてくるようになった。それはいわゆる小競り合いというようなものだったが、近い将来の戦争を想起させるには十分だった。
フローレンス王国国王ゼブロンはこれに対し、早急に対策を進めた。
フローレンスは平和の国が示すように、人間、亜人問わず交流を持つ国民の平和を願う国だ。その性質故軍備を拡張するようなことをせず、今まで平和を謳ってきた。
これは今まで4大国間が争うようなことがなかったためだ。4大国同士で争えばたとえ勝利したとしても被害は大きく、戦争というデメリット以上のメリットを持ち得ない。それゆえアーク大陸では今まで大きな争いがなく、今日まで平穏であった。
しかし事態が急変し、アースガルドはフローレンスに戦争を仕掛けようとしている。
国力だけでいえばフローレンスはアースガルドに遠く及ばない。もし戦争が起きれば、フローレンスの敗北は誰の目にでも明らかだった。
だからこそフィーネは召喚の儀を行おうとしていた。
フィーネは優しい子だった。
フィーネは身分にこだわらず、誰にでも丁寧な言葉遣いで話し、騎士や給仕の者たちとも分け隔てなく話しかけ、仲良くなる。
そんな彼女は戦争という未来に悲しみ、皆を守りたいと思い、召喚の儀を決意した。
召還という魔法は大規模儀式魔法であると同時に、最大の難易度を誇る魔法である。
莫大な魔力に膨大な召喚術式が必要となる上に、最後に求められるのは運である。
今フィーネが召喚しようとしている精霊で考えれば、精霊は人間よりも上位の存在である。そのような存在が人間の召喚に応じるなど普通はありえない。
むしろ何かが召喚されればいい方なのである。
大抵は複雑な工程を踏み、莫大な魔力を持ってかれても召喚は成功しないことがほとんどである。
召喚儀式はいわば隷属の儀式でもある。術者の願いを持って、願いをかなえるために召喚はされる。
例えどんな存在であれ見ず知らずの者の願いのために、隷属するだなんてことはありえないのだ。
それを理解した上で、フィーネを召喚に挑む。
王族故に通常よりもはるかに多い魔力を持ち、膨大な術式と工程を完了するために手伝ってくれる今は隠居してしまっているが、フローレンス王国一の大魔法使いであるミラン師匠もいる。
召喚の儀に必要な準備はすべてそろっている。
戦うこともできないフィーネができることは、せめて皆を守ってくれる存在が来てくれることを祈り召喚することである。
ミランもフィーネのその優しい思いを知っているからこそ、惜しむことなく自身の知識と時間を最大限に活用し、成功のため召喚の儀の準備に励んだ。
ミランとともにフィーネの後方に万が一のために控える騎士たちも、フィーネのその想いを知っているからこそ、優しい彼女の成功を祈る。
「姫様の努力は知っております。成功しないはずがありません。もし失敗などしたら、師匠から出来の悪い弟子に毎日大量の宿題を出してやりますぞ」
ミランは少しおどけたようにフィーネに言った。
師匠の緊張を少しでも和らげようとする優しさに感謝し、心配性な師匠に対して小さく笑う。
そして儀式は始まる。
「いきます!」
魔法とは自身の内包する魔力を呪文や杖を媒介にして発動する、ある種の奇跡である。
大切なのはイメージすること。
強く強くイメージし、魔力が呪文や杖、魔法陣を媒介にして流れ、イメージに具現化する力を与え、魔法として顕現する。
フィーネは強くイメージする。
この国を、皆を守ってくれる――――勇者を。
精霊なんか足元にも及ばないような、おとぎ話のような勇者の姿を。
「――――告げる」
フィーネはその美しい金の髪の毛を漂わしながら言葉を紡いでいった。
言葉とともに輝きだす彼女の足下には、床に描かれた幾何学的な模様が宙空に浮かびあがっていた。彼女の髪の色と同じ美しい金色の光が煌めきながら流々と、幾何学的な模様――――魔法陣は魔力に満ち溢れてゆく。
「――――、――――」
それは流れるような美しい声。歌と聞き間違えてしまいそうなほど、幻想的に美しい召喚の呪文。
フィーネは歌うように呪文を紡いでいく。
「―――。―――――」
全ては国を、皆を守るために。彼女は祈りを込めて呪文を進める。とうとうと謳うように呪文は紡がれていく。
「―――――っ―――」
彼女の願いに応えるが如く魔法陣はより一層輝きを増す。魔力がまるで波のようにうねり魔法陣を走っていく。
「――――――――よ!」
魔法陣は魔力で満たされた。部屋は輝きで満たされ、とてつもない量の魔力が満ち溢れる。
そしてフィーネは、
「―――来て!お願い!」
ただただ願う。
―――バチバチッ!ジジジジジジジジ!!!
門は開かれた。
門は閉じられた。
フィーネの願いは正しく通じた。
門は満ち、その役目を果たした。ならば彼女の願いは応えられる。
儀式場を満たす魔力の奔流は静まりかえり、足元の魔法陣が余韻のように淡く光り、フィーネの姿を照らしている。
門は開かれた。
門は閉じられた。
フィーネの目の前に光の粒が集まりゆく。それはだんだんと人の形を為し、次第に光は消えていく。
儀式場には静寂が満ち、段々と光を失ったその空間は闇に包まれていくはずだった。
目の前の人の形が成った瞬間、パチンッ!という音が聞こえ、あたりは再び光に包まれた。
「召喚って…どこのFateだよ…。いや果たしてそれゆえの運命なのか」
どこか呆れたような声が聞こえたかと思えば、“彼”はそこにいた。
黒い髪に黒い瞳。
整った容姿にフィーネと同じく15、6歳くらいかという若さの少年。
高い背丈に華奢な体躯。
見たこともない衣服。
おかしいことに彼からは魔力がまったく感じられない。
にも関わらず、彼から感じる圧倒的なオーラ。
「これこそがFateならば、言うことはひとつしかないな」
彼はそう苦笑した。
目の前のどこか幻想的な光景から目が離せず、体が動かない。
この突然の事態に警戒し、フィーネの後ろに控える騎士たちが、彼に刃を向けようとしたことが分かった。だがそれは叶わぬことだった。
それは絶対的強者の風格。
何人も到達することのできない頂に達したであろう、力の脈動。
彼の前に立っているだけで、金縛りにあったかのように体は動かず、喉がからからと渇く。
動けるはずもない。動けるわけがない。この空間において、支配者は彼だった。
彼の右手には、いつの間にか一本の剣が握られていた。
途方もない魔力を纏い、見る者すべてを見惚れさせる神々しさを持った黄金の聖剣。
圧倒的な威圧感が場を襲う。
そして彼は手に持った聖剣を彼女に向ける。
誰もその動作に対して動けない。
彼のたったひとつの動作に皆が注目し、目を見張る。
そして彼は問うた。
「問おう。君が俺のマスターか」
彼は魔女であった。
彼は魔女と名乗っていた。
しかし―――今この時を持って彼は勇者となった。
たった一人のための勇者。
彼女のためだけの偉大な勇者。
元魔女の皮肉屋な彼は、
フローレンス王国第二王女フィーネ・フォン・フローレンスの
―――勇者
となった。
なんだかんだで髪が鮮やかなブロンドのお嬢様って、ビジュアルに関して言えば最強だと思うの。